ABCマート『ひゃくえむ。』×UNDER ARMOUR Supported by ナタリー|魚豊インタビュー「今こういう形でコラボしていただけるのはうれしい」コラボシューズの履き心地も語る

いい感じに実在の靴を登場させられたらいいな

──マンガの中でキャラクターに履かせる靴に関しては、どんなこだわりがありますか?

「ひゃくえむ。」は陸上競技の話なんで、キャラクターごとに靴やウェアのブランドを統一させようというのは意識していました。たしかアンダーアーマー着用の選手もいたと思います。財津ってキャラかな。実際の陸上選手が使ってる靴とかを調べて、それを参考に使用ブランドを決めたりしてましたね。ただ、小学生時代のトガシはナイキのエアハラチっていう、競技用じゃないやつを履いて走ってるんですよ。その興味のなさが主人公っぽくていいかなと思って。

──記号としての靴ではなく、実在する靴をちゃんと描くことでキャラクターに実存性を持たせようと?

いや、そこまで立派で明確な思いがあったわけじゃないですけど……ただまあ、走る話だから靴はめっちゃ映るし、いい感じに実在の靴を登場させられたらいいなとは思っていました。マンガの作法としては靴ってけっこう省略されがちではあるんですけど、もともと「靴ってカッコいい」と思っていることもあって、僕はそこそこ描くほうだと思いますね。単純に描いていて楽しいというのもありますし。

「ひゃくえむ。新装版」上巻より。

「ひゃくえむ。新装版」上巻より。

──ウェアの話も少し出ましたが、キャラクターのファッションについてはどうですか?

「ひゃくえむ。」には学生服とトレーニングくらいしか出てこないんで、そこまで強いこだわりはなかったです。近作の「ようこそ!FACT(東京S区第二支部)へ」では、服装が社会的階層みたいなものと強く結びつく要素になるんで、意識して描いていましたけど。作品の用途に合わせて、って感じですね。

──ちなみにご自身はどんな服装がお好きですか?

どうだろうなあ……ちょっと前に流行ったゴープコアみたいな、機能性の高い感じのものですかね。マウンテンパーカーとか、自転車乗る人が使うメッセンジャーバッグとかも好きなんで、そういう「速い!」みたいな服がめっちゃ好きです。

──速い服(笑)。なるほど。

前に友達とギリシャへ行ったときに、すごくスポーティな出で立ちの現地の方を見かけて「魚豊くんかと思ったわ」って言われたことがあるんですよ。マウンテンパーカーと半ズボンを合わせてる人だったんですけど、「なんか速そうだからさ」みたいな(笑)。そこで「あ、自分はそんな感じなんだ」と自覚しましたし、全然悪い気もしなかったですね。むしろすごいうれしかった。

「ひゃくえむ。新装版」上巻より。

「ひゃくえむ。新装版」上巻より。

──世界観を感じられる服が好きという意味でしょうか?

どうなんですかね? 機能美に惹かれるところはありますけど……まあでもその機能というものも結局、1つの大きな流れとしては戦争から降りてきている部分もあると思うから、そういう歴史の流れをつなげて考えてみるのも興味深そうだなとは思います。もう1つ、機能美といえばスポーツウェアがある。機能に特化して服に影響を与えてるって点で、またしても戦争とスポーツは隣り合わせだけど、スポーツには陰湿な暴力としてではないソリッドさ、プロのための進化って感じがして、めっちゃカッコいいなと思いますね。

──なるほど。文脈を見ることもなくはないけど、一番は単純にパッと見て心が動くかどうか?

そうですね。でもやっぱりテクノロジーが感じられるものに惹かれる傾向はあるんで、それがいかに開発されたのかというところに興味はあります。それを一番追求しているのはやっぱりスポーツ系のメーカーだと思うんで、スポーツメーカーさんにはかなりお世話になっていますね。

違いがいっぱい生まれるのがメディアミックスの醍醐味

──「ひゃくえむ。」はこのたび劇場アニメ化も果たしました。今回の広告展開も含め、作品がいろいろな形で波及していくことについてはどのような思いがありますか?

いや、うれしいです。当初は連載もなかなか決まらなかったし、単行本化される予定もなかった作品なので、それがこんな形になるなんてマジで皆様のおかげでしかないんで。見つけていただいてありがとうございます、という気持ちです。

──マンガだけにとどまらず、さまざまに形を変えて広がっていくことの意義についてはどんなふうに考えていますか?

メディアミックスの醍醐味というのは、「その作品をどう翻案するのか」というところだと思うんです。違った表現でも同じような気持ちになれる、というところに意義があるというか。今回の映画でいえば、同じキャラクターが同じストーリーを展開しますけど、マンガとはまた全然違う質感でそれが味わえる。原作とは別の味がするという不思議を2000円とかで体験できちゃうわけだから、素晴らしいと思います。アニメーション表現としても面白いし、芸術的であるとも思うので、シンプルにオススメです。

劇場アニメ「ひゃくえむ。」本ポスタービジュアル

劇場アニメ「ひゃくえむ。」本ポスタービジュアル

──原作ファンの中には映像化に不安を持っている人もいると思いますが、そこは大丈夫だから安心してくれと。

大丈夫だと思いますが、正確にいくと、僕はそういう「映像化に際しての不安」をあまり実感したことないので、よくわからないというか、それについて言えることは何もないかも……(笑)。

──おお、なるほど(笑)。

「原作と違う形になることが不安」という気持ちは不思議ですよね。そもそも違うものなんだから、絶対に違うものになるわけで……。もちろん、そのうえで原作の魂を踏み躙るようなことをされたらショックですが、だからといって完全再現を目指すべきではない。それは不可能なことだし、仮にできたとしても同じものが増えるだけなんで、そこになんの意味があるのかよくわからないです。違いがいっぱい生まれるのがメディアミックスの醍醐味だと思います。

──ということは、ご自身が受け手として「好きだった原作をおかしな形にされちゃった」とガッカリした経験がない?

どうだろう……そもそもそういう見方をしていないというか。これは「作品の同一性とは何か」という哲学的な問題だと思うんですけど、「何を再現したときに成功だと思うのか」って話ですよね。人間はそもそも何を求めていて何に点数をつけるのか、価値の根拠ってなんなんだろう?みたいな。例えば価値判断の1つに「服の色が合っています」とか「このカットを現代の技術で完璧に再現しました」というように、定量的で客観的な基準に頼ることはできる。で、それに頼ることで他者にプレゼンしやすくなり、理解しやすくはなるとは思います。そこには“正解”が存在するから。だけど、“ものを受容する”、もっと言うと“面白い”って本来そういうことなのかな?という疑問は生じますよね。もちろんそこを探求するのは抽象的で、伝えづらいし客観的に証明しづらいから、いろいろな人が関わる大掛かりなコンテンツは、定量的な価値が重視されるのかな?というのは予測しますが……。

──これは単なる僕個人の話ですが、まさに今おっしゃったような“思想の部分でのズレ”を常に心配しちゃうんですよね。今回の映画「ひゃくえむ。」に関しても、観る前は「そこが違っていたら嫌だな」と思っていました。杞憂でしたけど(笑)。

ああ、なるほど。そういう意味でなら「めっちゃ大丈夫です」と言えます(笑)。監督の岩井澤さんは作家性があられる方で、とても考えてくださった。ただ本気出して言うと、究極、思想が違ってしまうことすら無意味ではないと思うんですよ。もちろん僕の作品でそんなことやられたら怒髪天ですし、僕は自分の作品を守るためにやれることはやります。しかしとは言え、思想が違うときには、ではなぜ、何が違うのか? どの程度のブレなら許容されるのか?って問いが浮かんできて、それはそれで、タイトルや、キャラをめぐる探求として、またその真実性を突きつける問いとして、非常に興味深いわけです。そんなふうに“固有名と同一性”みたいなテーマでめくるめく奇妙な議論を展開するのは個人的にすごく好きなんですが、まあでも一般的に言って、誤解の少ない作品作りが行われるべきだとは思います。もちろん。

──シンプルに「映画、面白いから観てね」と。

そうですね(笑)。

プロフィール

魚豊(ウオト)

1997年生まれ、東京都出身。2018年11月、マガジンポケットにて「ひゃくえむ。」で連載デビューする。2020年から2022年にかけて週刊ビッグコミックスピリッツ(小学館)で発表した「チ。―地球の運動について―」は、2024年にはTVアニメ化。劇場アニメ「ひゃくえむ。」が、2025年9月19日に劇場公開された。