コミックナタリー Power Push - 近藤聡乃「A子さんの恋人」
日米で揺れる、優柔不断な恋の行方は?ひねくれた大人の無責任シティロマンス
どんなものでも「まあ、探せばいいところだってある」
──冒頭に出てくる、別れた恋人のコートを預かったまま渡米してしまい、捨てるに捨てられない、縁を切りたいのに切りきれない、というエピソード。あれもフィクションなんですか?
それもぜんぶ架空の話です。あのエピソードは、2008年の夏くらいに描いたアイデアスケッチから生まれたものですね。まだニューヨークに行く前です。
──そんなに古い構想だったんですね。
その時はFellows!(現ハルタ)でどういうマンガを描くか考えてるタイミングだったんですが、まだ「A子さん」の全体像はぼんやりしていました。それで4コママンガのほうがすぐ形になりそうだということで、「うさぎのヨシオ」の連載を始めることになったんです。
──「ヨシオ」は2011年の夏に連載が終わりますね。
ええ、それで次回作のことを考えているときに、以前描いたそのコートのネームのことも思い出したんですけど、なぜ捨てられないのかっていう、はっきりした理由が自分の中に浮かばなかったんです。それで寝かせておいたら、2012年の10月かな、ブログにエプロンとやかんの話を書いたとき、急に理由がわかった気がして。
──エプロンとやかんの話、というのは。
「17年使っているエプロンと、知り合いからもらったやかんを持っていて、どちらもたいして好きじゃないのに捨てられない。1回懐に入られると、どんなものでも“まあ、探せばいいところだってある”という気分になってしまって、追い出すのが難しい 」という話です。この話は、部分的にA子さんの第2話に取り入れました。
言われてみると、腐れ縁の話ばかりを描いている
──それで言うと、2014年に展覧会「タマグラアニメとマンガ博」に出されていた「さようなら」という短編マンガ、あれも腐れ縁みたいな話でしたね。
私の中では全部つながっている話なんです。A子さんは別れて3年経ったところから始まるけど、「さようなら」は別れられなくて困ったな、という時期の話。あとハルタ2号(2013年)に載った「いつもの町」というタイトルの、この男の部屋に来るのはもうやめよう、という内容の読み切りがあって、それも実はテーマがつながっています。
──となると5、6年かけて熟成されたプロットだったわけですね。ひょっとして近藤さん、ずっと腐れ縁の話ばかり描いてるんじゃないですか?
言われてみるとそうですね(笑)。強烈な印象を残すのは、恋愛のうちのそういう部分なんでしょうね。
──読者としては「A子さんの恋人」がA君になるのかA太郎になるのかが気になるところですが。
おしまいまでの出来事はだいたい考えてあるんですが、最終的にどうなるのかだけは本当に決まっていないんですよ。私としては、このマンガの中で唯一といっていい「悪いことをしていない」A君の肩を持ちたいところですけど、まだ考え中です。
──A君だけが悪くないということは、A太郎は悪いんですか?
悪いと思います。生まれたときから悪い。女の子をとっかえひっかえしていること自体はそんなに悪くないと思うんですが。
──親しくもない家にあがりこんで、馴染んじゃう、という才能が悪いと。
やっぱりお正月にぜんぜん知らない人の家に堂々と行って、馴染んでカルタして盛り上がってちゃっかり終電で帰るっていうのは悪質だと思います。人としてやっちゃいけないことなんじゃないかと思う(笑)。
ハンサムな人は、生まれつき以外の特技は身に付けないでほしい
──A太郎はハンサムなんですよね?
ハンサムという設定です。だからというわけじゃないんですけど、服装を雑にしてあるんです。やっぱりモテる感じの男の人は、服やおしゃれなんかに気を遣ってほしくないという思いがあって。
──もう少し詳しく教えていただけますか?(笑)
かっこいい人とか性格が魅力的な人は、もうそれ以上の特技は身に付けないでいてほしいんです。「生まれもったもの」だけで魅力的なわけだから、あとからの努力で勝ち取ったようなことは、してほしくないなって思います。
──それでモテるって、よほど本物のハンサムか、ナチュラルボーンの人たらしですよ。
だから容姿と性格以外の特技をあんまり身に付けないようにさせているんです。就職もさせないし、お金持ちにもさせないし、いい家にも住ませない。で、そんなにかわいい子とも付き合わない。
──いっぱい付き合うけど。
人数はいっぱい付き合うけど、かわいい子とは付き合わない。でも自立はしていてほしいと思って。だから暮らすために最低限、実演販売をしてるんです。
29歳の恋愛マンガに一度も濡れ場がないのは不自然だ
──それは近藤さんの願望も入っているんじゃないですか?
そうですね。そういう人がいたらいいな、面白いな、という気持ちはありますね。
──いや今日は、近藤さんの新しい一面を伺えた気がします。では今後の展開と、続きを楽しみにしているファンにメッセージを。
単行本は9話まで収録なんですけど、11話・12話はバレンタインのエピソードを描いたんです。バレンタインの一喜一憂がいろいろ入っていて、ストーリーとしても盛り上がるところです。そのあとに続く13話・14話も張り切って……初めて濡れ場を描きました。
──おおー。
登場人物たちは29歳という設定なので、必要だなと思って。29歳男女の恋愛マンガなのに1回も濡れ場が入らないっていうのは、不自然だと思ったんです。なので1回くらい描いてみようかなって。あるあるも入れつつ。
──セクシャルあるあるを(笑)。
セクシャルあるある……言えてるといいんですが(笑)。
──有り体に聞いてしまいますが、いかがでしたか、描いてみて。
すごく恥ずかしいですよね。普通の回を描いている時も恥ずかしかったのに。だからそのシーン自体はギャグというか、笑ってもらえるシーンとして描きました。いまペン入れしているところなので収録は2巻になってしまうんですけど、7月に出るハルタでそこを読んでいただけたらうれしいです。
注目作家・近藤聡乃の初長編連載! 半人前の大人たちが繰り広げる、問題だらけの恋愛模様。
29歳のえいこさん。誰といっしょになるとか、どこで暮らしていくとか──そろそろ決めなきゃいけない問題も増えてきた。とはいえ、答えなんてすぐに出せない(出したくない!)わけでして……。ああでもない、こうでもない、と思い悩むえいこさんの厄介な日々を綴った「A子さんの恋人」待望の刊行スタート!
恋人・友達・家族と絡まりあう29歳女子の日常描写は“あるある”の連続! そう、このマンガの中には、あなたも、あの子も、あいつもいるのです。
近藤聡乃(コンドウアキノ)
1980年千葉県生まれ。2003年多摩美術大グラフィックデザイン学科を卒業。アニメーション、マンガ、ドローイング、油彩など多岐に渡る作品を国内外で発表している。文化庁新進芸術家海外留学制度、ポーラ美術振興財団の助成を受け、2008年よりニューヨーク在住。海外生活を描いたエッセイマンガ「ニューヨークで考え中」を自身のWEBサイトにて、「A子さんの恋人」をハルタ(KADOKAWA)にて連載中。