アニメ「ブルーピリオド」美大卒のマンガ家・山口つばさと板垣巴留が語る、自分だけにしか味わえない成長を得るまで (2/2)

変にラブコメに走らないところがすごい

──お互いの作品についてもぜひ語っていただけたらと思います。山口先生が「BEASTARS」を読んだときの印象と、惹かれた部分について教えてください。

山口 え!! めっちゃ語りたいです!

板垣 (笑)。

山口 読んだときは、率直に面白いと思いました。担当さんとすごい熱量で話し込むくらい(笑)。「BEASTARS」の世界は、人間社会のシミュレーションのような形式になっていると思うんですけど、多様な生き物が共存しているさまを身近な距離感でわかりやすく描いているのが、本当に好きで。それとやっぱり、キャラクターがみんなかわいいし愛しいし、生命力があって、ポジティブなエッチさがあって。なんかこう呼吸して血が通っている、あったかい感じがしてね、いいんですよ。子供に読んでほしいマンガのひとつですね。

板垣 うれしい。

左から板垣巴留、山口つばさ。

左から板垣巴留、山口つばさ。

──板垣先生は「ブルーピリオド」のどんなところに魅力を感じましたか?

板垣 「ブルーピリオド」は、変にラブコメに走らないところがすごいなと思いました。私は恋愛脳でお話を描くタイプなので、すごく新鮮味があったんですよね。キャラクターの性的な部分……例えば自慰をするのかとか生理があるのかとか、そういった部分を頭の片隅に置いて描くか描かないかで、作品に大きな違いが生まれると思うんですけど、私は生き物の体の仕組みとして、全部描かないとダメなタイプなので、余計に。

山口 絶対、そのほうがいいですよ。いつか「ブルーピリオド」でも、恋愛の話を描かなきゃなとは思っているんですけど、私の陰の部分が強く作用しているのは間違いなくあって。今は平気ですけど、昔は少年マンガに恋愛やセックスの話が出てくると、大人にならないでほしいと思ってしまうタイプだったので。「BEASTARS」では最初から性や恋愛に向き合っているじゃないですか。事実として、真っ向から全部捉えている。そこがまた魅力ですよね。

一生鷹を背負って生きていきます

──山口先生は「BEASTARS」、板垣先生は「ブルーピリオド」で、それぞれどのキャラクターを推していますか?

山口 ラブラドールレトリバーのジャックくんが好きです。ルームメイトで幼なじみのレゴシのことを、ずっと気にかけてくれていて、自分の中では、八虎と被る部分があるというか。ジャックくんは人当たりがよくて頭もよくて、たぶん人から恵まれていると思われている存在なんですよ。でも内には、ものすごくたくさんの感情を抱えているところが推せます。あとは雌鶏・レゴム。タマゴサンドの話が、やたら印象に残っていて好きですね。

「BEASTARS」3巻収録の第20話「隣のクライアント」より。主人公のハイイロオオカミ・レゴシは、売店のタマゴサンドに対し、「水曜日が一番おいしい」と絶賛する。そのタマゴサンドは、隣席に座る雌鶏・レゴムが産んだタマゴから作られたものだった。

「BEASTARS」3巻収録の第20話「隣のクライアント」より。主人公のハイイロオオカミ・レゴシは、売店のタマゴサンドに対し、「水曜日が一番おいしい」と絶賛する。そのタマゴサンドは、隣席に座る雌鶏・レゴムが産んだタマゴから作られたものだった。

板垣 私は美術予備校講師の大葉先生ですね。最初に現れたときから、絶対これはいいキャラクターだなと確信しました。ああいう先生が私もほしかったなと思うし、普段は明るく振る舞っていながら、ぎょっとするくらい的確なことも言うじゃないですか。そういうとこも頼れるなと。逆に八虎は後半に行くにつれて、どんどん好きになっていきました。私、学生時代は受験やテストになりふり構わずがんばっている人が嫌いだったんですよ。

アニメ「ブルーピリオド」第4話の場面カットより、八虎たちが通う美術予備校の講師・大葉真由。

アニメ「ブルーピリオド」第4話の場面カットより、八虎たちが通う美術予備校の講師・大葉真由。

山口 (笑)。板垣先生の負の感情が見られるの、すごくうれしい。

板垣 八虎が芸大受験の2次試験に挑むシーンで、完全に気持ちが憑依してしまって。初めて努力家を好きになりましたね(笑)。

山口 (笑)。そんなに!

山口つばさ

山口つばさ

──これは聞こうかどうしようか迷ったんですが、板垣先生の視点から見て、山口先生を動物に例えるなら、どの動物になりますか。思いっきり、カエルのマスクを被ってらっしゃいますけれども……。

板垣 (笑)。そうですね、鷹っぽいなと思いました。今日対談していて気付いたんですがすごく声が通るし、「ブルーピリオド」では、八虎がたびたび心象風景の中に意識を飛ばすじゃないですか。例えば、渋谷のスクランブル交差点の上空に身体ごと自分を浮かべたり。そういうイメージと、あと山口先生の髪質が羽みたいだなって。

アニメ「ブルーピリオド」第1話の場面カットより。

アニメ「ブルーピリオド」第1話の場面カットより。

山口 めっちゃうれしい! 一生鷹を背負って生きていきます! いま猛禽類が熱いので、本当にうれしいです。カエル以外に動物の候補があるのかなと思っていたので。板垣先生に個人的にすごく聞いてみたかったんですけど、新連載の「SANDA」では人間の大人と子供を描いていますよね。動物から人間を描くにあたっての心境の変化があったりしたんですか?

板垣 賢い人なら“動物マンガ家”としての称号を背負って、自分をうまくプロデュースしていくのかもなあとかいろいろ考えもしましたけど、それ以前にマンガ家だしなと。動物だけではなくいろいろ描きたいと思って、今回は人間を描きましたね。

山口 私、板垣先生が週刊漫画ゴラク(日本文芸社)で短期集中連載されていた「ボタボタ」(参照:板垣巴留の短期集中連載がゴラクで、特異体質の女が愛を求める)も好きで。物語やキャラクターの愛おしさにグイグイ引き込まれて、人間とか動物とか関係なく、すごい作家さんだなと思いました。

板垣 ありがとうございます!

どんなにムカつくことがあっても、マンガのネタに

──現在マンガ家となって活躍されているおふたりですが、改めてマンガ家になってよかったなって思うことはなんですか?

山口 好きなマンガ家の先生と、今日のような形で話せるのはうれしいですよね。同業者から作品を作るための話をたくさん聞けるのも面白いですし。あとは、どんなにムカつくことがあっても、マンガのネタにしてやると思える点ですかね。そこはマンガ家をやっていて本当によかったなと思います。

──怒りを作品に昇華できるのは最高ですね。板垣先生はどうですか?

板垣 そうですね。「ブルーピリオド」のテーマでもありますけど、好きなことを仕事にできていたとしても、やっぱりつらいことってめちゃくちゃあるじゃないですか。でもその分、納得いくものができたときの気持ちよさは、その作品を生み出した私しか味わえないなって思うんですね。そこはあまり人が経験できないことをしてるという実感はすごくあります。

板垣巴留

板垣巴留

山口 確かに、面白いネームが描けたときなどは、自分なりの成長を実感しますね。ほかの人からしたら、すごく些細なことかもしれないんですけど。

──仕事に行き詰まったときの解決方法についてもお聞きしたいです。おふたりはどのように気分転換されているのでしょうか。

山口 何が問題で何を解決すればいいのかわからないときは、友達に聞いちゃいますね。人の考察をたくさん聞いて自分の中でジャッジすることで、考えがまとまったりするので。

板垣 私は寝るか、お風呂に入りますね。ずっと机にいるのは、絶対避けたほうがいいので。担当さんといろんな言葉を出し合って、一旦宙に浮かせた状態で、とりあえずお風呂に入って寝る。そうすると割と整頓されるんですよ。あとは映画の予告編を見まくる。映画の予告って、その作品が面白く見える最大限の状態で作られているわけじゃないですか。創作心を刺激されることがあるので、けっこうオススメです。

山口 なるほど。それを聞いて、私もネームがまったく通らなかったときに、いろんな試し読みのマンガを読んでいたのを思い出しました。マンガは最初の3ページが掴みとして大事って言われるんですけど、どうやって掴んでいるんだろうと、最初の3ページだけひたすら(笑)。映画の予告編もそうですけど、ネタのストックとしても溜まっていくし、無料でできるのがいいですよね。

──アニメ「ブルーピリオド」では「群青」、アニメ「BEASTARS」では「怪物」「優しい彗星」という楽曲でYOASOBIさんとコラボをされていましたが、そういったアーティストとのコラボなど、今後新たに挑戦してみたいことはありますか。

板垣 「SANDA」の舞台は、新宿の伊勢丹を改装した学校という設定なので、いつか伊勢丹と何かできればいいなと思っていて。親との買い物にワクワクしながらついて行った場所で、そういう思い入れがあって描いたんですよ。「SANDA」はサンタクロースの話なので、クリスマスに何かできたら楽しいだろうなって。

山口 クリスマス商戦の伊勢丹って、めちゃくちゃハードルが高そうだけど、それが実現したら熱いですね。私は井上涼さんというアーティストがすごく好きで。NHK Eテレで放送中の番組「びじゅチューン!」を手がけている方で、昔の絵画や浮世絵をコミカルにアレンジしたり、自分で作詞・作曲も行ってアニメーションを作ったりしているんですけど、その方の絵がすごくゆるくてかわいいんですよ。せっかく美術のマンガを描いているので、何かで絡めたらうれしいですね。

左から山口つばさ、板垣巴留。

左から山口つばさ、板垣巴留。

プロフィール

山口つばさ(ヤマグチツバサ)

東京都出身。2014年、「熱の夢」で「アフタヌーン四季賞 秋のコンテスト」の佳作を受賞する。2016年2月より月刊アフタヌーン(講談社)で連載された、新海誠原作による「彼女と彼女の猫」のコミカライズでデビュー。2017年6月、月刊アフタヌーン(講談社)で「ブルーピリオド」を連載開始した。同作は宝島社が刊行する「このマンガがすごい!2019」オトコ編で第4位にランクイン。マンガ大賞2019で3位、マンガ大賞2020で大賞を獲得し、2020年には第44回講談社漫画賞で総合部門を受賞した。

板垣巴留(イタガキパル)

2016年3月、週刊少年チャンピオン(秋田書店)にて4号連続の読み切り作「BEAST COMPLEX」でデビュー。読み切りの好評を受け、同年9月に「BEASTARS」を連載開始した。「BEASTARS」「BEAST COMPLEX」ともに、草食動物と肉食動物が共生する世界を描いている。2017年、「BEASTARS」で宝島社が刊行する「このマンガがすごい!2018」オトコ編で第2位を獲得。2018年には同作が第11回マンガ大賞、第21回文化庁メディア芸術祭マンガ部門新人賞、第22回手塚治虫文化賞新生賞、第42回講談社漫画賞少年部門を受賞した。2021年7月より週刊少年チャンピオン(秋田書店)で、「SANDA」を連載している。