映画「ウィーアーリトルゾンビーズ」 PR

「ウィーアーリトルゾンビーズ」原田ちあき×長久允|超絶望的でも、世界は灰色じゃないですから!!!!

映画「ウィーアーリトルゾンビーズ」が6月14日に公開される。本作は両親を亡くした4人の子供たちが火葬場で出会い、心を取り戻すためにバンド・LITTLE ZOMBIESを結成する“超音楽冒険RPGムービー”。8bitゲームの要素を取り入れた懐かしくも新しい音楽、一線で活躍するクリエイター陣が手がけた独創的な衣装、ヘアメイク、美術セットが魅力だ。

ナタリーでは、本作の公開を記念した特集を3ジャンルにわたって展開。コミックナタリーでは長久允監督と、“よいこのための悪口メーカー”として独特なタッチと色遣いのイラストで知られるイラストレーター・マンガ家の原田ちあきの対談をセッティングした。取材時に着用していた私服が動物プリントの洋服で被ったことから始まり、初対面とは思えないほど波長の合う2人。原田は映画を観ながらメモをとったというセリフの数々や、風呂で歌ってしまったというほど惹きつけられた楽曲について語る。また長久監督からは、原田の作品と共通する本作のポップで毒々しい色遣いの理由を明かしてもらった。最後には原田によるLITTLE ZOMBIESの描き下ろしイラストもあるのでお楽しみに。

取材・文 / 西村萌 撮影 / 入江達也

お会いしたことはないけど、思想がぐちゃぐちゃしてそうだなと(長久)

長久允 かわいい服を着てますね。

原田ちあき

原田ちあき 虎、好きなんです。監督のTシャツと動物合わせになっちゃいました(笑)。

長久 ほんとだ。俺のほうがちっちゃくて悔しいなあ(笑)。

原田 ラブラドールレトリバーもかわいいですよ。

──おふたりはこれが初対面ということですが、長久監督は原田さんにどんなイメージをお持ちでしたか?

長久 僕もこじらせているタイプなんですけど、原田さんもだいぶ思想がぐちゃぐちゃされてるんだろうなあと(笑)。ご本人とお会いしたことはなかったけど、Twitterでイラストを拝見してそう思ってました。

原田 わーっ、どうでしょう(笑)。

──今回の対談は、「ウィーアーリトルゾンビーズ」のポップで毒々しい色遣いが原田さんの作品と近いものがあると感じてセッティングさせていただきました。そんな原田さんから観て、この映画の第一印象はどうでしたか?

原田 面白い、の一言に尽きます。私は邦画をあまり見ないほうなんですが、コラージュしたような表現とか、実写からゲームのような画面にパンって切り替わるところに目を惹かれました。カッコよくて、観ていて飽きなかったです。私もイラストの中で切り貼りするのが好きなので、我ながらなんだかちょっと似ているものを感じるなと。

長久 ありがとうございます。僕もコラージュがすごく好きで。大学生のときにシュールレアリスムを勉強していた影響で、映像を作るときは物語をつないでいくというより、次の展開を貼り付けていくようなイメージなんです。「次にアレがきたら、観ている人はどう思うだろう?」みたいな。

原田 映画の中でも超現実っぽいというか、現実か夢かわからないような描写がありましたもんね。

──原田さんが、映像的に印象に残ったシーンはどこですか?

映画「ウィーアーリトルゾンビーズ」より。ヒカリの両親の葬式のシーン。

原田 一番気になったのが、冒頭にあったヒカリの両親のお葬式シーン。白黒の鯨幕から、虎が出てきたじゃないですか。あのシーンが差し込まれたのは、理由があるのかないのか。私も絵を描くとき、意味のないものを急に放り込んだりするんです。だから意味を問われたとき答えられなくて少し困ったりもするんですけど、これは一体どっちなんだろうって。

長久 このシーンは自分でもかなり気に入っていて、意味を問われたら答えられるようにはなっているんです。心の根っこにある理由としては、絵を描くときみたいに頭の中だけにあるものを自由に描いていいんじゃないかということ。だからヒカリが葬式中に空想していたことをそのまま入れてみました。

原田 お葬式のように黙ってなきゃいけない場面って、実は別のことを考えてたりしますもんね。

長久 あと、ちょうどシナリオを書いているときに本濃研太さんというアーティストの個展に行って、ダンボールで作ったいろんな動物の彫刻アートを見たんです。まさに子供の想像から出てきたみたいだなと、そこからイメージしたものを映像の中で動かしてみました。

原田 確かに、すごくかわいい虎でした。あの虎も(笑)。

ダイヤモンドの原石じゃなく、もう磨いた後なんだ(原田)

映画「ウィーアーリトルゾンビーズ」より。両親を失ったヒカリ、イシ、タケムラ、イクコは火葬場で出会う。

原田 劇中の言葉、いっぱいメモってきたんです。グッときたのは、ヒカリがLITTLE ZOMBIESのメンバーと出会ったときに「ゴミ捨て場で見つけたのは 4粒のダイヤモンドだった」というセリフ。原石とかじゃないんだ、もう自分でクイクイっと磨いた後なんだなと思って。詩的ですよね。

長久 確かにね。それは意図してなかった(笑)。でも、自然とそういう表現になったのかもしれないです。ヒカリたちはすでに人間としてできていて、大人たちが何か作用させて成長させるのはおこがましいと思っていたので。

映画「ウィーアーリトルゾンビーズ」より。ヒカリは親からの愛を感じていなかったため、両親が死んでしまっても泣けなかった。

原田 あとヒカリが親の事故死を聞いて「赤ちゃんが泣くのはそれを解決してくれる人がいるからメッセージとして発信しているらしい。でも僕は泣いたって意味がないから泣かない」って言うシーンがあったじゃないですか。それ、わかるなと思って。私も中学校1年生のときは親のありがたみがわからなかったし、急に死なれてしまっても泣けなかったかもしれない。劇中で「なんで泣かないの?」ってヒカリは親戚に聞かれてましたけど、子供って案外しっかりしてるし、冷めてるし、大人が思ってるより不幸な目に合ったときでもシャンとしてるよなって。あえて子供が子供らしく描かれてるのがよかったです。

長久 悲しいときに泣かなきゃいけないみたいなのって、大人的な、社交的な価値観だと思うんですよね。

原田 そうですね。故意に泣くのはショーみたいになっちゃう。

長久 自然に涙が出る人もいるけど、僕を含め、そうじゃない人もけっこういるんじゃないかという気がします。

──この映画を制作したのは、長久監督自身に2人目のお子さんが生まれて、育休をとって一緒に遊んでいるうちに、子供にとって“絶望しない映画”を作りたいと思ったのが理由のひとつとパンフレットに書いてありました。確かに両親が死ぬという境遇でも、4人が割とあっけらかんとしているのが印象的でした。

長久允

長久 LITTLE ZOMBIESは、どんな状況にあっても常に正常心とユーモアを持っている子供たち。僕は、絶望的なときでもヘラヘラしてていいと思ってるんです。そうすることで、不謹慎と言われようとも生き続けられることがあるのではないかと。そういう子供たちの話を描きたいなと思って、この映画が始まりました。だから“絶望しない映画”というのはハッピーエンドに向かうってことではなくて、子供たちは最初からアンハッピーではないということ。両親が死んでも死ななくても、子供たちにとっては変わらないことだと思います。

──何があってもそれほど絶望しなくていいよ、ってことですよね。

長久 はい。物語がゲーム風に進んでいくのも、そういう理由からです。ゲームってバーチャルですし、登場人物に対して客観的じゃないですか。だから現実の自分の人生もゲームとして捉えることで、つらい出来事があってもライトに受け止めることができるかもしれない。RPGのイベントだと思えば、やっていけることもあるのではないかと思いました。