“絵だけでわかる居心地の悪さ”を追求して生まれたミュータント
──主人公の3人についても、それぞれお話を聞かせてください。Twitterで、ノゾミのモデルはThe Germsのダービー・クラッシュだと書かれていましたよね。詳しくないので調べたのですが、パンクバンドのボーカルとしてカリスマ的人気を得るも、ドラッグの過剰摂取で早逝してしまった方だとか。
モデルにしたのはそこじゃなくて、ダービー・クラッシュはゲイだったと言われているんですよ。
──確かに、映画「ジャームス 狂気の秘密」にもそう思わせる描写がありました。
それと、彼は自分の人気が出るにつれて、ファンたちを支配しようとしたんです。円の形の、The Germsのマークがあるんですけど、タバコで腕にそのマークを入れさせて、自分たちのファンになるにはこれをしなきゃいけないと強要した。たぶん、ファンが離れていくのが怖かったんじゃないかと思うんですよね。がっちりしたコミュニティを作りたかったのかなって。
──そういう精神的な部分がモデルになっているわけですね。見た目的な部分ではいかがですか?
ステレオタイプなキャラクター化されたゲイとして描きたくはないと思って、普通の男の子にしました。パンクが好きで、スケボーが好きで、ただ恋愛対象が男の人である。その一点だけで、この子は自殺するほど追い詰められている感じにしたかったんですよね。
(担当編集) 第8話の、ノゾミがミュータント姿で描かれるシーンは、最初に読んだときゾクゾクしました。ネームにはなかったじゃないですか。原稿でいきなりミュータントになっていたので、すごくびっくりしたんですよ。
夢でこういうことないですか? 街中で、自分だけが素っ裸で立っていて、「どうしよう! どうしよう!」みたいな(笑)。あそこは、ノゾミがゲイだってことをみんなに知られて、彼が居心地の悪さを感じるシーンなんですが、当初はノゾミは人間の姿のままの予定で。ただ絵を描きながら、もうちょっと何か、絵だけでわかる居心地の悪さがないかと思ってこの形になりました。いいインプロヴィゼーションができましたね。
衣装やポーズは“へなちょこな感じ”に
──続いてアカリの話を聞かせてください。彼女は警察署長の娘で、しつけと称して日常的に暴力を受けているキャラクターです。
彼女が一番、激しい怒りや悲しみを内に秘めているキャラクターです。アカリみたいな環境で育っている子というのは、目に見えないだけでいっぱいいるんだろうなと。ただ、虐待の場面は嫌すぎて、どうしてもストレートに描くことができなくて。ちょっとファンタジーな感じの表現にしました。
──警察署長という立場のお父さんは、ヒーローとはまた違う“正義”の象徴として描かれています。
正義と悪、2つの局面でしか物を見ていない。そういう人にとっては、子供みたいな存在は全部悪に見えるんでしょうね。片っ端から否定していかないといけないと思っている。父親に否定され続けたアカリの邪悪さみたいなものが、この後のストーリーを引っ張っていくんですけど。
──日々の行動を制限され、通学路でさえも道を外れることを許されていないアカリが、ふとしたことから回り道をして、きれいな景色と出会うシーンも素敵でした。
中学生くらいまでの頃って、どうしても生きている世界が狭いんですよね。ちょっと外に出てみれば、大したことじゃないと感じたり、もっといろんなことができるんだって思えたりするはずなのに、それに気付けずに些細なことで悩んだりする。ノゾミの場合もそうですね。彼も、自分がゲイだってことを1人で悩まず、もっと早く母親に打ち明けていたら、自殺するまで思い詰めることはなかったかもしれないですしね。
──カネコさんはアカリに関して、印象的なシーンはありますか?
第6話の、ショッピングモールでサングラスをかけている姿。「なんでこのサングラスを選ぶんだろう?」っていうのが、自分で描いていても面白かったです(笑)。このショッピングモールで過ごした時間は、3人にとってすごく大切なものになっていて、たぶんこのときの記憶だけを支えに、彼らはこれからずっと生きていくんだと思います。
──第6話には、“EVOL(イーヴォー)”を結成した3人が、揃いの衣装で揃いのポーズを決める一幕もあります。このポーズは、首振りDollsというバンドのジョニーさんがよくやっているポーズで、作中に登場させるにあたり許可をいただいたとか(参考:カネコアツシ×首振りDolls対談)。
彼もAC/DCのアンガス・ヤングへのオマージュと言っていたように、有名なやつではあるんだけど(笑)。ツノを付けて自分のことを悪魔にするみたいな、何かしらそういうポーズが欲しいなと思って。
──マネしたくなる感じがいいなと思いました。マントとマスクという衣装も、ちょっぴり間抜けな感じもしますけど、やはりマネしやすさがあるのかなと。
僕としては、へなちょこな感じを出したかったんですよね。完璧ではないというか、子供っぽさが残っているというか。能力が成長するみたいに、衣装もどんどん本格的でカッコいいやつにしようかとも考えたんですけど、違うな、へなちょこなまま行ったほうが彼ららしいのかなとも思ったりして、考え中です。物語も含めて、今後どうなっていくのか僕自身も楽しみです。
3人ともいいやつ。感情移入がハンパない
──ノゾミとアカリは、2巻収録のエピソードでバックボーンが掘り下げられましたが、サクラだけはまだ人となりが詳しく描かれていませんよね。学校イチの人気者だったけれど、Y国人であるということで差別を受けるようになってしまったキャラクターで、「あたしのは自殺なんかじゃ……」と口にする一幕もあります。
実はもう、そこのエピソードは原稿を描き終わっていて、もうすぐ雑誌に載ります(笑)。ですので楽しみにしていていただきたいんですが、ちょっとだけお話しすると、サクラだけはリア充というか、陽キャというか……。学校の人気者で、キラキラしているためにすごく努力をしてきたキャラクターで、だから自分は幸せになって当然だとも思っているんですよ。でも外国人であるという、努力ではどうしようもないことで嫌な思いをして、追い詰められていく。だから2人とはタイプが違うんだけど、それでも絶望感みたいなもので強く結びつく。
──なるほど。仲良くなったアカリやノゾミへの態度から、友達を思いやることができるキャラクターなのかなというのは、2巻まででも感じました。
基本的には3人ともいい奴なんですよね、今回。今まで自分のマンガで、こんなにいい奴を描いたことがない。とんでもない怪物みたいなのばかり描いてきたので(笑)、ここまで人間的な感情を持った登場人物を描くのは初めてかもなって思うくらい。だからすごく愛着が湧いていて、自分でも描きながら、感情移入がハンパないんですよ(笑)。
──ライトニングボルトとかのヒーローサイドもそうだったりしますか?
いや、ヒーローたちは類型的なイメージで作っているところがあって。どちらかといえば今まで描いてきた怪物タイプのキャラクターに近いですね。“EVOL(イーヴォー)”の3人は普通の少年少女なので、能力が芽生えてどうしようって気持ちとか、この世界はクソだって思う気持ちとかに共感できるんだと思います。
──カネコさんご自身は、ワルモノへの憧れみたいなものはありますか。
ヒーローものの作品でも、ワルモノのエピソードのほうが説得力あると感じたり、共感できちゃったりすることはあるかもしれないですね。ワルモノが抱いている怒りや悲しみとか、欲望だとかのほうが、人間らしい姿だと思うんです。欲望のままに私腹を肥やしたり、何かを壊したりしたいと思ってる人って、世の中にたくさんいますよね。それに対する、やっちゃいけないよという気持ちがヒーローを生むわけで。ヒーローはワルモノの鏡写しに過ぎないと言うか、ワルモノがいるからこそ、ヒーローはヒーローになれるんですよね。
──ワルモノのほうが人間的だと。
みんなダース・ベイダー好きじゃないですか(笑)。僕もダース・ベイダーは好きだし、ジョーカーも好きだし、ペンギンも好きですね。
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ライトニングより強いヒーローがうじゃうじゃいる