クレハの小説を富樫じゅんがコミカライズした「鬼の花嫁」は、あやかしと人間が共生する日本を舞台に、家族からの愛を受けられずに育った孤独な少女・柚子と、最強のあやかしである鬼の玲夜による恋路を描く物語。2023年にはコミックシーモアが主催する「みんなが選ぶ!!電子コミック大賞2023」の大賞を獲得した。現在単行本が5巻まで発売されており、コミックシーモアで単話版が先行配信されている。
コミックナタリーでは、コミックシーモアのオープン20周年を記念し、クレハと富樫にインタビューを実施。富樫が「コミックシーモアに育ててもらった」と語る「鬼の花嫁」の成り立ちや、原作者と作画担当者が互いにリスペクトし合う制作の裏側を聞いた。また2人とも愛用するコミックシーモアへのお祝いのコメントも掲載している。
取材・文 / 佐藤希
「鬼の花嫁」あらすじ
原作は「フレッシュでダイヤの原石のような可能性」を秘めた物語
──「鬼の花嫁」はクレハ先生による小説が原作です。まず始めに、この物語の成り立ちをお聞かせいただけますでしょうか?
クレハ スターツ出版さんが開催していた“あやかしとの恋愛”を対象にした短編コンテストに応募したのがきっかけでした。まず柚子と玲夜の出会いのシーンを思い付いて、そこからどんどん肉付けしていったんです。「強いあやかしってなんだろう? 鬼かな」っていう着想から、「鬼の花嫁」というタイトルも決まりました。そのコンテストで優秀賞をいただきまして、その後長編化したものをいくつかのサイトで公開して書き進めていたら、書籍化のお話をいただきました。当時のスターツ出版さんの小説は1巻完結の作品が多かったので、「鬼の花嫁」もそうなんだろうなと思ったら、2巻も出すことが決まり、今9冊まで出させていただいています。
──歩道橋で柚子と玲夜が出会うシーンは第1話の山場ですが、そのシーンを思い付いたことをきっかけに大長編になりましたね。運命的な発想だったと思います。作画をご担当されている富樫先生は、「鬼の花嫁」のどんな部分が人気の秘訣だと思いますか?
富樫じゅん 世界観の面白さとキャラクターの魅力、だと思っています。あやかしと人間の関わりを描く作品は数多くありますが、あやかしも人間のような生活を送っている作品って少ないような気がしたんです。それにあやかしが本能に従って人間の中からたった1人の花嫁を選ぶっていう設定が新しいなと思いましたし、たくさんのキャラクターが登場しますがみんなすごく魅力的。そこが人気の秘密じゃないでしょうか。
クレハ 以前ダ・ヴィンチで対談をしたときにも褒めていただいたんですが、何度言っていただいてもうれしいですね。
富樫 (笑)。
──1巻の巻末コメントでクレハ先生がコミカライズ決定についてかなり喜ばれていた様子でしたが、そのときのお気持ちを改めて伺えますでしょうか。
クレハ 本当にうれしかったですね。まさかコミカライズされると思っていなかったので、「え、マンガになるんだ!」っていう驚きとうれしさが混ざって、わーっ!てすごく喜びました(笑)。
富樫 このお仕事のお話はSNSのDMでいただいたんですけど、そのときはどんな作品のコミカライズをするかということは書いてなかったんですよ。ですが「富樫さんにぴったりの原作がございます!」と言われたら読みたくなりますよね? そのあと「鬼の花嫁」のことだと伺って、当時出ていた2巻までを読んでとても面白かったので、お受けしました。フレッシュでダイヤの原石のような可能性を感じる小説だな、と。私は細々と長くやっている作家ですので、そんな私がこの小説のコミカライズ担当でいいのかなと悩みましたが、でも描きたいなって気持ちに素直になって飛びつきました。
クレハ いやいやいや……最初にいただいた玲夜のキャラデザを皆さんにお見せしたいぐらいですよ! 全身像を見て心から「カッコいい……!」と思ったので。作画担当が富樫先生に決まったとき、編集さんからも「カッコよくて大人な玲夜の魅力を表現してくださる方です!」と紹介されました。
富樫 そうだったんですか、ありがとうございます!(笑)
柚子は「かわいくあれ」、玲夜は“圧倒的強者感”を大切に
──家族からないがしろにされて育った柚子と、柚子以外の誰にも心を開かない玲夜の恋を描く物語ですが、この主人公たちはどのようにして生まれたのかお教えください。
クレハ 柚子は、妹の花梨を中心に家が回ってしまって身の置き所がないと思っているんですけど、どこかに家族への未練があって、その思いを捨てられずに葛藤の中で生きている子なんです。一途なキャラクターが好きという自分の好みも入ってしまうんですが、そんな子が自分だけを思ってくれる人を見つけたっていうお話を書いてみたかったんですよ。柚子はそんな思いから生まれました。
──なるほど。
クレハ 玲夜に関しては、“俺様”感があってほかの人にはそこまで優しくないけど、ヒロインのことだけを慮ってくれる、というキャラも好きで。元々番(つがい)設定が好きだったこともあって、似たような“花嫁”という設定を新しく作ってみようかなと思ったんです。そのシステムの中で、それまで他人には目を向けなかった玲夜が、花嫁である柚子と出会ってちょっとずつ優しくなって。柚子は柚子で気弱な性格だったのが彼と絆を深めていくことで強くなっていく様子が描けたらなと思いました。
──もし私が玲夜の側近である高道の立場だったら、急に柚子を溺愛するスパダリになった玲夜の変貌にびっくりしそうです。
クレハ そうですね。周りも驚くほど変わってしまうという、そんな男性像に憧れます。
──柚子と玲夜のキャラクター像についてクレハ先生にお話いただきましたが、この2人を描くうえで富樫先生はどういう点に注力されていますか?
富樫 柚子はやっぱりかわいらしくあれ、というところに気をつけていますね。守ってあげたくなるような儚さ、か弱さ、可憐さをビジュアルで出せるように意識して描いています。玲夜に関しては、圧倒的強者であってほしい。だから、そこのオーラは消えないようにして、あとは色気を振りかけるような気持ちで描いています。
クレハ コミカライズの作業では私はネームをいただいて、OKかどうか確認するぐらいなんですが、富樫先生のネームがすごくお上手で! すごくきれいで直すところがないので、完成した原稿がイメージできるんです。毎回「すご!」と思いながら拝見しています。
富樫 そう言っていただけてうれしいです。
──ネームに関してクレハ先生から何かオーダーするケースもあるんでしょうか。
クレハ コミカライズは基本的に富樫先生の解釈でやってくださったらいいなと思っています。ですから、原作に矛盾がなければお好きにやっていただけたら、みたいな気持ちですね。
──なるほど、逆に富樫先生側から質問することはありますか?
富樫 それはけっこうありますね。クレハ先生が読者さんに想像してもらうようにあえて詳しく書かない部分もあると思うんですけど、マンガだと描かないとしょうがないですから! 先生にお会いするときに質問状のようなものを作っていくか、担当さん経由で教えてもらっています。最近だと何を聞きましたっけ?
クレハ なんでしたっけ? うーん……あ、猫又のあやかしの東吉くんと蛇のあやかしである蛇塚くんに能力はあるのかっていうことを聞かれましたね。そのとき富樫先生と一緒に新幹線に乗っていたんですが、聞かれて初めて「確かに、どうしよう」と思ったので、その場で一緒に考えさせていただいて。
富樫 あのとき、盛り上がりましたよね!
クレハ ね! なので、そこでお話したことをもとに、東吉くんは身体能力が高くなる能力で、蛇塚くんは睨んで麻痺もしくは硬直させられるということに決まりました。
富樫 読者さんもそういうポイントを楽しみにしてると思うので、決まってよかった! 2人の能力のシーンは、コミックシーモアさんで先行配信されているエピソードで見られると思います。
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マンガオリジナル要素で増幅された“別れの悲しさ”