「劇場版『オーバーロード』聖王国編」伊藤尚往監督1万字インタビュー|自分が感じた原作の面白さをいかに伝えられるか、その制作秘話に迫る (2/3)

アインズは、割と普通の人間

──ここからは、主要キャラクターについて伺っていきたいと思います。まず主人公のアインズについて、「聖王国編」に限らずシリーズ全体を通して、彼の魅力をどのように捉え、どのようなことを大事に描いているのでしょうか?

悪い奴なのか、いい奴なのかわからないという感想をよくお聞きするのですが、自分としては、悪い奴とかいい奴といった価値観ではないところで動いているキャラクターだと捉えていて。見え方として、悪い奴に見えたり、正義の味方っぽく見えたりするだけだと思っています。本人は現実世界からゲームの世界に来ちゃって、戻ることは諦めた。諦めた結果として、自分の周りが幸せであればよいと思っていて、(その行動が)外からどういうふうに見えるかもわかっているから、そこに対して何を思われても否定はしないし、あまり気にもしない。でも、自分の中で守りたい価値観とかに触れられると、そこはリアクションする。それって、割と普通のことだと思うんです。まあ、普通の人間であることが普通の行動につながるのかは、また違う話なのですが。

アインズ

アインズ

──普通の人間が、普通ではないゲームの世界で、普通ではない能力を持っているという時点で、ものすごいことが起きているということですね。

(変わった)能力があれば、どこまで使えるのか試したくなるのも普通のことだと思うんです。かといって、その力に慢心はしないで、周りの状況を確認しようとする。真面目なゲーマー気質ではあるけれど、割と普通の人間というイメージがあります。逆に、周りにいるキャラクターの思想がすごく偏っているんですよね(笑)。だからもし、自分の子供がすごく不良だったり、すごく優秀だったりしたら親はどうするかとか、そういう話にも通じるのかなという気もしています。

──では、先ほども少し話に出た「聖王国編」のキーマンでもあるネイアについても印象や大事にしているポイントなどを教えてください。

ネイアは、よく言えば純真で、悪く言うと頭の固いバカですよね。

──あはは、ひどい(笑)。

「オーバーロード」は正しい人間が騙されて、バカだったり妄心的だったりする人間が結果的に幸せになる作品だったりするので、幸せになるためには、ある意味バカでないといけない(笑)。だから、この作品でバカというのは、あまり否定的なニュアンスではないと思っています。

──確かに、考え過ぎたりしたキャラクターほど、大変な出来事に巻き込まれやすい印象があります。

そうなんですよ。あと、たぶんネイアは、周りとあまりコミュニケーションを取っていないんですよね。もう少しほかの聖騎士たちと仲良くして、情報共有していたらよいのにと思ったりするのですが、(原作にも)そういう描写がない。ちょっと根暗で、いわゆるコミュ障に近い性格かもしれないと思いつつ、コンテを作っていました。

ネイア

ネイア

──ネイア役を演じているのは、アニメ「ぼっち・ざ・ろっく!」で、コミュ障の主人公・ぼっちちゃんこと後藤ひとりを好演した青山吉能さんです。青山さんはオーディションで選考されたのですか?

はい。いろいろな方にテープオーディションに参加していただきました。僕も家でコンテを描きながら、どういう人だったら合うのか考えていたのですが、BGM代わりにYouTubeなどをつけていて。声優さんのラジオもいくつか聴いたりしたんです。その中に青山さんが出演している番組もあって。番組の構成として、青山さん自身の陰キャな感じのエピソードも自虐的に話していたんです。

──おそらく「ぼっち・ざ・ろっく!」の公式ラジオですね。ぼっちちゃんに関する活動が、ネイア役にもつながっているというお話は面白いです。

ラジオでは、フリートーク的なものがあるので、役としてのことだけではなく、役者さんの素に近いところが見えて。こういう芝居もできるんじゃないかなとか、声質的なものも含めて芝居の幅とか想定できるんですよ。(オーディション候補として)僕からは、青山さん以外の方の名前も出しましたが、原稿を読んでもらったデータを聴いたとき、青山さんの芝居が、こちらの想定にすごく近いなと思いました。一応、合議ではあったのですが、結果的に僕の意見で進めさせてもらいました。

レメディオスは、単なるパワハラ上司

──次は、レメディオスについて伺えますか?

レメディオスは、原作で読む限りにおいては、単なるパワハラ上司なんです。アニメでももっと尺があれば、さらにパワハラ上司に見えていただろうと思います(笑)。

──アニメでは、そういうシーンが減っているくらいなのですね。

部下に圧をかけて、嫌味を言って、周りにほかの人もいるところで叱りつける。すごく能力があるし、本人もその能力に対して自信があるからほかの人も責められない。そういうキャラクターなので、正直、観た人に嫌われがちではあります。すごくいいところもあるキャラクターだとは思うんですけどね。

──レメディオスにも忠誠心や家族愛の強さといった長所は、しっかりとあるのですが……。

そういう子は、普通のアニメではヒロインですが、「オーバーロード」では虐げられるんですよね(笑)。そういう嫌われ者のキャラクターではあるので、それを演じてもらううえで、役者さんには、どういうアプローチでお願いするのかはすごく考えました。しかも、出番が一番多いキャラクターでもあるので。

左からレメディオスの妹のケラルト・カストディオ(CV:戸松遥)、レメディオス。

左からレメディオスの妹のケラルト・カストディオ(CV:戸松遥)、レメディオス。

──レメディオス役を演じているのは生天目仁美さんです。レメディオス役に関してもオーディションが行なわれたのですか?

はい。僕の方からも何人か名前を挙げさせてもらって「こんな感じの方を呼んでほしいです」と音響監督の郷文裕貴さんにお願いしました。レメディオスのオーディション原稿は、叫んでいるセリフが多くて、すごく消費カロリーが高いオーディションだったから申し訳なかったです。そういうセリフだと、芝居として低めで強くて高圧的な人と、高めで少し力強くならない人に分かれるのですが、生天目(仁美)さんは、しっかりと強いけど、その割には怖くない感じがあって。このニュアンスがよいなと思いました。あと、嫌われ者のキャストをお願いするのは、やっぱり気を使うんです。でも生天目さんは、以前、僕が監督をやったプリキュアの映画(「映画 ドキドキ!プリキュア マナ結婚!!? 未来につなぐ希望のドレス」)で、主人公役だったんです。

──キュアハート(相田マナ)ですね。

だから、知っている方ということで、「ごめんね」って言いやすいというのも少しあったかもしれません(笑)。

──ちなみに、ネイアのオーディション原稿は、どのようなシーンのものだったのですか?

レメディオスに対して、少し歯向かってるようなところとか、物語終盤のシーンとか、要するに芝居の変化が見られるところをいくつかピックアップさせてもらいました。

デミウルゴスは、本作の裏の主役

──今、お伺いした3人以外に、特に注目して欲しいキャラクターがいれば、教えてください。

誰だろうな……キャストの話で言うと、憤怒の魔将をやってもらった鶴岡(聡)さんは、昔、僕が(シリーズディレクターを)やった「デジモンセイバーズ」にレギュラーのゲストみたいな形で入ってもらっていて。いろいろな芝居ができることを知っていたので、ああいう役を振っても器用にこなしてくれるんだろうなと思ってお願いしました。

──憤怒の魔将とも縁の深いデミウルゴスは、本作ではヤルダバオトとして登場します。ヤルダバオトは、登場シーンこそあまり多くはないですが、非常に濃い存在感がありました。

裏の主役ですよね。ただ、原作を読まれている方ならわかってもらえると思うのですが、今作でのデミウルゴスの扱いは、すごく難しいんですよ。別のやり方もあったのですが。最終的に(デミウルゴスとヤルダバオトを演じる)加藤(将之)さんにはとある有名なセリフを言ってもらえなかったことは、少し申し訳ないと思っています(笑)。

デミウルゴス(CV:加藤将之)

デミウルゴス(CV:加藤将之)

ヤルダバオト(CV:加藤将之)

ヤルダバオト(CV:加藤将之)

──インパクトの強いシーンで、原作読者の間では本当に有名なあのセリフですね。

あと、主題歌をOxTさんにお願いするとき、「悪い奴の歌を作って欲しいです」という話をして。「悪い奴」が具体的に何を示すかに関しては、OxTさんにお任せだったんです。主題歌(「WHEELER-DEALER」)の歌詞をしっかり聴いていただくとわかるんですけど、この曲の「悪い奴」は、明らかにデミウルゴスなんですよ。主題歌がデミウルゴスのテーマ的な曲になったわけですが、この映画はそれでよいんだと思いました。