「血契のアナスタシア」冲方丁×田中ひかるインタビュー|プロットと作画の相乗効果が拓く、“吸血鬼もの”の新境地 (2/4)

スピードと精度を両立する現場

──先ほど会食に行かれたというお話がありましたけど、顔を合わせての打ち合わせの場も多いとお聞きしました。リモートやメールのみで済ませてしまうことも多い昨今、珍しいくらい密にやり取りされていらっしゃるという印象を受けたのですが。

冲方 いつもではなく要所要所ですが、そういう場を設けてもらっています。それもすごく合理的な理由からで、大事なのは描き手が「これどうなってるの?」って疑問がなくなること。基本的に田中さんからいろいろご質問いただいて、考えていたことならすぐ答えるし、考えていなかったことを聞かれたら「今急いで考えます」みたいにできる。

田中 連載開始日が決まり、キャラクターデザインをFIXまで持っていきたいというタイミングで、対面での打ち合わせをお願いしました。というのも、最後の微調整であれば、意見をいただいても「こうですか?」とその場で描いて、それでOKをいただければ次の打ち合わせがなくて済むんですよ。

冲方 田中さん、肌の色とかもその場で変えて見せてくれるんです。「あ、これにしましょう」みたいに決められる。

田中 打ち合わせの場で、肌の色も髪型も変わったキャラクターもいますよね。

担当編集 ネームも、1話ごとにお出しするというよりかは、1巻分をまとめてだったりするので、そうすると対面のほうが圧倒的にスムーズ。疑問質問をその場でクリアにできる。

冲方 打ち合わせでも迷走しないので非常に助かっています。あと、その場でWeb検索して「こんな感じ」とイメージ共有できるのも大きいですね。リリーニャの服とか、「パンクにしようか」とか話をしながらパソコンで検索して。

田中 あの場の勢いで決まりましたよね(笑)。

第4話より、リリーニャ。

第4話より、リリーニャ。

冲方 若い女性のキャラクターで露出度が高いと、NGにされちゃう国もあるんですが、結果的にめっちゃかわいい衣装になって、さすがだなと。

田中 サキュバスだと言われると「え?」って感じじゃなかったですか?

冲方 いや、ギャップがあってすごくいいと思いますよ。ツノとコウモリの羽と尻尾があるから大丈夫です(笑)。むしろ新しい。サキュバスらしいお色気の方向をちょっと漂わせながらも、ジャパニーズKAWAIIに振ってくれたので、これは成功だなって思いました。

“マグロ1トンは皿に出さない”世界観づくり

──リリーニャとのバトルは、ヴァンパイアあるあるがちりばめられている点でも印象的でした。

冲方 ヴァンパイアって単語はすごく一般的ですけど、誰もが詳しいわけじゃない。「ヴァンパイアならみんなわかるでしょう」にはしたくなかった。こだわる人は細かいところまでこだわりますし、逆に「トワイライト・サーガ」しか知らない人は、ヴァンパイアは日中に外に出たらキラキラ光ると思っているでしょうから。だから、あるあるネタは最初に全部やって、「この作品のヴァンパイアはこうだよ」って定義してしまおうと思ったんです。とはいえ、「ニンニクが嫌い」「流れる水の上では弱い」みたいに全部説明するのも没入感が削がれてしまう。面倒な設定はなるべく流せるように……でもただ流すと退屈なので、リリーニャちゃんに1回1回自爆してもらって(笑)。あれはすごくシナリオ的には助かる回でした。

第5話より。「ヴァンパイアの弱点は調べた」と言って、さまざまな手段を試すリリーニャ。

第5話より。「ヴァンパイアの弱点は調べた」と言って、さまざまな手段を試すリリーニャ。

──吸血鬼ものに正面から取り組んだことで、発見はありましたか。

冲方 小説「ドラキュラ」のモデルになったのはヴラド三世というワラキア公国の君主だと言われてますけれども、ルーマニアにはそれよりもっと前から、“ストリゴイ”っていう吸血鬼の伝説があるんですよね。棺の中から蘇るっていう……半分ゾンビみたいな感じなんですけど。あるイメージの前には必ず別の神話なり民話なりのイメージがあって、ヨーロッパってそれがクモの巣のようにいろんなところでつながってるわけです。最初はルーマニア縛りで考えていたんですけど、さすがに厳しすぎて……「もう全部盛りでいこう!」と(笑)。ヨーロッパのカルチャーをリスペクトしつつ、全部つながっているんだからなんでも入れていいだろうと割り切りました。アナスタシアが一番最初に〈至宝庫〉(アエラリウム)から引っ張り出す剣(レイヴァティン)も、北欧神話が由来ですからね。

──調べれば調べるほど、あらゆるところに枝葉がありそうです。

冲方 大事なのはあまりニッチにいかないことかなと。ニッチなのはちょっと名称を出すくらいで、どういう伝承なのかまでを詳しく描くのは、少なくとも今作ではやめることにしました。読者にはエッセンスを楽しんでいただいて、興味がある方は掘ってみてねって。やっぱりマグロを獲ったからといって、皿の上にマグロ1トン置くわけにはいかない。そこは物語を作る人間として、ちゃんと調理して出す。おいしいところだけ味わってもらえばいいですから。

田中 初耳のことばかりです(笑)。

冲方 あと、吸血鬼ものとして一番困ったのはどこまでグロくするかですね。牙の噛み傷って吸血鬼の接吻なんて言われますけど、実写とかでご覧になるとわかるように、ちょっとグロいんですよね。それをもっとキレイにしたいなということで、エンブレムみたいに血の模様が浮かび上がる設定を考えました。“血契”というものを授けて、それを通して血の力を受け取るみたいにすれば、わざわざ血を搾り取って飲まなくてもいい。

田中 毎回、血を必要とするとかみたいじゃなく表現できる。

冲方 そうなんです。ヴァンパイアの凶悪でグロテスクな部分は鳴りを潜めてもらおうかと。今後そういうキャラクターを出す可能性はありますけど、アナスタシアが這いつくばって血を啜っていたら、引いちゃう人がいるだろうなって。

第1話より、アナスタシアの血契。

第1話より、アナスタシアの血契。

──「キレイに」というのは大事にしていることの1つですか。

冲方 安心して読めるものというイメージを持ってほしかったですね。血契の設定、この世界ならではのヴァンパイアの設定、それからアエラリウムの設定が固まって、ようやく「アナスタシア」という作品が見えてきた感じがしました。

限られた時間の中でクオリティを上げるために

──アナスタシアが〈至宝庫〉(アエラリウム)を開くシーンは、本作の見せ場の1つですよね。今のお話だと、初期段階からあった設定なのでしょうか。

冲方 何しろ最初は忍者があったんで(笑)。懐からいろんなものを出せないとっていう……。

──なるほど、そことつながってくるんですね。

冲方 あと、アナスタシア本人の腕力とかが強いというよりも、多彩な武器や道具を操れるほうがファンタジックになるので、そういうネタは何かないかといろいろ探したんです。ローマ・ギリシャ時代に国の宝物、あるいは税金を入れたりする宝物庫があって、それをアエラリウムと呼んでいた。それをちょっと拝借して……。最初は何層かの構造になっていて、重要なものは奥のほうにあるとか考えていたんですが、いちいちアエラリウムの中に入っていって、「確かここらへんにあったと思うんだけど……」とかやっていられない。マンガ的なインパクトを考えると、「来い! バーン!」みたいなほうが絶対いいですよね。宝箱にすべきか、袋にすべきかとかもいろいろ考えたんですけど、頭上に扉が現れるのがカッコよくていいかなって。宝箱や袋だとアナスタシアのほうが絵的に上の存在に見えてしまって、アナスタシアが自分よりも重要なものを出すイメージを与えるには、頭上に現れてくれたほうが都合いい。

第1話より。

第1話より。

──シンプルに割り切ったことで、インパクトとスピード感が生まれていると感じました。一方で、キャラクターとは別の意味で、描くのが大変そうな部分でもあります。

田中 この世界観をしっかり描くためには、キャラクターの描き込み度合いとアイテムの描き込み度合いは揃えなきゃいけない。そこに大きな差があるとちぐはぐな印象を与えてしまうし、世界観がチープなものに見えてしまう。それが嫌だったので、「これは毎回描けない」って思ったものは、3Dの素材を依頼して作ってもらっています。

──アエラリウムの扉とか?

田中 扉もですし、中から出てくる武器もいくつも作ってもらったりしてます。もちろん、3Dモデルを使ったことで浮いてみえないように手を加えて、作品の世界観に合うものになるよう気をつけてます。

──でも扉以外はなかなか使い回す機会がないというか、今のところ毎回違う武器ですよね……?

田中 そう、新しいものがどんどん出てくるんですよ。前の武器も出していいですよ? 素材あるので(笑)。

冲方 そのうち、これまでに出た武器が勢揃いしても面白いですよね。とはいえ、定番のアイテムって意識せずとも勝手に決まるんですよ。宙を飛ぶ〈メルクリウスの羽根飾り〉とか、「ドラえもん」のタケコプターもそうだけど、「やっぱり空を飛べるものって定番アイテムなんだ!」と思っています(笑)。〈影潜りの衣〉とかもそうですね。1話目のためのアイデアだったのに、いつの間にかミルチャのメインアイテムになった。定番ってあるなと思います。そういう意味では、1話目に登場する〈レイヴァティン〉はアナスタシアに映えるので、定番の1つになりそうな気がします。

田中 血の色みたいなのも雰囲気に合ってる気がしますよね。

第1話より。

第1話より。

冲方 今の話でも思ったけど、やっぱり合理的なんですよね。3Dモデルの導入も含めて、田中さんはものすごく合理的、かつ肝となる部分をしっかり押さえていらっしゃる。合理性って手を抜くためじゃなくて、限られた時間の中でクオリティを上げるために何をすべきかっていうことだから。

──対面での打ち合わせも、お話を聞いたら「それが一番合理的」ってことでした。

冲方 そう、それ以外はリモートとメールですから。打ち合わせでも楽をさせてもらっています。