“いいとこ取り”で生まれる相乗効果
田中 冲方さんは「楽をさせてもらっている」とおっしゃいましたけど、むしろ私がかなり楽をさせてもらっていると思っていて……。私、今までオリジナルの作品を描くときは、ネームにすごく時間がかかってたんです。構成ももちろんなんですけど、この作品はどこが一番の見どころで、どこが見せ場になるのかというのが、自分ではうまく決められなくて。それが、冲方さんのプロットは、読んだだけで「ここが絵的に映えるシーンだ」っていうのがバッチリわかるんですよ。さっきおっしゃっていた、「扉がバンって現れたら絵面的にカッコいいじゃん」っていうのが、すでにプロットに落とし込まれているんです。なので読んですぐに「こうしたらきっと映える!」みたいなイメージが湧く。ネームが今までにないくらいのスピードでスルスル描けていて……。やっぱりアニメ脚本とかのお仕事もなさってるからでしょうか、絵的なものまで配慮したプロットを作ってくださってる印象があります。
冲方 もちろん過去の仕事の経験は活かしつつ、いや、でもやっぱり、物語には見せ場がなぜ、どういうタイミングで必要なのかというのがわかっていらっしゃるから、読み取ってもらえてるんだと思うので、それは助かっています。事務的に、要素をただ枠の中に入れただけだとダイナミズムが生まれないし、こっちもキレイに積まれた倉庫が見たいわけじゃないんだよってなる。あえて空白を作ったのは次の密度を高めるための効果だとか、そういうのが肌でわかっていらっしゃる方じゃないと、こう阿吽の呼吸では進められない。
田中 めっちゃ褒められる……。
──そのたびに恐縮されている(笑)。
担当 各話の切りどころを決めているのは全部田中さんです。冲方さんにはプロットをまるっと1巻分書いてもらって、「この要素は入れてほしい」とお願いした部分を組んでいただいています。
田中 そうですね。ページ数の関係を考えながら、ここが一番盛り上がるかもって切りどころを決めさせてもらっています。
冲方 ミルチャの過去の主であるリーニス卿の登場シーンとかも、切り取り方が見事ですよ。数ページしか出てこないのにレギュラー級の存在感がある。ミルチャの回想のたびにこの人を出さなくちゃと思わされてしまいます。ちょっとしか出てこない人のデザインセンスが、やっぱり抜群なんですよ。閉じていた目を開くと中が黒くて、一発で「ダークエルフだ!」とわかる。あれは特に、読んでいて興奮したところでした。
田中 あそこはプロットを拝見すると、1話まるっと回想にしたいくらいだったんですけど……。
冲方 ミルチャとかつての同胞たちとのあれやこれやを書いてはいるんですけども、やっぱりミルチャが「うわぁぁぁん!!」て泣きながら走っていく、あそこが一番のハイライトなんです。
田中 そうですね、あそこを見てもらわないといけないと思いました。
冲方 その判断ができるのが素晴らしいですよね。また、ミルチャのイケメンかわいいが炸裂していて……。本当に短い中でも力あるシーンを描かれるので、逆に、これくらい短くてもこんなに印象に残せるんだったら、今後もうなんでもできるという感覚です(笑)。
──おふたりは似たもの同士みたいなところもあるというか、さっき冲方さんがおっしゃった“マグロ1トンは皿に出さない”という整理の考え方は、田中さんの作画にも通じているように感じました。
田中 恐れ多いですが……。でも、そうやっていいところの取り合いができたらいいですね。
冲方 原作付きでやっていただく一番の面白さはやっぱり相乗効果。それは初手から感じているので、「もっとすごいところにいけるんじゃないかな」という手応えは話が進むたびに感じています。
ギャップで掴み、表情で引き込む
──1巻と2巻は2カ月連続での発売となります。この記事は1巻発売タイミングでの公開なので、まだ作品を読んだことがない人も多いと思うんですが、どういうところに注目してほしいですか?
冲方 まずは第1話を読んで、アナスタシアのギャップを楽しんでほしいですね。血染めの花嫁からの、冷蔵庫の前から動かない、働かない役所職員ぶり(笑)。そして突然「イコライザー」みたいに、ファシストが集まる酒屋に行って大暴れしたり……。そのギャップを楽しんでもらえたら、絶対に田中さんの絵がもっと見たくなるに違いないですから。
田中 冲方先生のファンで、この世界観を楽しみたいという人にはじっくり読んでほしいし、パラパラ読んで楽しみたいなっていうライトな読み方をする人でも楽しめるよう、アクションは派手にとか、見どころをいっぱい作ろうという意識を持って描いています。どちらの読み方をしても楽しめると思うので、自由に楽しんでもらえたらうれしいですね。
──“いち冲方ファン”としてはどうですか?
田中 私はもう「アナスタシア」の世界にどっぷりハマっちゃっているので……(笑)。プロットを読ませてもらっただけで、「これたぶん裏に絶対もっとある!」というのがいっぱいあるんです。そういうのも、ネーム打ち合わせのときに「これってこういうことになってるんですか?」と聞くと、「実はこういう設定があって……」と返してくださる。ただ、それを全部描くとやっぱり情報過多のマンガになっちゃうので、そこは読みやすいものになるよう、担当さんにも一緒に情報の取捨をしてもらっています。今、過去編にあたる部分が全然ない状態で本編が進んでいて、私自身「過去どうなってるのかな」って気になりながら描いていて。ちらちら裏話は聞いているので、「早く描かせてくれ!」って思いながら……お預けを食らっています。
冲方 これから長く続けて、どんどん設定を出していけちゃうといいね。
──表情の作画にこだわられているというお話がありましたけど、1・2巻では誰のどのシーンが印象に残っていますか?
田中 やっぱりアナスタシアでしょうか。アナスタシアは毎回いろんな表情を見せてくれます。ミルチャと戦うときと、アナスタシアを怒らせた敵と戦うときの顔は、違うものに描いているつもりなので。
冲方 アナスタシア、ミルチャと戦っているときは微妙に笑顔なんですよ。「楽しんどるなコイツ」って感じ。
田中 完全な敵認定じゃない感じですよね。直前の会話から、ミルチャがどういう人物かをわかったうえでの戦いなので、すでにミルチャに対してたぶん敬意みたいなものを持っている状態での戦いなんです。憎しみとかやっつけてやるとかじゃない、清々しい戦いの顔に見えればなと思って描きました。
冲方 キレてるアナスタシアの顔もいいですよね。
田中 どの部分ですか?
冲方 2巻の、バフォムートにミルチャが乗っ取られたときとか。
田中 ああ、キレてますね(笑)。キレてます。
冲方 あとドラクレシュティに「連れては行けない」って言われたときの傷ついた顔とか。アナスタシアがこの後ずっと待ち続けるうえで、グッとこらえて見送るあの表情。モチベーションになる絵でした。本当に見せ場が多いんですよ、この作品。
特典だけでSSを4本も書くことになるとは
──単行本の描き下ろしや特典も豪華だとお聞きしました。
冲方 おまけネタは特典とかでも必要になるだろうからと思って、必要なときに書けるよう準備していたんですけど……まさか1巻の特典用に短編を4本も書くことになるとは思わなくて、びっくりしました。「『アナスタシア』って何冊出るんだっけ?」「やるぞ?」「どんどん設定が増えていくけど大丈夫?」みたいな感じでした(笑)。キャラクターができあがっているので苦労はあまりなくて。本編でなんでもかんでも出せるわけじゃないので、出しきれなかったところを出せばいいだけなんですが、とはいえ「本編でやれよ」って文句が来そうだなって。
田中 それは私も思ってました(笑)。「これ、私マンガにできないんですか?」「こんなに面白いのに!」って。1本1本、文字数もたっぷりあって……。
冲方 白いところがあるよりいいだろうと思っていましたから。でも、小冊子の表紙が全部違うのも相当じゃないですか? ボリュームが本当にすごいですよね。ぜひ、全部集めてください(笑)。
担当 1巻の巻末には描き下ろしのおまけマンガが11ページあるので、それも楽しみにしてほしいです。
冲方 描き下ろしマンガのネタはめっちゃギャグに振りました。ギャップという点では、グレンガモルンがMVPなんじゃないかと思っています。作品世界でのイケメンピラミッドの頂点にいるやつがものすごくアレっていう。
担当 冲方さんの書くクソデカ感情イケメンが、本編ではクールでカッコよくて、ちょっとサイコパスって感じもありつつ、それが巻末ではかなり抜けてる部分も見られて楽しいです。田中さんの描くグレンガモルンの顔がまたいいんですよね。
田中 グレンガモルンの作画はやっぱり難しいです。イケメンでしかあっちゃいけないと思って描いているんで、内容がギャグでも、いかにイケメン顔を崩さず、面白いと思ってもらえるか。アナスタシアにはギャップとしてかわいいと思ってもらいたいんですけど、グレンガモルンのギャップはそうじゃない感じ方をしてほしくて。同じようなデフォルメで“アホさ”を出すことはしないようにしていて……。本人はたぶん真剣なんですよね。周りから見るとだいぶアレなだけで。
ただの“吸血鬼もの”では終わらない
──3巻以降の見どころも聞かせてください。
冲方 グレンガモルンの陣営とアナスタシアの陣営がドンパチ、いきなりガチの抗争になります。ヴァンパイアがギャングと同盟を組むってなかなか見たことがないので、個人的にも楽しみにしているところです。
担当 3巻、すごく冲方節だと私は感じています。あっちでここが戦って、こっちでここが戦ってと、入り乱れての戦況が描かれるので。あと、ラブ要素もあるんですよ。
田中 たぶん「ラブが始まる、のか……?」というところで終わるので、4巻もすぐに読んでほしいです(笑)。
冲方 抗争で終わるかと思いきや、“市長”が出てきた意味がちゃんとあるという。市長ミハイールの設定も盛り盛りなんですけど、そこが無理なくちゃんと絵になっていて素晴らしいです。第3の陣営とでも言うのでしょうか、主・宿敵・同盟者と、この三つ巴の構図が完成するので、役者が揃う感じですね。
田中 ミハイールもなかなか描いていて楽しいキャラに仕上がってきたので、3巻ではガッツリ暴れさせます。
冲方 表向きは市長なのに、すぐ悪い顔になるんですよね(笑)。あと、ギャングのフラーテル団の奴らもめちゃくちゃいい。これも基本的な設定をお渡ししたら、田中さんがすごく魅力的なキャラクターに仕上げてくれた。個性豊かという言葉では片付けられないくらい、みんな魅力的すぎる。カボチャ頭のフォルミードも、だんだんイケメンに見えてきますもん(笑)。本当に、僕自身すごく楽しんでいます。まだまだ語り足りませんが、この楽しさが伝わったらいいですね。
──最初に吸血鬼ものはハードルが高いと思っていたというお話がありましたが、作品が進んできた今、改めてどう感じていらっしゃいますか?
冲方 要は、吸血鬼ものというくくりから、いかに突き抜けるかなんですよね。それで言うと「血契のアナスタシア」は、いわゆる吸血鬼ものの枠組みに収まらないところまで、1・2巻で行けたんじゃないかなと思っています。もちろんヴァンパイアのテイストはありますけど、「ヴァンパイアファンがとにかく頼り」みたいなところには留まっていない。主人公がヴァンパイアであることの意味も含めて、「血契のアナスタシア」という独立した作品になれたんじゃないかな。“◯◯もの”は総じて、“◯◯もの”という言葉の重力自体がすごく強いんですが、お陰様でそこはもう突破できたと思います。それは恐らく、血みどろの花嫁が剣を持ったあの絵を見せてもらったその瞬間に、ですね。
プロフィール
冲方丁(ウブカタトウ)
1977年生まれ。小説、脚本、マンガ原作などマルチに活躍する作家。執筆するジャンルもSF、ファンタジー、時代小説、ミステリーなど多岐にわたる。アニメの分野では「蒼穹のファフナー」「PSYCHO-PASS サイコパス」「攻殻機動隊 ARISE」シリーズの構成・脚本などで知られる。
田中ひかる(タナカヒカル)
連載作品に「皇国の緋色」(原作・月岡帆恣郎)、「堕アホリズム」(原作・宮条カルナ)、「××××(ぺけぺけ)な僕たちは。」など。2022年には少年ジャンプ+で読み切り「古典文学(グリモワール)の唱えかた」が公開された。
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