「ペリリュー -楽園のゲルニカ-」|かわいいタッチで紡ぐ、凄惨な戦場の日常 武田一義×ゆうきまさみ対談

「さよならタマちゃん」と「ペリリュー」の主人公の顔が同じ理由

──主人公のキャラクターデザインは、「さよならタマちゃん」における武田先生の自画像のままです。これは何か意図があったのでしょうか?

武田 戦争モノは敷居が高いと思われるので、とっつきにくさを少しでも和らげたかったんです。「さよならタマちゃん」で親しんでもらったキャラなので、じゃあそのまま使っちゃえ、と。とにかく話に入り込んでもらうために、できる工夫はなんでもしようと思っていました。

──主人公をマンガ家志望にした理由は?

冒険マンガ家を志す田丸は、ペリリュー島でもマンガの資料のため、気を紛らわせるため、さまざまな理由から絵を描く。

武田 どうしても戦争モノだと、シリアスで重いイメージを抱きがちだと思うんです。「その対極にあるのはなんだろう?」と考えたときに、マンガ家を思いつきました。戦争と娯楽であるマンガは、現代の読者からすると、イメージがかけ離れていて相容れないものと思うのでは、と。だったらそれを一緒にすると面白いんじゃないかなと思いまして。

ゆうき 戦争とマンガが相容れないってのは、手塚治虫さんの自伝的マンガである「紙の砦」なんかそうですよね。戦時中にマンガを描いて殴られてますから。

武田 戦争モノにありがちな体育会系の熱い雰囲気とは、ちょっと遠いところへ持っていきたかった狙いもあります。この21世紀に戦争モノをやるには、その場にどっぷり集中していない、一歩引いた主人公像というのが自分の中にありました。

ゆうき 主人公の彼は、読者の目としていいんですよ。絵を描くためによく観察するし、それで客観視もできるから。それにね、ネタに困ったらさ、彼が描いたマンガを作中に入れちゃえばいいしね(笑)。

「ペリリュー -楽園のゲルニカ-」第1話より。田丸は隊員の“最期の勇姿”を手紙にしたためる功績係に任じられる。

武田 客観視といえば、「白暮のクロニクル」で入院中のとある人物に過去の事件についての話を魁たちが聞きに行くシーンがあるんですけど、「この話はどこまで信じて……」って普通に疑っているんですね。登場人物にそういう感覚があるところが、ゆうき先生の作品のすごくリアルなところだと思っています。戦争の話って、やっぱり畏まって聞かなきゃならないところはあるんですけど、でも当事者が本当のことを話していない場合もある。証言どおりに描けば間違いないでしょ、というふうにはしたくなかったんです。

ゆうき 戦地で何があったか、口をつぐんじゃう人もいますしね。

武田 はい。そもそも信頼性がわからないところに立脚してお話が展開していくんだ、というところから始めないと、むしろ誠実じゃないと思ったんです。だから主人公が「功績係」となって遺族に虚偽の報告をするという第1話は、戦争を知らない世代が戦争の話を紡いでいくうえでのスタート地点として必要だと思ったんです。

廃棄物13号は葛西臨海公園を火の海にする予定だった

「ペリリュー -楽園のゲルニカ-」のイラスト。

──タイトルを「ペリリュー -楽園のゲルニカ-」に決めた理由を教えてください。

武田 南の島の“楽園”感と戦争の悲惨さを、対比にしたかったんです。それと主人公をマンガ家志望にすると決めた時点で、なにか絵に関するものを入れたいな、と。あとは戦争の悲惨さをにじませたかったんです。そう考えたときに、ピカソの「ゲルニカ」が浮かびました。

ゆうき そうか。タイトルが「ペリリュー」だけだと、どんなマンガなのか内容が伝わりにくかったかもね。

武田 最初は「天国の島のゲルニカ」というタイトルで考えていたんですけど、それだとなんのマンガなのかわかりづらいと思いまして。

──ゆうき先生は、タイトルはどのタイミングで思いつきますか?

ゆうきまさみの新作「新九郎、奔る!」の予告カット。

ゆうき 僕は遅いですね。新連載の「新九郎、奔る!」は、「予告を打つからタイトル考えて」って言われたくらいだから本当にギリギリですよ。「白暮のクロニクル」や「でぃす×こみ」、今回の「新九郎、奔る!」は時間がかかりましたね。

武田 タイトルは大事だけど難しいですよね。実はゆうき先生にお聞きしたかったことがあるんですけど……。

ゆうき なんでしょう。

武田 マンガの主人公になりやすいタイプとしては、組織の中の跳ねっ返りだったり、アウトローだったりが多いと思うんです。

ゆうき はみ出し者とかね。

武田 でもゆうき先生の描く主人公たちは、組織の一員として活躍しますよね。アウトロー的な立場の主人公を描かないのは、どうしてなんでしょうか?

ゆうき 一応「パトレイバー」の場合も、特車二課そのものが警視庁の中ではアウトロー的な位置づけに置かれているように工夫はしているんですけどね。僕自身は、たとえば昔の刑事ドラマを見ていて、ちょっと暴力的な刑事に顔を金網に押し付けられたりしたらイヤだな、とか思うようになっちゃったんですよ。せめて法律の中でやってくれよ、と。そういう願いとか祈りみたいなもので描いているというか……。そのせいか、僕は公務員ばっかり描いてるんですよ(笑)。バーディーも連邦捜査官なので、あれは公務員ですよ。

中学生のときから愛読していたという「機動警察パトレイバー」を持参し、ゆうきまさみにサインをもらう武田一義。

武田 組織の論理を無視して個人が独断専行する話ではなく、組織の制限の中で四苦八苦しながら、それでも個人的な正義感がないわけではなく……。そういうところに、大げさな言い方になるんですけれど“人の営み全般に対する肯定感”みたいなものを感じるんです。作品全体を通じて、人とか社会に対する敬意を感じて、僕はそこに感動しちゃうんですよ。

ゆうき その感想はすごくうれしいな。

武田 その肯定感があるところが、ゆうき先生の作品の独特の読み心地だと思います。

ゆうき 描いているうちに、キャラクターが勝手に動き出すんです。たとえば「パトレイバー」で「よし、怪獣が出てくる話を描こう!」と思うじゃないですか。それで廃棄物13号が出てくる話を考えて、当初は「葛西臨海公園を火の海にするぞお!」とか考えるわけですよ。でもね、キャラクターがそうさせてくれないんですよ。「そんな馬鹿なことはさせないよ」って、新木場に閉じ込めるような話になっていっちゃった。なんでかわかんないんですけどね、描いていると地味なほうにいっちゃうんだ。バーディーもね、戦争が起きたほうが派手なのに、起きないようにがんばっちゃうんだよ。

頭の中の長編小説をコミカライズしている(ゆうき)

武田 「キャラクターがそうさせない」って面白いですね。マンガ的には派手になったほうがいいのかなと思っちゃうんですけど。

ゆうき そうですよね(笑)。

武田 兵隊とか軍人というと、特殊な人だと思いがちなんですけど、自分たちと変わらない普通の人が戦争をやっているんだよ、という感覚が僕はあるんです。そういうところは、「ペリリュー」の主人公は「もしかしたらゆうき先生の主人公像に近いのかな?」と勝手に思っていました。

特攻を命令した軍曹が不慮の事故で戦死したシーン。

ゆうき ああ、なるほど。僕の主人公は「たまたまその仕事が回ってきた人」というタイプですからね。

武田 だから兵隊のなかにも「逃げたい」という、普通の人だったら当たり前に抱くような感情があったことは、隠さずに描こうと思いました。実際に投降できたかどうかは別として。

ゆうき 「キャラクターがそうさせない」ということの説明になるかどうかわからないけど……僕は若い人の描いたマンガを読んでいると「マンガってこうやって描くのか」って感心することが多々ある。自分では、僕はそんなにマンガを描くのがうまいとは思っていないんです。

──どういうことでしょうか?

ゆうき 嫌味に聞こえることもあるみたいだから、ちゃんと説明させてもらいたいんだけど(笑)。僕は頭の中に長編小説があって、それを読みながら描いている感じなんですよ。

──コミカライズ、みたいな?

ゆうきまさみ

ゆうき そうそう、小説をコミカライズしているみたいな感じ。でもね、おしまいまで読めているわけじゃないんです。描いているときには1行か2行くらいしか読めないんですよ。描いてみないと次の行が出てこないし、しかも間違ったことを描くと次の行が出てこない。だから出てこなくなるということは、どこか間違っているんだな、と思うわけですよ。

武田 僕自身はそういう感覚じゃなくて、絵を思いつかないと描けない感じです。だから描きたい絵が出てこないと、そこから話が進まなくなっちゃいますね。

ゆうき なるほどね。僕は次の文章が出てくるように描き進めていくと、想定していたところに行かないこともあるんですけど、まあしょうがない(笑)。やっぱり僕が描いていると、葛西臨海公園は火の海にならないんでしょうね。

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昭和19年11月24日、本部玉砕──。米軍が上陸を開始して、2カ月半後、ペリリュー島における組織的な戦闘は終わりを告げる。しかし、田丸ら生き残った日本兵の多くは、その事実を知る由もなく、水と食糧を求め戦場を彷徨っていた。限界を超えた「空腹」は、兵士を動くことすら面倒にさせ、思考力を容赦なく奪う。そんな中、幕を開ける米軍による「大掃討戦」。極度の空腹と疲労に苛まれ、意識が朦朧した状態で、田丸が見た日米どちらの兵でもない人間とは──!? 生と死が限りなく近くにある戦場で、日常に抗い生きた若者の「生命」の記録。第46回日本漫画家協会賞優秀賞受賞作。

武田一義(タケダカズヨシ)
武田一義
北海道・岩見沢市生まれ。2012年、自身の闘病体験を綴った「さよならタマちゃん」(講談社)でデビュー。同作がマンガ大賞2014年第3位に選出されるなど、注目を集める。以降、「おやこっこ」(講談社)など特徴的な優しい絵柄と丁寧な語り口で描かれる作品を発表。現在、ヤングアニマル(白泉社)にて「ペリリュー -楽園のゲルニカ-」を連載中。
ゆうきまさみ
ゆうきまさみ
1957年12月19日北海道生まれ。1980年、月刊OUT(みのり書房)に掲載された「ざ・ライバル」にてデビュー。同誌での挿絵カットなどを経て、 1984年、週刊少年サンデー増刊号(小学館)に掲載された「きまぐれサイキック」で少年誌へと進出。以後、1988年に「究極超人あ~る」で第19回星雲賞マンガ部門受賞、1990年に「機動警察パトレイバー」で第36回小学館漫画賞受賞、1994年には「じゃじゃ馬グルーミン★UP!」と立て続けにヒット作を輩出する。また1985年から月刊ニュータイプ(角川書店)にて連載中であるイラストエッセイ「ゆうきまさみのはてしない物語」(角川書店)などで、ストーリー作品とは違う側面も見せている。2012年には、1980年代より執筆が続けられていたシリーズ「鉄腕バーディー」を完結させた。現在、月刊!スピリッツ(小学館)にて「新九郎、奔る!」を連載中。
ゆうきまさみ新連載「新九郎、奔る!」

月刊!スピリッツ(小学館)にて連載中