「劇場版『オーバーロード』聖王国編」伊藤尚往監督1万字インタビュー|自分が感じた原作の面白さをいかに伝えられるか、その制作秘話に迫る (3/3)

セリフは、朝から晩まで丸2日ほどかけて収録

──本作は、プレスコに近い形で収録されたというお話でしたが、収録の際、特に印象的だったことなどを教えてください。

普通のアフレコ以上に、絵が動いていない状態で芝居をしてもらうことになったのですが、例えば、プレアデスのシズ(・デルタ)は、割と一定のトーンでポツポツと話すので、絵がなくてよかったなとは思いました。

左からシズ・デルタ(CV:瀬戸麻沙美)、ネイア。

左からシズ・デルタ(CV:瀬戸麻沙美)、ネイア。

──口パクを意識しなくてよいから、シズを演じる瀬戸麻沙美さんが考えるシズのテンポでしゃべれるわけですね。

そうです、そうです。レギュラーのキャラクターに関しては、ある意味、役者さんのものなので、僕よりも確実に自分のキャラクターを把握してくれている。皆さんの判断でセリフの尺とかをある程度をコントロールしてもらえたことは、非常に助かりました。ただ、アインズ役の日野(聡)さんには、演出上の理由で「こういう芝居にできないだろうか」という要求をせざるを得ない場面がちょこちょこあって、申し訳なかったです。

──先にキャストさんの芝居があったおかけで、作画での表現がより膨らんだカットも多かったのでしょうか?

全カットをリップシンクロして、セリフに合わせて絵を作るディズニーみたいな作り方はできていないのですが(笑)。例えば、役者さんの芝居を聴いて、このセンテンスとこっちのセンテンスでは、表情が変わっていないと明らかにおかしいみたいなところは、事前に判断して、アニメーターさんに変えてもらえるように指示を出すことはできました。

──1日で、すべてのセリフを録り終えたのですか?

朝から晩まで丸2日かかりました。それが去年だったのですが、今年さらに追加収録という形で(群衆などの)ガヤ録りをして。アインズとネイアに関しては、「ここのニュアンス、こんな感じになりませんか」というお願いをして、もう一度来ていただきました。(最初の収録のとき)青山さんは朝から晩まで収録で、2日目の最後とかすごく疲れていたので、最後のシーンが割と静かな芝居だったんですよ。それはそれで悪くはなかったのですが、やっぱりもう少し力強い芝居になって欲しいなと思って、申し訳ないけれど、そのシーンだけまるっと、もう1回録らせてくださいとお願いしました。

ネイアという女の子の怒涛の運命を描いたお話

──ぜひ映画館で観て欲しいと特に思うシーンやポイントなどがあれば、教えてください。

このシーンというのは難しいですが、絵や芝居だけではなく、音が本当にすごいことになっているシーンも多くて。音楽もそのシーンの感情やアクションに合わせて、フィルムスコアリングという形で、片山(修志)さんに素晴らしい音楽を作っていただけました。あとは、CGも物量などの関係で、新しくグラフィニカさんにお願いすることになったんです。そのクオリティの高さも観てほしいですね。

──3DCGが印象的な作品に数多く参加しているスタジオですね。

あと、撮影監督の渡辺(祥生)くんは、第1期の先行上映イベントのとき、客席にいたらしいんですよ。その後(マッドハウスの子会社の)MADBOXに入って、第2期から参加してくれることになって、第4期からは撮影監督をしてくれているんです。彼とは長くやっているから、「こういうことできないだろうか?」と、割と無茶振りもしているのですが、結果的にすごくきれいな絵を作ってもらえています。今回は、シリーズよりも色的なものやフレア的なものをさらに丁寧につけていただいたので、かなりきれいな画面になっているはず。そこもぜひ劇場で観てほしいです。

アインズ・ウール・ゴウン魔導国の全総括を務めるアルベド(CV:原由実)。

アインズ・ウール・ゴウン魔導国の全総括を務めるアルベド(CV:原由実)。

──「聖王国編」は「オーバーロード」というシリーズの中で、どのような位置づけの作品になったと思いますか?

すごく表面的な話で言うと、時系列的には、第4期の7話と8話の間の話なんですね。だから、正しい観方としては、7話まで観ていただいたうえで、劇場版を観て8話に戻ると、きれいにつながる作りにはなっています。ただ、第4期を観ているときには、そこまでは引っかからない作りにもなっているはず。また、劇場版を観た後にもう一度、第4期もそうですし、その前から観ていただけると、「ここは、ここにつながるのか」と思ってもらえるような描写も入れています。例えば、最初にネイアやレメディオスがアインズと謁見する場所は、第3期の最後に出てくる場所だったり。レメディオスたちが泊まっている建物は、第1期のときから「黄金の輝き亭」と言われている冒険者の宿で。内装をちょっと変えた別の部屋ということで作ってあるのですが、外観だけは同じものを使っていたり。そういう小ネタ的な仕掛けは、TVシリーズからけっこう引っ張ってきているので、ファンの方にはそこも楽しんでいただけたらよいなと思います。

ネイア

ネイア

──そういった小ネタもわかる「オーバーロード」のファンだけではなく、この作品で初めて「オーバーロード」に触れる人でも、軽い基本設定さえ理解しておけば、十分に楽しめる作品だと思います。制作時から、「オーバーロード」初心者も楽しめる作品にしたいという意識は強かったのですか?

はい。それは目指しました。やっぱり新しい人にも観てもらえないと、客層がどんどん限定されてしまうので。実際にシリーズの話を知らず、ネイアという女の子の怒涛の運命を描いたお話という観方をしても、映画作品として希有な構成になっているのではないかなと思いますし、そこが受け入れられてもらえると、面白い展開になっていったりするのではと期待しています。

──最後に、「劇場版『オーバーロード』聖王国編」に関心を持って、この記事を読んでくださっている皆さんに向けて、メッセージをお願いします。

「聖王国編」の原作を読んだときも、すごく面白いと思ったので、その面白さをいかに伝えられるか考えて映像化したつもりです。だから、映画を観て、同じように面白いと感じてくださる方がいればうれしいです。僕はよく言っているのですが、「オーバーロード」って、原作が本当に面白いんですよ(笑)。だから、TVシリーズから観てくださっている方が、この映画を観てどう感じたのかという感想も気になるのですが、この映画を観た方が気になって原作に手を出していただけると、それはそれですごくうれしく思います。

伊藤尚往監督

伊藤尚往監督

プロフィール

伊藤尚往(イトウナオユキ)

竜の子アニメ技術研究所、東映アニメーションを経て現在はフリーで活躍。原画マン、演出家としてさまざまな作品に携わる。代表作に「オーバーロード」シリーズ、「ノー・ガンズ・ライフ」、「映画 ドキドキ!プリキュア マナ結婚!!?未来につなぐ希望のドレス」、「きみの声をとどけたい」などがある。

戦闘に放り込まれたような臨場感がそこに──
「劇場版『オーバーロード』聖王国編」
IMAX版試写レビュー

文 / ナカニシキュウ

「劇場版『オーバーロード』聖王国編」IMAX版キービジュアル

「劇場版『オーバーロード』聖王国編」IMAX版キービジュアル

“最前列でしか味わえないはずの喜び”が得られるIMAX

唐突だが、筆者は「映画館では必ず一番前の席に座る」という、あまり人から共感を得られないマイルールを持ち合わせている。その最大の理由は「視界いっぱいに映画の世界が広がることで得られる没入感を最大限味わいたいから」というもので、何を隠そう小学生時代に読んだ藤子不二雄A「まんが道」の主人公・満賀道雄の影響によるものである。しかしながら、ことIMAXシアターにおいてはその行動がほぼ“無用なこだわり”と化してしまう。壁面いっぱいに広がる巨大なスクリーンと高品位なサウンドシステムは高水準の没入体験をもたらし、急勾配が設けられた客席では前の人の後頭部が気になることはほとんどない。つまり、おおむねどの席を選んでも“最前列でしか味わえないはずの喜び”が得られてしまうということだ。IMAXシアターとの出会いは、筆者にとって満賀道雄の呪縛から解放された瞬間であったと言っても過言ではない。

戦闘シーンでは1人ひとりが視認できるほどの作り込みに驚嘆

IMAX版の「劇場版『オーバーロード』聖王国編」は、そんなIMAXシアターならではの喜びを味わうにはうってつけの作品だ。一般的な上映館ではお目にかかれないサイズ感のスクリーンで拝む巨大なアインズ・ウール・ゴウンの勇姿に圧倒される体験は、「オーバーロード」シリーズのファンであれば是が非でも味わっておくべき類のもの。例えばアインズの顔が大写しになるシーンなどでは、大仏や東京スカイツリーなどの巨大建造物を間近で目にした際に誰もが本能的に覚えるタイプの圧迫感や、それに伴う畏敬の念のようなものが湧いてくる感覚も得られることだろう。

アインズ

アインズ

それだけ大きな画面サイズにもかかわらず、細部まで鮮明に描写される高精細な映像も重要な見どころの1つだ。IMAX独自の投影システムが生み出す明るく鮮やかな色彩、レンジの広い階調表現、細かな線画まで精密に再現する解像度の高さによってもたらされる画面の美しさは、筆者のような映像技術に明るくない素人でもひと目で違いがわかるほど。

本作は亜人の大軍勢と聖王国軍による戦闘シーンなどの細部の作り込みがすさまじく、おそらく家庭用テレビなどでは「なんかいっぱいいる」くらいにか思えないであろう群衆が1人ひとり作り込まれうごめいていたりするわけだが、それをハッキリと視認できる楽しさは大スクリーン特有のものと言っていいだろう。それはもちろん「こんなところまで作り込んでいるのか……!」という驚きにも直結し、作画・CGスタッフへの感謝と労いの気持ちが自然と湧いてくる幸せなポイントでもある。

明暗の表現に関しては、暗い背景に魔法陣やロウソクの炎などが浮かびあがるシーンで端的にその威力を堪能することができる。暗部と明部の美しいコントラストもさることながら、それぞれの中で細やかな階調表現がなされていることを見て取れるのもシンプルに目を引かれるポイントだ。例えば揺らぐ炎の中にある微小な階調差を明確に見分けることができたり、ほぼ真っ暗な部屋の中にうっすらと家具が描かれているのを容易に視認できたりする。そのリッチな映像体験が、より「オーバーロード」の世界観に深く没入するための大きな助力として機能していることは間違いない。

戦闘の渦中に放り込まれたかのようなサウンド体験と、説得力に満ちた音響

また、映像以上にフィジカルなインパクトを与えるのがIMAXのサウンドシステムだ。独自に開発されたスピーカーシステムによって、クリアな高音から地鳴りのような低音までを余すところなく表現。人間の可聴域を超える帯域までカバーすることで、音そのものだけでなく空気のうねりをもコントロールしながら臨場感を構築する。それによって繊細な音は繊細なまま鮮明に耳まで届き、魔法発動音などのシャープなサウンドエフェクトも自然な存在感をもって鳴りわたり、轟音は飽和することなくリアルな轟音として腹の底まで響いてくるという寸法だ。それが客席を取り囲むように配置されたスピーカー群から鳴らされることで、まるで映画世界の中でその音を聴いているかのような感覚に陥ることができる。

本作においてその威力を最もわかりやすく体感できるのは、やはり大軍勢による戦闘シーンだろう。例えばカリンシャの戦いにおける騎馬隊を内側から捉えたカットなどでは、馬の蹄が土を蹴る重みのある音、戦闘員たちの雄叫びやうめき声、武器や装備の金属音などが四方八方から生々しく押し寄せてくる。まさに戦闘の渦中に放り込まれたかのようなサウンド体験だ。それに加え、スリリングなオーケストラサウンドをフィーチャーした劇伴がさらにドラマチック性を付与し、もちろんキャラクターのセリフや魔法SEなどもそこに加わってくる。

ローブル聖王国を侵略しようと、亜人連合軍を率いて防壁に現れるヤルダバオト。

ローブル聖王国を侵略しようと、亜人連合軍を率いて防壁に現れるヤルダバオト。

これだけ情報量の多い音要素を破綻なく共存させるのは、決して容易なことではない。仮にそのサウンド表現に技術的な限界(例えば人の声が重低音に埋もれてしまったり、音楽と効果音が打ち消しあってどちらも迫力を欠いてしまったり)を感じさせてしまえば、観客の没入感を簡単に削いでしまうことだろう。そんな心配と切り離された状態で作品に没頭できるのは、ひとえにIMAXサウンドシステムの余裕さえ感じさせるハイスペックのなせる業である。画面の中でひとたび爆発などが起これば、耳をつんざく爆音はもちろん、地を揺るがすような重低音の効果も相まって、まるで実際に爆風を受けたかのような錯覚にも陥るほどの説得力に満ちた音響を楽しむことができる。

それでいて、終始セリフが聞き取りやすいのも高品位オーディオシステムならでは。定位が非常に安定していることもあり、レンジが広く解像度の高い音声によって声優陣の細かな息遣いまでを含めた芝居の機微を余さず堪能することができる。その意味では、声の芝居にこだわりを持って注目するタイプの声優ファンにとってはIMAXでの鑑賞がマストとも言えるだろう。本作で重要なキャラクターを演じている青山吉能(ネイア役)や生天目仁美(レメディオス役)らを特別に応援しているファンに至っては、もしかしたらIMAX版を観なければ後悔することになるかもしれない。

ネイア

ネイア

この音響システムの恩恵は、エンドロールに至るまで実感し続けることができる。本作のエンドクレジットを飾る主題歌は、シリーズではおなじみのOxTによるシャッフルビートのデジタルロックチューン「WHEELER-DEALER」。周囲を重心の低いキックとベース、突き刺すようなギターサウンドなどに包まれながら、まっすぐ前方からオーイシマサヨシ(Vo)のハイテンションな歌声が響いてくる独特の感覚は、通常の音楽鑑賞ともライブ鑑賞ともひと味違う体験だ。わざわざ記すほどのことでもないが、劇場で鑑賞する際にはエンドロールが終わるまで席を立たず、最後まで本作を味わい尽くしていただきたい。