「劇場版『オーバーロード』聖王国編」が、9月13日よりIMAXで先行上映、9月20日に全国公開される。「オーバーロード」は丸山くがねの小説が原作の、異世界へと転移してしまった主人公・アインズを描くダークファンタジー。2015年にTVアニメ化されたのち、2018年に第2期、第3期が放送された。2021年5月には第4期および劇場版の制作決定を発表。完全新作劇場アニメとなる「聖王国編」では、聖王⼥カルカを元⾸とするローブル聖王国を侵攻した、魔皇ヤルダバオトと亜⼈連合軍に対抗すべく、冒険者モモンのいるアインズ・ウール・ゴウン魔導国に、聖王国が救援を要請するところから物語が始まる。
コミックナタリーでは「聖王国編」の公開を記念し、TVアニメ第1期から監督を務める伊藤尚往に単独インタビューを決行。制作発表から約3年半のときを経てスクリーンにかけられる「聖王国編」の制作秘話を1万字超のボリュームでお届けする。さらに文末では、IMAX版の見どころを紹介していく。
取材・文 / 丸本大輔撮影 / 小川遼
丸山先生の書かれる原作小説がすごく面白い
──原作小説の12巻と13巻で描かれた人気エピソード「聖王国編」を劇場版として制作することになった経緯を教えてください。
(TVシリーズの)第3期が終わった後、第4期を作ることが決まって、「じゃあ、どう作りましょう」という話をしたんです。その頃は、確か原作が13巻まで出ていたのかな? (第3期で)9巻までをアニメ化していて、だいたい原作の3巻分を1クールでというのが一応の目処になっていたんです。でも、12巻と13巻は前後編になっているから、シリーズの中に入れると、たぶん1クールでは足りない。かといって、10巻と11巻だけで作ると、ボリュームが少ないという話になって。その時点で14巻は、10巻や11巻でも描かれた(リ・エスティーゼ)王国の話に決着を付けるらしいという噂は聞いていたから、14巻がうまくハマるなら、第4期は、10巻、11巻、14巻で作って、物語的に番外編のようなニュアンスもある12巻と13巻は、単独の作品として作ることも視野に入れて、一旦スキップする。まあ、そのままやらないで済むなら、それはそれでありかなという気持ちも多少はありました(笑)。「聖王国編」は、すごく面白いお話ですが、アニメにするのは、物量的にかなり大変そうだったので。
──確かに、ローブル聖王国が舞台となる「聖王国編」をTVシリーズから分けたことで、第4期は、王国と(バハルス)帝国を中心としたエピソードできれいにまとまっていると思います。「聖王国編」をTVシリーズから分ける場合、劇場版にしたいと最初から考えていたのですか。
OVAもありだとは思っていましたが、「劇場版だったらいいよ」くらいにフカシを入れておけば、最悪、そのままスキップできるかなと(笑)。でも、第4期のシナリオ作業が終わったタイミングで、改めてどうしようかという話になって。そこで劇場版として進めることになり、第4期の制作発表と一緒に劇場版もやりますと発表されて周りを固められちゃったので、もうやるしかないですよね(笑)。
──最終的にOVAではなく、より大きな規模で制作できる劇場版になったことについては、うれしさも感じましたか?
TVシリーズを作ってきてそれなりの結果が出ていないと、そういう展開にはならないわけですし、うれしいことではありますよね。ただ、その分の重責も感じていました。
──「聖王国編」に限らず、シリーズ全体の話として伺いたいのですが、「オーバーロード」という作品のどこに魅力を感じ、何を大切に作って来たのか教えてください。
まず最初にあるのは、丸山(くがね)先生の書かれる原作小説がすごく面白いということ。本当にいろいろな出来事が、複雑に絡み合っているんですよね。だから、アニメというメディアに翻案するときも、その複雑さは垣間見えるように作らないといけないと思っていました。逆に言えば、自分が面白いと思った、その複雑さをちゃんと作品にできれば、楽しんで観てもらえるのかなと思いながら作っています。
──いろいろな出来事が本当に複雑に絡み合っているので、細かなところでもカットするのが難しそうです。
おっしゃる通りなのですが、全部を入れていると尺が足りなくて、収集がつかなくなります(笑)。だから、(視聴者が)わかっていなきゃダメなことと、わかっていなくてもいいことをある程度ジャッジしながら作っていて。削除をする場合にも、丸山先生に相談のうえで判断しながら作業を進めていきました。
「オーバーロード」シリーズは、原作ありきの作品
──原作の「聖王国編」を読んだときの感想をネタバレにならない範囲で教えてください。
アニメ化することを考えたときに難しいと思ったのは、あからさまにヘイトを集める(主要)キャラが出てくること。あとは茶番っぽい展開もあるので、その中でいろいろなキャラクターがそれぞれにどう考えて、どう動くのかを描くバランスが難しいとは感じました。
──茶番というのは、主人公のアインズは、悪魔ヤルダバオトに襲われた聖王国に助力を乞われて手を貸すけれど、実はヤルダバオトは、アインズの部下であるというマッチポンプ的な展開のことですか。
そうですね、そういうマッチポンプ的なものもあります。あと、役者さんに対しても説明として話したのですが、この物語って一言で言えば、「パワハラ上司にいじめられた子が●●●●●」という話なんですよ(笑)。
──後半は、ネタバレになりそうなので記事では伏せたいと思いますが、確かに、新登場キャラクターである聖王国騎士団団長のレメディオス・カストディオと、従者のネイア・バラハが物語の中心に大きく関わってきます。「オーバーロード」シリーズの主人公は、アインズ・ウール・ゴウン魔導国の君主アインズですが、今作では、ネイアたちも非常に重要な役割を果たすということですね。
そうですね。ただ、「聖王国編」の原作では、アインズ視点のパートとネイア視点のパートがあって、ある程度、バランスよく描かれているんです。でも、1本の映画にするとき、アインズ視点でまとめるとけっこう欠落が多く、どういう物語なのかがなかなか伝わりづらい。それを補うために尺が長くなるよりは、コンパクトにしたほうがわかりやすくなると思い、ネイア視点でまとめる形にしました。ただ難しかったのが、初めての新作劇場版ということで、本当はレギュラーのキャストさんが長く演じてきてくれて、ファンの皆さんも愛着のあるキャラクターたちが活躍する“オールスタームービー的なもの”にできたら、さらにみんなが幸せだという思いもあったんです。でも、(ネイア視点で描いたので)そこからより遠い形で作らざるを得なかったことに対しては、残念な気持ちもあります。ただこのシリーズは、原作ありきの作品なので。原作にないことを増やしても、それはなかなか共感を得られないと思うんですよね。
──アインズは、聖王国の助っ人として登場するシーンも多いですが、アインズの配下たちには、登場シーンが少なかったりするキャラクターもいます。オールスタームービーにするための原作改変は行わなかったということですね。
一応、レギュラーキャラがもっと登場できるようにオリジナルのシーンを加えることも考えたりはしたのですが、最終的に、そういうところはあまり多くはありません。おなじみのキャラクターたちの登場シーンが少ないことで、宣伝も難しそうだなと気になったりしつつも、自分は、映画をよいものにすることに注力しました。
先にセリフを収録するプレスコで制作
──本作では、脚本もコンテも監督が担当されています。単行本2冊の内容をそのまま1本の映画に入れることは尺的に不可能ですが、どのような方針でまとめていったのでしょうか? 先ほど伺ったネイア視点でまとめることのほかにも、特に意識したことがあれば教えてください。
すごく単純な話として、単行本2冊の内容について、どんな話か人に説明するとき、微に入り細に入って説明する人なんていないじゃないですか。だいたい印象で「こういうシーンがあって、こういうシーンがあって、こうなったんだよ」みたいな話をするし、聞いた人もそれで「そういう話なのね」って理解してもらえると思うんです。それを映画にしました(笑)。
──確かに、人に話すとしたら、自然とポイントを絞って話しますね。
そういう構成にすれば、2時間の映画として成立すると思ったんです。残念ながら、2時間では収まらなかったんですけど。
──本編は、2時間15分ありますが、「2時間以内で」というオーダーはあったのですか?
契約的な問題や、(映画館の)環境的な問題もあるから、最初から2時間以上の映画を作ろうなんて話は、まずありません。シナリオの段階では、複雑な話だから90分は無理だけど、2時間だったら調整すれば収まる可能性はあるくらいのボリュームだったんです。でも、コンテを作りながら、やっぱり無理だとわかり、方々に謝って2時間超えの映画になりました(笑)。
──コンテ作業の途中で、無理だと判断したのですね。
途中までは終わってるのに、そこを切ってしまうのもどうかと思ったので、ひとまず最後までコンテを描いて、そこから考えるしかないなと。ただ、コンテだけで(プロデューサーたちに)見せると、「ここは、もっと切れるんじゃない?」とか言われるかもしれないと思ったので、先にセリフだけを収録させてもらって。それを編集したものを見せながら、どれくらいの長さに収められるか探っていきました。
──今作は、アニメでは一般的なアフレコ(絵に合わせてセリフを収録する)ではなく、プレスコ(先にセリフを収録し、それに合わせて絵を作る)が行われたのですね。
すべてのカットでセリフに合わせた絵作りができているわけではないし、厳密には、プレスコとは違うのかもしれないですが、一応、コンテをムービーにしたものに対して声をあててもらうという作業を先にさせていただいて。それに対して、(絵の)芝居を付けたり、カットを調整したりしながら、「やっぱり、そんなに短くならないよね」みたいな相談もやりつつ、作画作業を進めていく形で制作させていただきました。
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アインズは、割と普通の人間