コミックナタリー Power Push - 西炯子「娚の一生」

初老男性と妙齢女子、恋の行く末は? 作者のマンガ家人生が詰まった意欲作

東京をフィクションとして描くことがひとつのステップ

月刊flowers4月号より始まった新連載「ふわふわポリス 比留ヶ谷駅前交番始末記」より。

──とは言いつつも、新連載「ふわふわポリス 比留ヶ谷駅前交番始末記」の舞台は、打って変わって東京の阿佐ヶ谷と荻窪の間にあるらしい街・比留ヶ谷ですね。

東京に住んでそうとう時間が経ってしまったので、第2の故郷になってしまったんです。もう故郷として描いてもいいかな、というところまで馴染んだから。

──「STAYネクスト 夏休み カッパと」のあとがきに、「いずれ東京が舞台の作品に取り組みたい」ということを書いていらっしゃいましたよね。

そうです。東京を舞台に描けるようになるっていうのがひとつの目標にあって。それを描けるようになったら、私は次の段階に入ってるんじゃないかっていう漠然とした気持ちがあったんです。東京をマンガに描けるほど消化してないうちは、まだ私の中で何かに決着がついていないような気がして。東京をあっけらかんと舞台にできたら、私の中で何かが消化されて次の段階にいけるっていうタイミングなんじゃないかと。まあ、阿佐ヶ谷近辺という非常に限られた地域ではあるんですが(笑)。

──次の「ふわふわポリス」が、そのステップですね。

そうですね。阿佐ヶ谷を架空の土地「比留ヶ谷」として、ある程度フィクションとして描けるくらいには東京を客観視できるようになったんだと思いますね。

──「ふわふわポリス」は「娚の一生」のような恋愛モノではなく、少し印象が違う作品ですね。

今回は恋愛というよりも、女性ふたりの人間関係に的を絞って描こうかなと思っています。この作品の眼目は“娯楽”です。私、娯楽モノというのをきちんと意識してやったことがないので。自分の気持ち云々は別として、娯楽としてお楽しみいただけるのって描けるかな、と思ってスタートしてみたんですよ。その娯楽モノの中に、恋愛のファクターも入ってくるし、事件が起こってそれが解決するというファクターもあるし、タイプの違う女の子同士が仲良くなったり仲悪くなったり、それでもいいコンビだったりっていう、それを見る楽しみもあるし、という総合的に楽しめる作品ができないかなと思って。

──エンターテインメントに富んだ作品、ということですね。

次の作品にまた恋愛の要素を求めていた人にとっては、ひょっとしたら肩透かしかなと思ったんですけど。「ごめん、ちょっと娯楽描くのを練習させて」という感じ。

──この作品は、結構長い尺で考えてるんですか?

いや、これはもう臨機応変で、どこで切ってもいいようにやろうと思ってますね。

──読者の反応を見つつ。

あんまり評判が悪かったら恋愛モノをまた描いてもいいかも。って、flowersは同人誌か!(笑)

──西さんの描く恋愛モノには多くの固定ファンが付いてますからね。男女の恋愛だけではなく、昔はBLも描かれてましたね。

西いわく「わたなべまさこ先生のように、いくつになってもエロいシーンを描きたい」。

男性と女性の恋愛を扱うマンガを描くときは、いつも頭の中では「general(一般の)」っていう言葉が浮かんでるんです。一方、同性同士の恋愛をやるときは「私のもの」という感じが。

──「私のもの」?

BLって、私の場合は「本当に私が恋愛をどう思っているか」というのを描いている気がしますね。男女の恋愛を描くときは、地位や経済、年齢、子孫を残すことなどの社会的なファクターが多いと思うんです。そういう問題がたくさんあるから、物語は複雑に重層的になっていく。ところがBLの場合は社会的なことが何もない。家庭を築かないといけないわけでもないし、子孫を残さないといけないわけでもないし。そう考えると、一切余計なファクターが付いてこない純粋な恋愛が描けるわけですね。だからBLを描くと、自分が恋愛をどう捉えてるかっていうのがおのずと表れてくる。

──男女で純粋な恋愛そのものを描くことは難しいんでしょうか。

最初はやっぱりすごく難しかったです。BLを描くのをやめなきゃと思ったのは、男女の恋愛について描けなくなってしまうと思ったからです。BLは余計なことがないから楽しいんですけど、それに慣れてしまうと女性誌で描いていけなくなる、という危機感を持ったんですね。避けてちゃいけないと思いました。今はある程度、自分も個人的に体験を積んだ後なので、そういう社会的なファクターが絡まってくる面白さもわかってきて、男女の恋愛を描くのも楽しめるようになりましたよ。

西炯子「娚の一生」(3) / 2010年3月10日発売 / 420円(税込) / 小学館フラワーコミックスアルファ / ISBN:978-4-09-133027-7

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あらすじ

長期休暇を取って祖母の家で暮らしていた堂薗つぐみ。仕事は有能だけど、恋愛はイマイチという三十路の彼女の前に、謎の大学教授・海江田醇が現れる。かつて亡き祖母と交友があったという海江田はそのまま家に居つき、恋に疲れた女と、愛を求める男がひとつ屋根の下で共同生活を送ることに。
枯れ男の魅力で迫る海江田を、最初は頑なに拒んでいたつぐみだったが、いつしかその心も緩みはじめ、淡くも激しい恋模様が繰り広げられることに……。

西炯子(にしけいこ)

プロフィール写真

鹿児島県出身。高校在学中、JUNE(サン出版・当時)でデビュー。プチフラワー、月刊flowers(ともに小学館)をはじめ、多誌で活躍中。現在、月刊flowersで「ふわふわポリス 比留ヶ谷交番駅前始末記」のほか、6誌で連載中。最新作「娚の一生」(全3巻)は、「このマンガがすごい!2010」(宝島社)オンナ編で第5位を獲得したほか、「THE BEST MANGA 2010 このマンガを読め!」(フリースタイル)で第6位を受賞。マンガ大賞、ブクログ大賞にもノミネートされている。 その他の代表作に「ひらひらひゅ~ん」(新書館、既刊3巻)、「STAY」シリーズ、「亀の鳴く声」「電波の男(ひと)よ」などがある。