“黒い坂本真綾”を引き出した「逆光」
──今回リリースされたシングルの表題曲であり、現在展開されている「FGO」第2部(※2)の主題歌「逆光」も、坂本さんが担当されています。
奈須 ちょうど「FGO」が第1部のクライマックスを迎える前、一番忙しいときに、「今じゃないと間に合わないから!」と第2部のテーマをまとめて坂本さんに会いに行ったのを覚えています。第1部と「色彩」のタッグがある意味うまくいって“しまった”ので、ユーザーはさらに上回るものを求めてくる、それに応えてもらわなくては、と。
坂本 「FGO」ファンはすごく熱心に曲を受け取ってくれるんですよね。「逆光」がCMで流れたときに、「この曲にエンディングへのヒントが隠されているのではないか」とまだ第2部が始まっていないのに考察を交わすような熱い皆さんです。かなりのプレッシャーになりました(笑)。
奈須 「色彩」の経験があるので、「絶対に第2部の主題歌にも意味があるだろう」と考えてくるはず。その期待に応えつつ、「物語に焦点を当てつつ」「ネタバレにならないように論点をぼかし」「最後には本当の意味がわかる」という高い3つのハードルがありました。しかも「曲として、『色彩』を超えてほしい」というわがままもお伝えしていました。坂本さんはそれをすべてクリアしてくれたんです。「色彩」のときもそうでしたが、デモをもらったときのきのこのテンションの上がりようはすごかった……。「この曲を絶対に年末特番で流すんだ!」と燃え上がりました。
──第2部の情報は、2017年末の特番「Fate Project 大晦日TVスペシャル2017」で明らかにされましたね。第2部のオープニング「逆光」も解禁になり、大きな話題になりました。
坂本 奈須先生って、今みたいにすごく褒めてくれるんですよね。こっちもいい気になってしまう(笑)。こんなにたくさんのことを感じてくださるのは、インスピレーションを受け取る力が敏感だからだと思います。ユーザーに対するプレッシャーもあったけれど、「奈須先生が喜んでくれるだろうか」というプレッシャーも大きかったです。
──歌詞は「色彩」よりもダークな印象がありますね。
坂本 初めにお話をいただいたときに「第1部完結という形で一度はフィナーレを迎えた物語に対して、どんな歌詞を書けばいいのだろう?」と悩みました。でも打ち合わせをしたときに第2部について奈須先生がお話しされたことが、とても意外な方向性で。「続きをやらなきゃ、流れを汲まなきゃ」という思いから、「『FGO』は新しい幕開けを迎えるんだ。また新しいものに対して書かせていただくんだ」と気持ちが切り替わりました。
奈須 第2部の内容は、第1部のカウンターなんです。「逆光」は曲調の気持ちよさは「色彩」と並ぶけれど、言っていることは正反対。
坂本 そうですね、歌詞に少し黒い部分もあります。曲調は、アップテンポでダークでありつつ、サビで開けた感じにできればいいなと。
奈須 そういえば、「逆光」の打ち合わせのときに「『色彩』の白いイメージとは違う曲に」と希望を伝えたら、坂本さんが「よかった! 私自身も黒い部分があるので、100%真っ白な歌は今は無理!」と言ってくれたのが印象に残っています(笑)。
坂本 その時期、ポジティブで明るくてかわいい爽やかな曲を作っていて、“清い”ものは出し尽くしてしまっていたんです(笑)。黒いものしか残っていなかったかも……。
奈須 その黒さはまったく恥ずべきものじゃないですよね。「つらいけど希望に向かってがんばろう」というものばかりじゃなく、「どうしても今は明るい気持ちではがんばれない。でも『こんちくしょー!』という気持ちで踏ん張る」ことだってある。
坂本 「色彩」のほうは、優等生ですよね。「逆光」はソリッドで、ちょっとヤケクソぎみ。でも、歌詞の中に「絶望のほとり」という言葉が出てきたりもするので、皆さんがどう受け止めるかはわからないのですが、私は「逆光」はネガティブな歌だとは思っていないんです。歌詞を書くときに浮かんでいたイメージは、雨の中でずたぼろになって、「逆光浴びて 泥だらけに」なって、切羽詰まった表情で走っていく人。本人にはわからないけれど、必死になっている人間は美しい。泥の質感が光で反射しているような、“汚いきれいさ”を書きたいと思っていました。
──「色彩」はマシュの心情を描いた曲でしたが、「逆光」は誰の気持ちを描いたものでしょうか?
坂本 「誰の歌ですか?」と質問をいただくことは多いのですが……あえて誰と言わなくてもいいかなと。アニメ「Fate/Apocrypha」にジャンヌ・ダルク役として出演して感じたのは、のちに英雄と呼ばれることになる人たちも、当時は“自分の人生”を生きていた、普通の人だったんじゃないかなと。必死で自分の人生に向き合っている一瞬を切り取ったものが、“英雄の物語”になっている。どんな人であれ英雄になりうるし、英雄と呼ばれる人たちの思いは、私たちにも当てはまるのではないでしょうか。
奈須 「逆光」は、「自分のがんばりは、自分にしかわからない」という歌ですよね。嵐の中でがんばっている人の姿は、対岸の人間には見えない。いま坂本さんがおっしゃっているように、1人でがんばっている人たち、みんなの歌でもあると思います。そのがんばりがたまたまわかってもらえるときもあれば、理解してもらえないこともある。それでも「嵐の向こう側」でがんばるしかない。「色彩」と「逆光」という素晴らしい曲を預けていただけて、本当に幸せです。
坂本 今は「逆光」をリリースしたという達成感がありますが(笑)、ゲームの曲が面白いのは、浸透していくところですね。今の時点でいい曲と思ってくださっている方もいるかもしれませんが、ここから皆さんにどう浸透していくのかが楽しみです。
奈須 「逆光」の隠しテーマは「リベンジ」。今は泥中にいるけれど、今に見ていろ。立ち上がって走るんだ……そんな不屈の闘志を感じる曲です。みんな、第2部ラストまで待ってろよ!
※2 第2部のタイトルは「Cosmos in the Lostbelt」。2017年12月のアップデートによりプロローグ「序」が追加された。2018年7月現在、「Lostbelt No.1 永久凍土帝国 アナスタシア 獣国の皇女」と、「Lostbelt No.2 無間氷焔世紀 ゲッテルデメルング 消えぬ炎の快男児」がリリースされている。なおプレイできるのは第1部をクリアしたユーザーのみ。[↑戻る]
「空白」のテーマは“FGOの精神性”
──7月26日から稼働するアーケードゲーム「Fate/Grand Order Arcade」の主題歌である「空白」も、シングル「逆光」に収録されます。
坂本 「色彩」と「逆光」で出し切ったと思っていたら、アーケードもやらせていただけることになって……うれしいことではあるのですが、奈須先生とはお互い「もう(出し切っていて、歌にできるものが)ないよね……!」という感じでした(笑)。
奈須 「空白」をまた坂本さんにお願いしたのは、武内たっての希望だったんです。そもそも「逆光」の時点で、「こんなに素晴らしいものを出してくれて、もうこれ以上のものはないからね! もうお願いするのは難しいよ!」と自分は言っていたのに、武内は「坂本さんにやってもらうよー」と。「こいつ……坂本さんの曲を聴きたいだけだ!」とピンと来ました(笑)。
──あはは(笑)。この曲はどのようにして生まれたのでしょうか?
奈須 「空白」の打ち合わせでは、アーケードのゲームのテーマをお伝えしました。「色彩」と「逆光」がある人物の心の声を描いたものなら、「空白」は「FGO」の根底に流れる精神性を……と提示しました。
──「FGO」の精神性とはどのようなものなんでしょうか?
奈須 言ってしまえば人間賛歌……いや、あらゆるエンタメは結論は人間賛歌になってしまうので、少し恥ずかしいですね(笑)。「苦しむために生きているのではない」ということでしょうか。例えば自分の場合、毎週毎日「つらい」「苦しい」と思いながらゲームを作っているけれど、疲れていて忘れているだけで、ゲームを作るっていうのは楽しいこと。なら胸を張ってやろう……そんな気持ちをレジュメにまとめて「坂本さん、あとは任せたー!」。こちらがお出しできたテーマは少なかったのですが、坂本さんは違った方向から力強い曲を打ち返してくれました。
坂本 これまでは口頭とホワイトボードだったので、「初レジュメだ!」とびっくりしましたね(笑)。アーケードでプレイ中に主題歌に耳を傾ける人は多くはないかもしれないのですが、「FGO」が好きな方はきっと曲を聴きながら世界観に思いを馳せるでしょうし、みんなが思う「FGO」を決して裏切るものであってはいけないなと思いながら作っていました。私の中では「空白」のテーマは、改めてマシュの気持ちなのかなと。第1部で失ったものはあまりにも大きいけれど、先に進まなければいけないという。
──再びマシュの気持ちを歌った「空白」……このシングルに収録されている曲のタイトルはすべて漢字2文字ですね。
坂本 ええ。「空白」は、奈須先生が打ち合わせ中に、まだタイトルも何も決まっていないときに「空白を乗り越える」とさりげなくおっしゃったんです。そこで「空白!」と前のめりになりました(笑)。
奈須 「色彩」「逆光」と来ているので、漢字2文字のタイトルにはしたいねと話していたんです。坂本さんが「空白、いいですね!」と反応してくれたおかげで、曲のコンセプトやイメージなどふわふわしていた部分が形として見えてきました。
坂本 「空白」は“失った者たち”の歌という感じがしています。傷を負ったり、大切なものを失ったりしたことは、誰にでも共通する出来事。でも「悲しみのまま終わらせたくない」、うごめく登場人物たちは壮大な物語の途中に生きていて、「結末を塗り替えにいく」可能性を秘めている。そこには、誰にもわからない“「FGO」の世界の先”もあるのだと思っています。
奈須 「空白」のそのフレーズを坂本さんが華やかな声で歌ったことで、「ああ、結末を新しいものにしていいんだ」と教えてもらいました。「色彩」のときと同じく、きのこの頭の中には「空白」を流しながらのクライマックスシーンが浮かびましたよ!
坂本 私、責任重大ですね……(笑)。
「FGO」にとっての坂本真綾、坂本真綾にとっての「FGO」
──こうしてお話をうかがっていると、「FGO」の世界に坂本さんの曲が与えている影響は非常に大きいように思えます。
坂本 「FGO」の物語の結末は奈須先生の頭の中では決まっているけれど、まだまだ形になっていく段階。そこに関わって、自分が作ったものが反映してもらえるのは……ものを作る者として、感動的なことですね。
奈須 坂本真綾というアーティストは、奈須きのこの脳にすごく刺激を与えてくれるんです。当たり前のことですが、クリエイターは自分だけで育っているわけではない。中高生の頃好きだったものが自分を育てるし、デビューしてからもいろんなものに憧れて、いいものを作ろうとする。いいものを聴いたらいいものが頭に浮かぶんですね。作品というのはそうやって、憧れを系統樹のようにして次の層が生まれていくものだと思います。
坂本 長くやっていると、“新しい自分”を発見することはそうないんです。でも、作品のために作れば、自分のために書くときには出てこないアイデアや言葉の選び方が生まれる。「色彩」は自分の新たな一面を発揮できましたし、「逆光」はそこを深めていけた。作品があったからこそリミッターを外して書けた曲で、自分の楽曲としても気に入っています。
──お互いのクリエイティブに、すごく大きな相乗効果を及ぼしているんですね。
坂本 でもね、奈須先生はよく褒めてくれるけれど、私は「奈須先生がみんなを褒めて育てている」んだと思っています。奈須先生がこうやって「いいね」と言ってくれるから、もっといいものを作るやる気が生まれる。人が自然と集まってきて、「この人のためにひと肌脱ぎたい」と思わせる“天性のカリスマ”を人生で何人か知っていますが、奈須先生はそのうちの1人ですね。褒められていい気になってやってきましたが(笑)、奈須さんが作っていくものにまた1つ参加できたのは、とても私にとって活力になることでした。
2018年7月26日更新