アニメ「ブルーピリオド」美大卒のマンガ家・山口つばさと板垣巴留が語る、自分だけにしか味わえない成長を得るまで

10月より放送中のアニメ「ブルーピリオド」は、スクールカースト上位で充実した毎日を送りながらも、どこか焦燥感を感じて生きている主人公・矢口八虎が、絵を描くことの楽しさに目覚め、青春を懸けて美大を目指す物語。山口つばさによる原作は月刊アフタヌーン(講談社)で連載されており、2022年3月には舞台化も決定している。

コミックナタリーでは山口と、「BEASTARS」の板垣巴留との対談をセッティング。美大を卒業後、マンガ家として活躍するなどの共通点を持つ2人に、アニメ「ブルーピリオド」の見どころはもちろん、美大時代のマンガ活動や、互いの作品の魅力などについて語ってもらった。

取材・文 / カニミソ撮影 / 曽我美芽

「がんばれ、2人とも」と思わずにはいられなかった

──アニメ「ブルーピリオド」を見たときの率直な感想をお聞かせください。

山口つばさ アニメ化されて手を離れ、いろんな方の解釈が加わることで、このキャラクターってこういう性格だったんだと、自分が生み出したキャラクターの解像度が上がりましたね。あとはこの話ってこういう話だったんだと、気付かなかった景色も見られて。そういう客観的というか、ちょっと引いた目線で見られるのが、すごく面白いなって感じました。

板垣巴留 私は原作の「ブルーピリオド」を読んで、この作品は主人公の八虎と美術の関わり合いを軸とした1本のドキュメンタリーだと思ったんですね。大きな出来事も小さな出来事も、全部八虎の内側を通して描かれているじゃないですか。現実世界に生きる1人の男の子の物語として追っていたので、アニメに対してはどんな気持ちで受け止めればいいのか、一瞬不安だったんですよ。

──そうだったんですね。

板垣 でも八虎と悪友の恋ちゃん(恋ケ窪)が一緒にラーメンを食べる第7話「1次試験開始」で、恋ちゃんがパティシエを目指すことを八虎に告白するシーンあるじゃないですか。私、マンガだと割とサラッと読んでいた気がするんですけど、恋ちゃんと八虎の声の演技がすごくよくて。あのシーンを見てグッときてしまったんです。ああ、こういうところにアニメ化の価値があるよなって。「がんばれ、2人とも」と思わずにはいられなかったですね。

山口 内臓の震えが伝わるような演技でしたよね。あそこのシーンは、声優さんもすごくがんばってくれていたので。第7話はテレビの音量を最大限にして、視聴しました。

アニメ「ブルーピリオド」第7話の場面カットより。恋ケ窪(CV:神尾晋一郎)は、八虎(CV:峯田大夢)のやりたいことを貫く姿に触発され、パティシエを目指すことにしたと告げる。一方、八虎は1次試験を前に抱えた悩みを恋ヶ窪に明かす。

アニメ「ブルーピリオド」第7話の場面カットより。恋ケ窪(CV:神尾晋一郎)は、八虎(CV:峯田大夢)のやりたいことを貫く姿に触発され、パティシエを目指すことにしたと告げる。一方、八虎は1次試験を前に抱えた悩みを恋ヶ窪に明かす。

──山口先生の心に刺さったシーンはどこですか?

山口 第1話「絵を描く悦びに目覚めてみた」で、八虎が青く塗った渋谷の絵を描いた後に、教室で手を見つめるシーンがあるんですけど、絵の具の汚れが手に残ったままで描かれているんですね。原作とは異なるのですが、作品の意図を理解してくださった演出で、すごくいいなと思いました。

「ブルーピリオド」1巻1筆目「絵を描く悦びに目覚めてみた」より。アニメでは原作にはない演出が加えられた。

「ブルーピリオド」1巻1筆目「絵を描く悦びに目覚めてみた」より。アニメでは原作にはない演出が加えられた。

──先ほど演技について触れていましたが、八虎役の峯田大夢さんらキャストや、浅野勝也監督らスタッフと、どういったやり取りをされたのでしょうか。

山口 毎週、アフレコ現場に通っていたんですけど、音響監督の菊田浩巳さんや浅野監督に、どういう性格のキャラクターかというニュアンスを伝えたり。あとは原作に登場する友人の作品を回収して、お貸ししました。原作者という立場にしては、けっこう関わったほうなんじゃないかと思います。板垣先生は「BEASTARS」がアニメ化されたとき、どうでした? 3DCGの手法が印象的でしたけど、何か監修をされたりしたんですか?

板垣 3DCGのキャラデザに、若干赤を入れたりしたくらいですね。全然わからない世界なので、お任せしちゃってました。キャラクターの動きはモーションキャプチャで作られていたんですけど、動物なのにすごく人間臭い動きをしてくれて。そこがまた「BEASTARS」という作品自体に通じるものがあって、面白かったですね。

左から板垣巴留、山口つばさ。

左から板垣巴留、山口つばさ。

天才的なキャラクターとしてではなく、ドラマも含めて描けたらと思った

──「ブルーピリオド」の主人公・八虎は、同じ高校に通う森先輩の作品に出会って絵を描くことに目覚めましたが、おふたりは何をきっかけに絵を描き始めましたか?

山口 私は“お絵描きが好きな何組のつばさちゃん”って呼ばれるような、小さい頃から絵を描くのが好きなタイプだったんですよ。工作したり、泥団子を作ったり、基本的に手を動かすのが好きで。だからきっかけというよりは、小さい頃の延長上みたいな感覚なんですよね。

板垣 私もそうですね。いつから絵を描くのが好きだったのか覚えてないくらい、ずっと絵を描いていました。

──おふたりとも美術系の高校を卒業後、山口先生は東京藝術大学の絵画科へ、板垣先生は武蔵野美術大学の映像学科に進学されています。実際に「ブルーピリオド」に登場するような、個性豊かな学生が多かったりするのでしょうか。

山口 芸大は受験する年ごとに試験の内容がまったく異なるので、それによって新入生のタイプが変わる印象ですね。デッサンみたいな割と実直な課題のときは、けっこう真面目なタイプの人が多かったり、技術よりかは発想力を求められるイメージ課題のときは現役合格生が多かったりとか。うちの代はイメージ課題だったんですけど、優しくていい人ばかりでした。おそらく期待されているほど変な人はいない気がする。板垣先生が通われた武蔵美はどんな感じでした?

板垣 私は武蔵美の映像学科で実写を専攻してたんですけど、機材の知識で腕自慢する人たちがけっこう多かったんですよ。カメラやCGがどれだけ使えるかを競い合うような空気が合わなかったんですよね。面白くて話が合うのは、アニメーション専攻の人でしたね。いい意味でものづくりに執着するオタク気質の人が多かったので。

左から山口つばさ、板垣巴留。

左から山口つばさ、板垣巴留。

山口 板垣先生は在学中からマンガを描かれてたんですか?

板垣 そうですね。動物のマンガを描いて、自分で本を作って芸祭で販売したりしてました。ちょうど大学3、4年の頃で、なんとなく就活もしたけどダメで、そこからマンガの道1本に絞るかとなって。本当に迷い悩んでいた時期でしたね。

山口 意外です。卒業されてから、割と早めに「BEASTARS」の連載が決まっていますよね。

板垣 就活を諦めてからは早かったです。

山口 私も在学中からマンガが好きで描いていて、卒業制作の作品がマンガの短編集だったんですね。その作品を出版社ごとに分けて応募したんです。そこで拾ってくれたのが、今「ブルーピリオド」を連載している月刊アフタヌーンだけだったという。一番下の賞を受賞したんですけど、そこから1年くらいネームが通らなくて。まず、そこをクリアしないと、マンガが描けないんだと知って。本当にネームが通るまで、毎月描いては出しての繰り返しでしたね。

板垣 私も何回も何回もネームを描き直して、ようやく、週刊少年チャンピオン(秋田書店)で4週連続の読み切り「BEAST COMPLEX」(参照:週チャンで新鋭による集中連載開幕、人間味あふれる動物たちの友情を描く)が掲載されることになりました。うれしさの余り、その読み切りの原稿料で、アシスタントが呼べるくらいの間取りがある家賃の高い部屋に引っ越したんです。今考えると、なんで連載も決まってないのに?って思うんですけど(笑)。

左から山口つばさ、板垣巴留。

左から山口つばさ、板垣巴留。

山口 (笑)。まるで、昭和の芸人みたいじゃないですか。ちなみに通らなかったネームはどういうネタだったんですか?

板垣 基本的に全部動物のマンガなんですけど、動物の世界をひたすらカメラが一人称で動いて追っていくというような、今思えば美大を卒業したばかりですと言わんばかりの芸術系マンガを描いてしまっていて(笑)。まずマンガには主人公が必要だと、イチから教えてもらいながら、ちょっとずつ勉強していきました。山口先生はどうでした? どういった理由で芸大の話をマンガにしようと思ったんですか?

山口 3本くらい連載用のネームを描いていたときの、そのうちの1本が「ブルーピリオド」の前身となる話だったんですよ。これまで本当に美術しかやってこなかったので、連載することを考えたときに、毎回描き続けられるテーマはこれしかないと思ったのと、フィクションでは絵を描けるキャラクターが、一点突破型の天才として描かれていることにすごく違和感があって。ほかのことはなんにもできないけど、絵を描く才能だけはありますみたいな。

板垣 わかります。特別な存在として扱われがちですよね。

山口 実際はそんなことなくて、ちゃんと理論を持って戦略を立てる人もいるわけですよ。絵描きを天才的なキャラクターとして捉えるのではなく、ドラマも含めて描けたらと思ったことが「ブルーピリオド」を描くきっかけでしたね。