タイトルだけ先に決めていた
──「EVOL(イーヴォー)」の単行本、すごく豪華ですね。担当編集の清水さんから、「分厚いですよ。2冊で3巻分のページ数がありますから」と事前に伺ってはいたんですが、実際に手に取って驚きました。色遣いも、タイトルロゴの部分がUV加工でステッカー風になっているのもオシャレで。今は電子書籍で読まれる方も増えていると思いますが、これは手元に置いておきたくなる、紙で欲しくなるタイプの本だと、最初に伝えなくちゃいけないなと思いながら来ました(笑)。
グッズっぽさがありますよね。単行本を作るときは物欲をそそるような、グッズ感みたいなものが欲しいと考えていて、「BAMBi」の頃からそれを意識しているんですが、今回は特にそのグッズ感が出せたと思っています。今回、ブックデザインを森敬太さんというデザイナーさんにお願いしたんですけど、作品を読んでイメージを膨らませてきてくださって。最初からこの原型に近い案があり、トントン拍子で決まりました。
タイトル『EVOL』はソニックユースのこのアルバム名から。
— カネコアツシ (@kaneko_atsushi_) July 10, 2020
LOVEの逆さ読みって意味もあるとか。
大好きなアルバムで、いつかタイトルに使いたいとず〜っと思ってました。 pic.twitter.com/0HCTSCfXxC
──「EVOL(イーヴォー)」を読んだ人はみんな、タイトルロゴのステッカーが欲しいと思ってるんじゃないかと思います。この「EVOL(イーヴォー)」というタイトルは、Sonic Youthの同名アルバムから引用したとTwitterでおっしゃっていましたね。
あのアルバムのジャケットが昔から好きで。子供が綴りを間違えたみたいに、「EVIL」をわざと「EV“O”L」としている。「LOVE」の逆さ読みになっているとか、「EVOLUTION」の略語として使われる言葉だっていうのも後で知ったんですけど、わざと間違えてるその感じがすごくカッコいいな、自分の作品でもいつか使いたいなとずっと思っていて。なので今回は、何を描くか決める前から「EVOL(イーヴォー)」ってタイトルにすることだけ決まっていました。
──タイトル先行だったんですね。そこからどう、今の“少年少女がアンチヒーロー的存在になる”というストーリーにつながったのでしょう?
マーベルとかDCコミック系の映画を観ていると、ワルモノのことを「EVIL」って呼ぶパターンがあるんですよ。そこからなんとなくイメージが湧いてきて、「そうか、じゃあワルモノの話にしよう」と。ワルモノを描くなら、モロにそれらしいヒーローが出てくる話のほうが面白い。そこに自分の頭の中にあった話のストックを組み合わせて、広げていきました。あえてトレンドみたいなことをやってみるのもいいかもなという思いもあって。今まで、どちらかというと避けてきたので。
──おっしゃるように、今ってヒーロー=正義ではない作品、あるいは悪役にフォーカスをあてるような作品が増えていますよね。
現代って、みんながみんな、正義を振りかざす時代なんですよね。ネットでもそうですし、政治の世界でも、ワケわかんないものが権力の座に居座って正義を振りかざしたりするわけじゃないですか。そういう時代になると、今までのヒーロー=正義みたいな価値観がいびつに見えてくるというか、疑わしく見えてくるところはあるんじゃないかな。だから今、そういう作品が増えているんだと思います。もともと僕は、自分のマンガでいろんなものの境界線を揺らしてみたいという願望を持っていて。正義と悪とか、正気と狂気とか、そういう境界線をざわざわさせたいと思って描いていて、今回もそれが表れているのかなと思います。
今の世の中、斜に構えている場合じゃない
──そういうトレンドがある中でも、「EVOL(イーヴォー)」は読んでいて何か新しい感じがしたというか、新鮮な印象を受けました。描く際に、意識して工夫されている部分があるんでしょうか?
うーん……見たことがないものを描きたいとは思って描いていますけど。自分自身、「EVOL(イーヴォー)」はいつもと違う感覚で描いているところがあって。普段よりもまっすぐ描いていると言えばいいのかな。つい斜に構えてしまいたくなるんだけど、今回は主人公たちの感情とかをひねらず描きたいと思っていて。
──ああ、それは読んでいても感じました。誤解を恐れず申し上げると、すごくわかりやすかったというか。主人公たちの気持ちがすっと入ってきて、こういう気持ちになったことある、わかるわかると感情移入してしまいました。
自分でも「こんなにストレートに描いちゃっていいんだろうか」って気恥ずかしい気持ちがあるんですけど(笑)。でも世の中を見ていると、斜に構えて何かを描いたり、含みを持たせたりしている場合じゃない。まっすぐ突き刺さるような話を今描かなきゃいけないような気がして……。僕だけじゃないと思うんですけど、普段は世界平和を願っていても、ニュースなんかを見ていると月に2秒ぐらい「人類絶滅しろ!」「地球滅亡しろ!」って思っちゃうんですよ。思春期の頃なんかはその秒数がもっと多かったと思うんですけど。その2秒の感情をお話にしてみたいなという気持ちがありますね。
──それは世界に対する“怒り”みたいなものでしょうか? “怒り”はカネコさんが前作「サーチアンドデストロイ」で大事にされていた感情かと思うのですが、「EVOL(イーヴォー)」でもキャラクターは世界への“怒り”を募らせているように思います。
怒りと言っても、今回は「サーチアンドデストロイ」みたいなまっとうな怒りではなくて、もっとやけくそに近い、子供が世の理不尽さに対して抱くような怒り。ブワッと一瞬よぎる青臭い感情を、できるだけ純粋な感じで描きたい。恨みつらみとか、復讐とか、そういう感じにはしたくないと思っています。
自殺する子にとって、
自分が死ぬのも世界を滅亡させるのも同じこと
──「何もかもぶっ壊したい」という気持ちになっても、現実には何ができるわけでもなくモヤモヤを募らせるのが我々の常ですが、そこにもし能力があったら?というのが「EVOL(イーヴォー)」のワクワクさせられる要素ですよね。しかも能力が、最初は“ちょっとだけ”というのも面白い。
主人公たちが成長する話にしたかったんですよ。だから最初は力も小さい。だけど、その小さい力があることによって、世界を滅亡させられるんじゃないか?とも思ってしまう。能力は彼らの悪意が大きくなるにつれて強くなっていく。始まりは小さなことだったのに、気が付くとこんなところに来てしまった、というような話にしたいですね。
──3人の能力が、「穴を開けられる」「火を出せる」「空を飛べる」というのも絶妙だと思いました。どんな能力を持たせるかは悩みましたか?
みんなが「こんな力があったらいいのに」と憧れるであろうものを並べただけなので、特に悩まなかったですね。
──「穴を開けられる」というのは一風変わっているようにも思ったのですが。
3cmの穴だとピンとこないかもしれませんが、これが成長して、目の前のものをドカンと破壊できる力になるとしたら……。
──なるほど! 最初こそ子供のイタズラで済む程度だけれど、能力が大きくなったときに、少年少女がそれを持っている危うさみたいな部分も考えさせられます。こうした能力が自殺によって発芽するというのも本作の特徴です。なぜこういう設定に?
絶望のどん底まで一度落っこちた人が、何か拾って戻ってくるイメージだったんですよね。その絶望のどん底の状態を自殺という形で登場させました。よく、戦争していたり飢餓があったりする国もある中で、日本は平和で豊かでよかったねっていう論調があるじゃないですか。でも、それなのに日本の自殺者数は世界トップクラスで、子供たちもいっぱい自殺している。その子たちにしてみれば、この平和に見える国も戦場だったり、生きるに値しないような場所だったりするわけで。普段からそういうことを考えていたことも関係しているとは思います。
──「EVOL(イーヴォー)」を読むと、まさに今おっしゃられた「生きるに値しないような場所」というのがわかるような気がします。「こんな世界いらない」と、世界のほうが見限られてしまったというか。
自殺する子にしてみれば、自分が死ぬのも世界を滅亡させるのも同じことだと思うんですよね。矛先が逆なだけで。「EVOL(イーヴォー)」の主人公たちは、自殺に失敗したことでその向きが逆になった、それだけです。
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