コミックナタリー Power Push - 西炯子「娚の一生」

初老男性と妙齢女子、恋の行く末は? 作者のマンガ家人生が詰まった意欲作

故郷を架空のユートピアとして描く

──「娚の一生」はこの3巻で完結ですね。最後の大事件にはすごくびっくりしました。最初からああいった展開にするつもりだったんですか?

終わり方は決めていたものの、そこに至るまでのディテールは決めずに進めていて。打ち合わせで、最後にこの男女がまとまるためにはどうしたらいいか、というのを考えていたときに、私があれを提案しました。もともとは向田邦子の小説のように淡々とした物語にしようと思っていたんです。けれど、編集長が「そうではない」と。「何かが起こって一悶着あって、事件があって、雨降って地固まる、という展開がいい」とおっしゃって。何かトラブルが起きて、それで人物が具体的に変化して、お話が動くという、話の中にエンジンを付けるスタイルをとりました。そうしなきゃいけないって、2話目が終わったあたりで気付いたんですけど。

──人物の気持ちだけで動くんじゃなくて、何かが物理的に起こる、という外的な要因を求めた結果のあれだったんですね。それまでの緻密な構成は何だったの!? というくらいのインパクトで……。

「娚の一生」は、架空の田舎・角島県が舞台。

最近、私そういう話が好きなんですよ。綿密に積み上げてきたものをあざ笑うかのごとく、すべてをさらっていくようなものが現れて、「それはなくね?」ってとこで終わっちゃうっていう。積み上げたものを一瞬で無駄にするような台無し感っていうのが、大好きなんです(笑)。

──それが今回のラストに反映されたんですね。

世の中の動きを見ていると、成功を収めていると思っていた人がある日、大変な災厄に見舞われたり、会社が急に潰れちゃったりするじゃないですか。どれだけ人が努力をして考えて積み上げていても、飛行機がビルにぶつかると、こんなにもあっけなく変わっちゃうんだっていうのをここ10年くらい色んなとこで見聞きして。悲しいし、涙も出るし、苦しい辛いっていう思いを共感したりもする一方で、このカタルシスはなんだろうって思うんです。成熟したものを見るのも楽しいんだけど、それが根底からなくなったときのあの清々しい青空の広がり。ここからまた新しいものができていくと思ったときの、希望のデカさでしょうかね。

──スカッとする感じというか。

「娚の一生」の舞台のモデルになった土地は、実はしばらく前に、実際に大水害に見舞われているんです。長いこと災害には無縁な土地だったのに、いきなり村ごとバーっと流されちゃった。それでラストシーンに水害を起こすことも考えていたんですが、水害は作画が大変! なのでやめました(笑)。

──「娚の一生」の舞台のモデルになった場所は、故郷の鹿児島県ですか?

西の祖母宅がモデルだという、つぐみたちが暮らす家。

そうです。つぐみが住む家は、あれ、まんま私の母方の祖母宅ですね。

──西さんの作品の舞台は鹿児島を思わせるところが多いですけど、それは自分の思い入れが働いているからですか?

いつか鹿児島に帰ろうと思っているので、地元に媚を売っている……というのは冗談ですけど(笑)。私は東京でもう20年ほど暮らしていますけど、当然ながら東京に子供の頃の思い出がないんですよ。大人になって分別をもってからの東京しか見てないので、東京に対して深く思い入れることができないんですね。自由にイメージを広げられる架空のユートピアっていうのは、自分が育った土地しかないので。そうなると鹿児島を描くしかないんですよ。私の作品では架空の角島県という場所ができているので、ここでだったら何をしてもよかろう、と(笑)。

──最近の少女マンガは地方の話が増えている気がします。岩本ナオさんの作品もそうですね。

今、トレンドは地方ですね。東京にいるとなかなかわからないんですが、地方に帰ったときに自分が子どもの頃よく行った場所に行ってみると、あまりのことに涙が出ます。立ち枯れてるわけですよ。ここはこのまま壊死していくんだろうなっていう。

──限界集落みたいに。

東欧でいうとルーマニアみたいな状態になってて。農地も荒れ放題で、人も少ないし、お店もなくなっちゃって、ここの集落の人はどこで買い物をしてるんだろうって思うほど。それを見ていると、やはりほっとけないというか。ここから新しい芽はもう吹かないのかっていう気持ちになる。だからそこで始まる人間関係っていうのをどうしても設定したくなっちゃうのかもしれないな。壊死しかかっている土地なんだけど、そこに人がいて恋愛をしていれば、そこから何か芽が出るような。勝手な思い込みなんですけど。

西炯子「娚の一生」(3) / 2010年3月10日発売 / 420円(税込) / 小学館フラワーコミックスアルファ / ISBN:978-4-09-133027-7

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あらすじ

長期休暇を取って祖母の家で暮らしていた堂薗つぐみ。仕事は有能だけど、恋愛はイマイチという三十路の彼女の前に、謎の大学教授・海江田醇が現れる。かつて亡き祖母と交友があったという海江田はそのまま家に居つき、恋に疲れた女と、愛を求める男がひとつ屋根の下で共同生活を送ることに。
枯れ男の魅力で迫る海江田を、最初は頑なに拒んでいたつぐみだったが、いつしかその心も緩みはじめ、淡くも激しい恋模様が繰り広げられることに……。

西炯子(にしけいこ)

プロフィール写真

鹿児島県出身。高校在学中、JUNE(サン出版・当時)でデビュー。プチフラワー、月刊flowers(ともに小学館)をはじめ、多誌で活躍中。現在、月刊flowersで「ふわふわポリス 比留ヶ谷交番駅前始末記」のほか、6誌で連載中。最新作「娚の一生」(全3巻)は、「このマンガがすごい!2010」(宝島社)オンナ編で第5位を獲得したほか、「THE BEST MANGA 2010 このマンガを読め!」(フリースタイル)で第6位を受賞。マンガ大賞、ブクログ大賞にもノミネートされている。 その他の代表作に「ひらひらひゅ~ん」(新書館、既刊3巻)、「STAY」シリーズ、「亀の鳴く声」「電波の男(ひと)よ」などがある。