「ペリリュー -楽園のゲルニカ-」|かわいいタッチで紡ぐ、凄惨な戦場の日常 武田一義×ゆうきまさみ対談

判断基準は、“知る前の自分”(武田)

──「ペリリュー」1巻のあとがきでは、マンガで描いている兵士の服装が、実際とは違うことについて言及されています。

「ペリリュー -楽園のゲルニカ-」1巻のあとがきより。

武田 そうですね。連載を始めるにあたって、リアルとマンガっぽさのバランスはすごく苦労しました。この絵柄で短パン姿だと、兵隊に見えないんですよね……。

ゆうき 子供の遠足みたいだよね(笑)。リアルな兵士の服装は、ベルトじゃなくて紐を使っていたり、そのまま描くとちょっと情けないんですよ。

武田 本当は戦闘時以外はヘルメットは被っていなかったんですけど、ヘルメットを被せていないと兵隊に見えない。マンガでは軍靴も履かせていますけど、実際は足袋ですからね。

ゆうき 「白暮のクロニクル」で沖縄戦を描いたときも、実はコミックスでは雑誌掲載時より軍装を正確にしたくて、詳しい人に聞いて修正していたりします。

──どこまで現実に即すか、その匙加減はどうしているのですか?

武田一義

武田 いろいろ調べる前の自分を仮想読者にして、まだ何も知らないときの自分だったらどう思うか。“知る前の自分”が判断基準です。その“知る前の自分”が「ヘルメットを被っていない姿は兵隊に見えない」と判断するのであったら、マンガの中ではヘルメットを被せます。

ゆうき それはね、マンガを描くうえでは当然の作業だと思います。

ゆうきまさみの新作「新九郎、奔る!」より。

──史実の考証といえば、ゆうき先生の新連載「新九郎、奔る!」は室町時代の中期が舞台です。

ゆうき いやあ、史料が少ないんですよ。今から歴史好きの人の反応が怖くて。

武田 あまり予習せずに読むほうがいいですかね?

ゆうき 予習はあんまりしないでほしいな(笑)。「ペリリュー」もね、史実を予習せずに読むといいですよ。

読者にはこのひどい話を味わってほしい。必読ですよ!(ゆうき)

──ゆうき先生は「ペリリュー」でお気に入りのキャラクターはいますか?

ゆうきまさみの言う「目玉の大きいヤツ」こと吉敷と主人公の田丸。彼らはこの後も行動をともにしていく。

ゆうき 僕はね、アイツですよ。ほら、冷静に狙撃していた、目玉の大きいヤツ。

武田 吉敷ですね。

ゆうき そうそう、吉敷くんね。彼、けっこう好き。

武田 準主役ポジションです。

ゆうき 心中を全部表には出さない。でも、ときどき熱血なんだよね。僕の好きなタイプです(笑)。

武田 よかった(笑)。

ゆうき 主人公と吉敷くんは、いいコンビだと思いますよ。あとね、小杉伍長もよかった!

武田 この人は描いているうちに勝手に動き出しちゃって、持て余していました(笑)。

ゆうき わかるような気がします。俺は勝手にやるぜ、みたいなキャラでしょ?

武田 初めはここまで重要なキャラになるとは思っていませんでした。

「ペリリュー -楽園のゲルニカ-」第12話より。

ゆうき いやあ、でも……(ページをめくりながら)、ひどい話だなあ(笑)。こんなかわいいキャラクターが、どんどん死んでいっちゃうじゃないですか。

武田 戦争とはあんまり関係ない死に方も多いですしね。

ゆうき オーストラリアの鉄道会社が制作した動画で、「おバカな死に方(Dumb Ways to Die)」ってのがあるんですよ。日常の中の不注意で、つまらない死に方をする……という、安全を促すための啓蒙的な内容なんですけど、かわいいキャラクターがどんどんひどい死に方をしていくんです。ひどすぎて笑っちゃう、ブラックユーモアが効いた動画なんですよ。そういう感じが「ペリリュー」にもありますね。

──まだ未読の方に本作をオススメする際には、ゆうき先生ならどんな言い方をしますか?

左からゆうきまさみ、武田一義。

ゆうき えーっ(笑)。僕は人に薦めるときには「面白いよ」としか言わないんだけど……。そうだなあ、読者にはこのひどい話を味わってほしい。必読ですよ!

武田 とてもうれしいです。

ゆうき まだ読んでいない人は、まとめて一気に読んで、ズーンとなってほしい(笑)。ぬくぬくと寝転がりながら戦場を体験できるのは、幸せな体験ですよ。

──武田先生、4巻の見どころはどこでしょう?

武田 1巻で主人公の田丸たちは上陸してくる米兵とぶつかり、そこで部隊が壊滅しました。2巻と3巻は部隊が壊滅したあとなので、戦いの本流とは遠いところにいたんですね。それが4巻になると、再び主人公たちが戦いの主役になっていきます。1巻以来の生命の危機を迎えますので、そこに注目してください。

ゆうき みんなで読んで、ぐったりしましょう(笑)。

武田一義「ペリリュー -楽園のゲルニカ-④」
発売中 / 白泉社
「ペリリュー -楽園のゲルニカ-④」

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昭和19年11月24日、本部玉砕──。米軍が上陸を開始して、2カ月半後、ペリリュー島における組織的な戦闘は終わりを告げる。しかし、田丸ら生き残った日本兵の多くは、その事実を知る由もなく、水と食糧を求め戦場を彷徨っていた。限界を超えた「空腹」は、兵士を動くことすら面倒にさせ、思考力を容赦なく奪う。そんな中、幕を開ける米軍による「大掃討戦」。極度の空腹と疲労に苛まれ、意識が朦朧した状態で、田丸が見た日米どちらの兵でもない人間とは──!? 生と死が限りなく近くにある戦場で、日常に抗い生きた若者の「生命」の記録。第46回日本漫画家協会賞優秀賞受賞作。

武田一義(タケダカズヨシ)
武田一義
北海道・岩見沢市生まれ。2012年、自身の闘病体験を綴った「さよならタマちゃん」(講談社)でデビュー。同作がマンガ大賞2014年第3位に選出されるなど、注目を集める。以降、「おやこっこ」(講談社)など特徴的な優しい絵柄と丁寧な語り口で描かれる作品を発表。現在、ヤングアニマル(白泉社)にて「ペリリュー -楽園のゲルニカ-」を連載中。
ゆうきまさみ
ゆうきまさみ
1957年12月19日北海道生まれ。1980年、月刊OUT(みのり書房)に掲載された「ざ・ライバル」にてデビュー。同誌での挿絵カットなどを経て、 1984年、週刊少年サンデー増刊号(小学館)に掲載された「きまぐれサイキック」で少年誌へと進出。以後、1988年に「究極超人あ~る」で第19回星雲賞マンガ部門受賞、1990年に「機動警察パトレイバー」で第36回小学館漫画賞受賞、1994年には「じゃじゃ馬グルーミン★UP!」と立て続けにヒット作を輩出する。また1985年から月刊ニュータイプ(角川書店)にて連載中であるイラストエッセイ「ゆうきまさみのはてしない物語」(角川書店)などで、ストーリー作品とは違う側面も見せている。2012年には、1980年代より執筆が続けられていたシリーズ「鉄腕バーディー」を完結させた。現在、月刊!スピリッツ(小学館)にて「新九郎、奔る!」を連載中。
ゆうきまさみ新連載「新九郎、奔る!」

月刊!スピリッツ(小学館)にて連載中