「イムリ」「ペット リマスター・エディション」などで知られる三宅乱丈の新作「羽虫のヘルツ」は、札幌が舞台の群像劇コメディ。月刊コミックビーム(KADOKAWA)で2024年11月に連載を開始し、このたび単行本1巻が発売となった。
コミックナタリーでは「羽虫のヘルツ」1巻の発売に合わせて、三宅と、三宅乱丈作品のファンだという、Official髭男dismのベーシスト・楢﨑誠の対談を実施した。三宅も「ヒゲダンさんのことが以前から大好き」ということで、2人のやり取りはお互いへのリスペクトに溢れたものに。またアーティスト同士、共鳴する部分も多いようだった。「羽虫のヘルツ」についてはもちろん、この機会に質問してみたいこと、最近関心を持っているものなど、さまざまな話を聞いた。
取材・文 / 岸野恵加
「いいな」と思う作品は“ほかにないもの”。三宅乱丈作品はまさにそう
三宅乱丈 今日はお忙しい中、本当にありがとうございます。
楢﨑誠 こちらこそ、お話しできて光栄です! コロナ禍で「イムリ」を手に取ったら、一気に引き込まれてしまって。ファンクラブのコンテンツや、ラジオ番組で熱弁させていただきました。
三宅 それを知って本当にうれしくて……。お礼を直接お伝えできる機会がこうしてできてよかったです。
──楢﨑さんは普段からマンガをよく読むんですか?
楢﨑 いろんなジャンルの作品を、めちゃくちゃ読んでます。でも僕は記憶力があまりよくなくて、途中でしばらく間が空くと内容を忘れてしまいがちなんですね。なのでずっと気になっていた「イムリ」を、コロナ禍に「今がチャンスだ!」とイッキ読みしました。とにかく重厚なストーリーが素晴らしくて。世界観や相関図が複雑なので、読み解くために自分でノートを作っていました(笑)。
三宅 ええー! それはすごいですね。ありがとうございます……。
楢﨑 こうして今日お時間をいただけるということで、単行本を読み返してきたけど、25巻までしかたどり着けませんでした(笑)。
三宅 畏れ多いです! 私もヒゲダンさんのことが以前から大好きで。ついさっきまでも「Rejoice(Official髭男dism Arena Tour 2024 - Rejoice -)」のライブ映像を観ていました。ヒゲダンの曲を聴いていると、体がだんだん浮いてくる感じがするんですよ。「115万キロのフィルム」なんかは、死ぬときに体がふわっと軽くなって、どこかから流れてくる音楽のようなイメージがあったり。成仏できそうな感じというか、地球外の生命体になれそうな感じというか……そういうパワーがあって大好きです。
楢﨑 ありがとうございます!
──個人的には、三宅先生のマンガとOfficial髭男dismの音楽には、定型にとらわれないプログレッシブなムードや独自性、予想もつかない展開に共通点を勝手に感じていました。お互いにシンパシーは感じますか?
楢﨑 僕は一介のベーシストですけど、あらゆるジャンルにおいて「いいな」と思う作品は、やはり“ほかにないもの”なんですよね。作った人の感覚がにじみ出ていて、「この世界観はこの人にしか作れない」と思えるもの。三宅先生の作品はまさにそうで、そういう作品はやっぱり心に残るし、誰かにオススメしたくなりますね。バンドでは僕は歯車の1つですけど、ヒゲダンにしかできない世界もあると思っています。
三宅 ヒゲダンの皆さんの歯車は全部個性的だけど、しっかり噛み合っていて、全員が楽しそうに回っているようなイメージがあります。それによって世界が広がっていくような。
楢﨑 そんなふうに言っていただけたら、メンバーもみんな喜ぶと思います。三宅先生のほかの作品も拝読していますが、「pet」と「fish-フィッシュ-」は物語がつながっていますよね。僕は先に「fish」のほうを読んでしまって、「あれ、なんかおかしいぞ」と、慌てて「pet」に戻りました(笑)。そして「ぶっせん」も読ませていただきました。
──骨太なストーリー展開の「イムリ」や「pet」「fish」と比べると、「ぶっせん」はギャグ作品なので、ギャップに驚きませんでしたか?
楢﨑 驚きました(笑)。今回の「羽虫のヘルツ」はコメディですし、作風が本当に幅広いですよね。さらに驚いたのが、「羽虫のヘルツ」は、先生が20年前に描かれていた「王様ランチ」のセルフリメイクと言っていいのか……同じキャラクターが出てきますよね?
三宅 そうなんですよ。自分でも「私はいったい何をしてるんだろう、これは誰得なんだろう」と思いながらも、描き始めてしまいました(笑)。
キャラクターに話を聞いたら、みんな札幌に集まってきた
──なぜ20年を経て、同じキャラクターたちの物語を描こうと思われたんでしょうか?
三宅 自分の過去の作品は恥ずかしいからあまり見ないほうなんですけど、なんだか過去作がかわいそうに思えてきて、ある日から居間に置いておくことにしたんです。「fish」を描き終えた後、本当は次回作のために取材に行きたいところがあったのですが、ペットの具合が悪くなり、家から離れられなくなってしまって。それで「地元の札幌を舞台に描ける作品は何かあるかな」と考えたら、居間に置いた単行本の中から過去作品の設定を思い出して。「そういえばこの人たち、札幌に住んでいたな。札幌のことを描くにはいいチャンスかもな」と。
──舞台設定から始まったんですね。
三宅 はい。それでキャラクターにどうしたいかと話を聞いてみたら、みんなそれぞれに悩みがあって……これはカネコアツシさんに「キャラクターに聞いたら教えてくれる」と言われてから始めたやり方ですね。自分で考えず、キャラになんでも聞いています。そうしたらキャラがみんな札幌に集まってきた。なので私のせいではなく、キャラクターのせいですね(笑)。
楢﨑 (笑)。僕たちも、改めて過去作に注目することはけっこうあって……。
三宅 わあ! そうなんですね。
楢﨑 昔作った音源も、メンバーと「俺たちがライブでやらないと、この曲はセットリストからずっと漏れていってしまう。それってもったいないよね」という話になって。それで過去作を中心に披露するライブを企画して改めて練習したり、昔の曲を聴いて「今の俺には考えつかないことをやっているけど、意外と楽曲的にはいいな」と気づく瞬間もあったり。なんというか、そうやって向き合うことで愛せるようになるんですよね。
三宅 そうなんですよね。自分の過去を認めてあげられる。そんなふうにメンバーみんなで「これいいじゃん」と話しながら進めるのって、めちゃくちゃ楽しそうですね。
楢﨑 楽しいです! 先生と似た感覚を持っていてびっくりしました。
三宅 「pet」も続編を描いたんだから、「王様ランチ」の人たちにも描いてあげないとかわいそうだな……と思っていました。私はいつも読切作品でも、裏で細かく設定を作っているんです。それをこの機会にいろいろ出せてよかったですね。でも20年前なので、流石に古すぎるなと感じる部分もありつつ(笑)。
──“顔面ケーキ”というキヨのフェティシズムは、20年経っても相変わらず衝撃的でした(笑)。
三宅 「絶対ドラマ化とかアニメ化とか無理だよな……いいのかな……」と思いながら描いています(笑)。20年前、知人と「SMにおけるSってサービスのSって言うけど大変そう」と話していて。その話を「王様ランチ」のときの担当さんにしたら「やりましょう」と言われて。実際に取材もさせてもらって、そこからなぜか顔面ケーキになりました(笑)。きれいなものって、ギュッとしたくなりませんか? 昔、ある男の子が書いた「小鳥がすごくかわいすぎて握りつぶしたい」というような内容の詩を読んで、衝撃を受けたんです。ケーキは握りつぶしても死なないのでいいかな……と(笑)。
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三宅乱丈作品にはグッと入り込んでしまうグルーヴ感がある