台湾のクリエイターを対象にした「2025 国際縦読みコミックコンテスト」が目指す未来とは、主催者が特別審査員・松井玲奈とともに語る (2/2)

台湾と日本はお互いにお互いの文化を楽しめる素地がある

 台湾と日本は似ています。文化的にも近いですし、エンタテインメントの展開の仕方や受け入れられ方も近いので、相性はとてもいいと思いますね。何より台湾の人は日本が大好きで、ほとんどの台湾人は台湾か日本にしかいないと言ってもいいくらいです(笑)。そんな両者が手を取り合うことで、必ずやいい作品が生まれるはずだと私は信じています。

花宮 まさにおっしゃった通りで、本当に文化も近いですし、食事も美味しいですし(笑)。

松井 美味しいですよね! 私も台湾料理大好きです。

松井玲奈

松井玲奈

花宮 台湾に行くと「ここは日本か?」と思うくらい日本企業もたくさん入っていますし、日本のマンガやアニメのビジュアルが至る所で目に入ってきます。これだけ日本のものが受け入れられて喜ばれているということは、逆もしかりなんじゃないかと思うんですよ。台湾の人が面白いと思って作るコンテンツは、日本人も同じように楽しめる可能性が大いにある。今まで知らなかっただけで。

松井 実際、ここ何年かで台湾映画がたくさん日本で上映されるようになってきていますよね。お互いにお互いの文化を楽しめる素地があるんだろうな、というのは私もなんとなく感じます。

花宮 縦読みコミックの話で言うと、台湾の作家さんは基本的に皆さん個人で描かれているんですね。日本で縦読みコミックと言うとスタジオ制作のイメージが強いですが、もともと日本のマンガは作家が個人で描くものだったじゃないですか。その意味では、親和性が高いと思います。

高橋 文化的な共通点が多くある一方で、決定的に違う部分もあります。例えば今回松井さんが特別審査員賞に選ばれた「紙で縫い合わせた人形」で描かれているお葬式の習慣などが典型的ですけど、日本の人がほとんど誰も知らない台湾の常識というものがあったりする。逆のパターンももちろんあるでしょうし、そういう“だいたい同じだけど細かいところで大きく違う”という部分を新鮮に感じられるよさもきっとありますよね。日常の中の非日常みたいな。

特別審査員賞を受賞した「紙紮人(紙で縫い合わせた人形)」。

特別審査員賞を受賞した「紙紮人(紙で縫い合わせた人形)」。

松井 本当にそう思います。私が今回の審査で一番ハッとさせられたのはまさにその点で、台湾のお葬式で紙人形を副葬品として供える習慣があるということをまったく知らなかったんです。その紙人形が「紙で縫い合わせた人形」ではキーアイテムになっていて、それを軸にちょっと怖いダークストーリーが展開されていく。日本にもありそうで、でも絶対にないお話だなと思って。それがすごく新鮮だったんですよね。

 映画の世界でよく言われる言葉に「題材がローカルなものであればあるほど、実は国際的である」というものがありまして。特定の地域にしか存在しない文化を題材にしていても、ストーリーの語り方次第で世界中の人を同じように感動させることができるんです。

松井 逆のパターンで言うと、「鬼滅の刃」や「NARUTO-ナルト-」のような作品が海外でウケるのは日本独自の文化が興味を引きつけるから、ということですよね。なので「紙で縫い合わせた人形」は、きっと日本の読者にも喜ばれるんじゃないかなと個人的には感じます。ああいう呪物っぽいモチーフはみんな大好きですし。

花宮 “日本と台湾の共通点”という観点に戻ると、銀賞と読者人気賞に選ばれた「地獄で何かが起こっている」は、日本のマンガにもありそうな要素がてんこ盛りの作品でしたよね。一度死んで蘇って、かつ男女が入れ替わって、戦って……みたいな。応募作全体の中でも、こういういろんな要素を詰め込んだ日本っぽい作品が多かった印象もあります。

高橋 あとは……“ヤクザBL”はやっぱりいいな、と思いました。大好き。

一同 あはははは(笑)。

銀賞を受賞した「一分為惡(悪に1ポイント)」。

銀賞を受賞した「一分為惡(悪に1ポイント)」。

高橋 すみません、どこかで言おうとずっと思ってて(笑)。銀賞を獲ったBL作品「悪に1ポイント」は、メイン2人のわちゃわちゃをずっと見ていたい気持ちにさせられました。あの感じはけっこう万国共通というか、少なくともアジア共通なんじゃないでしょうか。

花宮 BL作品が多かったのは特徴的でしたね。受賞作の中だけでも複数あって、応募作全体でもBL率が高かった。台湾ではBLというジャンルが確立しているんだなというのが見て取れて、とても興味深かったです。

 台湾はアジアで初めて同性婚が合法化された地域ということもあって、BLという題材はマンガに限らず映画やドラマでもすごく人気があります。その傾向が応募作にも映し出されていましたね。

松井 ちょっと話が逸れてしまうかもしれないのですが、今高橋さんがBLを「大好き」とおっしゃったことに私は衝撃を受けました。私が学生の頃はBLって“隠れて読むもの”でしたが、今や男性読者さんも「好き」と公言できるものになったんだなって。ちょっと隔世の感があります。

金賞を出さなかった理由

松井 今回、金賞は該当作なしという結果になり、「地獄で何かが起こっている」が銀賞と読者人気賞のダブル受賞になりましたよね。それでも金賞にはならないんだ?と少し不思議に感じました。

銀賞と読者人気賞を受賞した「地獄有事(地獄で何かが起こっている)」。

銀賞と読者人気賞を受賞した「地獄有事(地獄で何かが起こっている)」。

高橋 なるほど、“合わせ技一本”みたいな発想ですね(笑)。やっぱり第1回ということもありますし、“文句なしの金賞”を出したかった、というのが率直なところです。今回は読者投票でも審査会でも、けっこう票が割れたんですよ。「満場一致でこの作品だよね」というふうにはならなかった。

花宮 今回は最初の告知から応募締め切りまでの期間が短かったので、作家さんが作品を準備する時間も十分には取れなかったかもしれません。そこは反省点ですね。次回開催時はもっと早く周知して、より時間をかけた作品作りをしていただければと思っています。それと、銀賞、特別審査員賞、読者人気賞は日本と台湾で実際に連載が始まりますので、それを見た台湾の作家さんたちが「自分も連載を勝ち取るぞ」とモチベーションにしていただけるのではないかと思います。

 TAICCAとしては、台湾の作品の海外進出を支援するのはもちろんですが、逆に日本のマンガ作品を台湾で映画やアニメ、ゲームにするなど、双方向の協力を実現したいんです。そうした基本姿勢を踏まえますと、このコンテストの審査基準としては“国際的に通用する作品かどうか”という観点がとても重要になってきます。同時に、“メディアミックス展開ができるかどうか”もポイントになりますね。

高橋 実は、TAICCAさんと楽天とで台湾発のBLドラマを共同制作するプロジェクトがすでに動いておりまして。そういう背景もありますので、いつかこのコンテストから生まれた作品を映像化して楽天グループのサービスで配信する、みたいな流れも生まれたらいいなと思っています。

佳作を受賞した「獸夢旅人(ビーストドリームトラベラー)」。

佳作を受賞した「獸夢旅人(ビーストドリームトラベラー)」。

佳作を受賞した「這才不是乙女GAME(これは乙女ゲームではありません)」。

佳作を受賞した「這才不是乙女GAME(これは乙女ゲームではありません)」。

花宮 その未来を実現するためにも、今後ご応募いただく作家さんたちにはぜひ“読んでいる人がいる”ということを意識した作品作りをしていただきたいなと。今回の応募作に見られた傾向として、やりたいことは伝わるし情熱も感じるんだけど、“読者にどう読ませるか”という視点が弱い作品が多い印象を受けました。ただ自分の描きたいものを描くだけではなく、読む相手がいることをもっと意識した作品がいっぱい出てくるといいなと思いますね。

 おっしゃる通りですね。どんなコンテンツの制作者も“観客や読者に伝える”ということを最優先事項にするべきです。そうすれば市場に受け入れられる作品が生まれますよね。また縦読みコミックの場合、1話1話の終わりで「続きを読みたい」と強く思わせる見せ方も非常に重要ですので、それには先ほど花宮さんがおっしゃった“マンガ編集”の力が必要になってくるでしょう。台湾のクリエイターにはおそらくその視点がまだ備わっていませんので、そこをうまくできるようTAICCAとしてもサポートしていきたいです。

松井 読者の立場からすると、個人的には種村有菜先生のような“ザ・少女マンガ”を描かれる作家さんが出てきてくれたらうれしいです。台湾の作家さんがどんな少女マンガを描かれるのか見てみたいです。

松井玲奈

松井玲奈

花宮 キレイな絵を描かれる作家さんも多いですもんね。

松井 あと今日は台湾料理のお話も出ましたが、台湾版「孤独のグルメ」みたいな作品があったらすごく読んでみたいなと思いました。「孤独のグルメ」は日本に実在する飲食店を巡るお話なので、それ自体がガイドブックになっているじゃないですか。その台湾版があったら、実際にそれを持って現地を回ったりするのも楽しそうです。

 そのアイデア、台湾のクリエイター全員に伝えます。

一同 (笑)。

花宮 ジャンプTOONさんで連載されている「ミントマンゴーかき氷」がまさにそういう要素を持つ作品ですね。台湾の作家さんが描かれていますが、親の仕事の都合で台湾に転校した日本の女子高生が、台湾グルメやスイーツを食べ歩くお話です。

松井 最高の作品じゃないですか! ぜひ読んでみます!

台湾のカルチャーが日本で流行ったらいいな

高橋 ジャンルの幅が広がるのは確かにいいですよね。日本のマンガは歴史が長いだけあってありとあらゆる作品が存在するので、「こんなマンガもありなんだ?」というものに出会いやすい。で、それに出会った人が「これがありなら、自分ならこういうのが描けるぞ」となっていくことで、さらに広がっていきますよね。そうなることで自然と業界全体が盛り上がっていくと思うので。

佳作を受賞した「屍眼(死体の目)」。

佳作を受賞した「屍眼(死体の目)」。

 それで言うと今回、佳作に選ばれた「死体の目」という作品の作家さんは、ちょうど今TAICCAと台湾の出版社と一緒にプロ野球選手の伝記ものを描かれています。

高橋 ああ、そういえばスポーツものも今回の応募作には全然なかったですね。そういう作品ももっと出てきていいと思います。というか、野球人気が高いのも台湾と日本の大きな共通点の1つですね。

花宮 楽天さんはプロ野球チームも持たれていることですし、野球マンガは作家さん的に狙いどころかもしれませんね(笑)。

高橋 そこは審査には影響がないようにしますけど(笑)、たくさんの人にチャレンジしていただける場にはしていきたいですよね。「全3話で応募」というレギュレーションが本当にベストなのかというところも含めて、いろいろ考えていきたいです。

高橋宙生氏

高橋宙生氏

花宮 先ほど“マンガ編集者の不在”についてややネガティブな文脈で触れましたけど、裏を返せば、型にはまらない自由な発想が生まれやすい土壌であるとも言えます。荒削りかもしれないけど今までにない才能を発掘して、日本や世界に届けられるようなコンテストにしていきたいですね。

 このコンテストを通じてTAICCAが目指している未来を、私は3つの言葉でまとめたいと思います。第1は「産業化」です。現在は個人ベースで創作が行われていますが、これを産業化、商業化させたい。第2に「国際化」。台湾作品が国際的なプラットフォームを通じて世界に広まることを期待しています。そして第3は「ワンソース・マルチユース」。1つのIPが多角的に活用されることを目指します。これが達成できれば、サステナブルな発展と規模の拡大が可能になると考えています。

松井 では私からは、いち台湾ファンとして。このコンテストを通じて台湾の作家さんたちが作る作品を読むことができるだけでも純粋にうれしいですし、それが日本で流行る日が来たらそんなにうれしいことはないです。ディズニーなどのアメリカのコンテンツが日本で浸透しているのと同じように、台湾のカルチャーが日本で流行ったらいいなと。それがマンガから生まれたらさらにうれしいので、このコンテスト出身の作家さんにぜひそれを実現していただきたいなと思います!

松井玲奈

松井玲奈

プロフィール

松井玲奈(マツイレナ)

俳優・小説家。愛知県出身、2008年デビュー。主な出演作に、映画「よだかの片想い」、NHK連続テレビ小説「まんぷく」「エール」「おむすび」など。近年の代表作に、舞台「ミナト町純情オセロ ~月がとっても慕情篇~」、NHK大河ドラマ「どうする家康」。2025年7月より舞台『ハリー・ポッターと呪いの子』にハーマイオニー・グレンジャー役で出演している。小説家としての著書に「カモフラージュ」「累々」「カット・イン/カット・アウト」。

高橋宙生(タカハシミチオ)

東京大学を卒業後、外資系コンサルティングファームおよび出版系スタートアップを経て、2014年に楽天(現楽天グループ)に入社。社長室、越境EC事業などを経て、2022年にエンターテインメントコンテンツ事業のヴァイスプレジデントに就任。「楽天ブックス」や「Rakuten Music」を中核とするエンターテインメント関連コンテンツのEC販売・配信・サブスクリプション・投資プロジェクトといった事業群を管轄している。

王敏惠(ワン・ミンホェイー)

PwC台湾法人税務法務サービス部副部長として、台湾企業の法人所得税、営業税、税制優遇措置、移転価格、グループ投資構造及び取引構造に関するコンサルティング業務を担当。過去10年以上にわたり文化コンテンツ産業への投資に携わり、文化創造投資第一期・第二期計画開始時から国家発展基金共同投資審査委員を委嘱。文化策院設立後は財務指導協力専門家として複数投資案件に参加し、台湾の文化コンテンツ産業を長年観察。TAICCAではCEOを務めている。

花宮麻衣(ハナミヤマイ)

韓国のWebtoon制作会社・YLABにてインターンとして勤務し、マンガ・Webtoon制作の現場に参加。その後NHN comicoを経て、2020年にCopin Communications Japan 日本法人代表に就任。現在は韓国のWebtoonプロダクションであるContents Lab. Blueの日本法人Contents Lab. Blue TOKYO共同代表。編集部を統括し、Webtoonの企画・制作を担当。オリジナル作品の開発に加え、楽天、集英社、小学館、NTTドコモなど日本企業や、台湾のTAICCAとの共同制作プロジェクトを推進している。