モーニング×コミックナタリー PowerPush - 江口夏実「鬼灯の冷徹」
話題の地獄コメディはこうして生まれた 江口夏実が語る5つのエレメント
江口夏実「鬼灯の冷徹」の7巻が発売された。巻を重ねるごとに支持者を増やし続けている同作は、今年「全国書店員が選んだおすすめコミック2012」で1位を獲得。江口にとって初の連載作品でありながら、2011年のスタート以降、瞬く間にベストセラー作品の仲間入りを果たした。
そんな彗星のごとく現れた「鬼灯の冷徹」の魅力は一体何か。作者のこだわりを掘り下げようと、コミックナタリーは江口の仕事場を訪ねインタビューを敢行した。半生を振り返ってもらうことで見えてきた、同作を構成する5つの要素とは。
取材・文/吉田大助 撮影/井上潤哉
要素その1 妖怪
1巻のあとがきや各紙インタビューなどで、度々「妖怪」や「水木しげる」好きを公言している江口。作中には白澤や朧車、ぬらりひょんや小豆洗いといった個性豊かな妖怪たちが次々と登場する。
両親揃って「妖怪のアニメは見ていいよ」
──「鬼灯の冷徹」の主人公は、閻魔大王の有能な補佐官で、地獄の実質的な裏番長・鬼灯(ドS)。「あの世」が舞台ですから、神々や妖怪、歴史上の偉人などが大挙登場します。単行本1巻のあとがきによれば、「思えば私は、記憶のある頃からあの世だの妖怪だのという本ばかり読んでいました」。きっかけは何だったんですか?
うちの両親の好みがちょっと、変で(笑)。母親は女の人なのに少女マンガが嫌いで、父親は男性なのに男の人が好むバトルものがあんまり好きじゃないんですけど、両親揃って妖怪のアニメはいいって言ってたんですよ。「これは面白いから、見ていい」と言われて観ていたのが、「ゲゲゲの鬼太郎」なんです。「悪魔くん」も観てましたね。あとは「笑ゥせぇるすまん」とか、「まんが日本昔ばなし」とか。
──ホラーな感性の英才教育ですね(笑)。
うちの母親が古典の教師なんですよ。自然に出てくるんですよね、会話の中に妖怪だとか猫まただとか、天女だとかが。「あの妖怪、何県にいるよ」「あ、そうなんだ~」みたいな。そういう本が、家にいっぱいあったんです。それを見て私が喜ぶものだから、なおさら母親がどんどん買ってきて。近所でも「そういうのが好きな子」って思われてたらしく、知り合いの本屋さんが「夏実ちゃんにあげる」ってくれた本は、「水木しげるの妖怪101ばなし」(小学館てんとう虫ブックス)でした(笑)。「ゲゲゲ」のアニメの影響は大きいと思いますね。妖怪の絵がすごい好きだったんです。怖くて、でもかわいくて。1話完結で毎回いろんなキャラが次々出てくるから、退屈しないし楽しかったです。
──大人になって、マンガ家になった今も愛着を抱いている「妖怪」の魅力。どんなところでしょうか?
昔の人の私怨がいっぱい入ってるってところだと思います。妖怪ってたぶん、昔の人達が「怖い!」って思ったモノの具現化した存在ですよね。「怖い!」って思うけど説明できないようなモノを、「こういう存在がやってる」って理由付けて、キャラクターにして描いてたっていう。「ぬらりひょん」とか、何のためにいるのかなと思うと、たぶん近所にああいうおじさんがいたんだと思うんですよ。勝手に人んちにきて、物食べて帰るとか。それをやだなって思った人がいっぱいいるから、あの妖怪の存在が浸透してったんじゃないかと。そうやって、妖怪が生まれた大元を考えるのが面白いです。昔の人も、今の人と同じこと考えてたんだろうなあって感じられるのが面白い。「小豆洗い」って何なの?とか……想像力がくすぐられますよね(笑)。
──「地獄」に関してはいかがですか?
私、人生の中で何度か「死ぬ!」って思ったことがあったんです。例えば小学校の時、電車のドアに頭が挟まれて、発車しそうになったことがあって……。当時はまだ、今みたいに物が挟まるとドアが自動で開くっていうシステムがなかったんですよ。一番前の車両だったから、車掌さんが気づいてくれて助かったんですけど、ほんとに走馬灯が見えました。「死んじゃったらどうなるか?」っていうのを本気で考えさせられたし、「地獄に落ちたら?」っていうのもいろんな本で読んだんで、「悪いことできん!」と思って生きてきました。
──ハードな人生ですね(笑)。例えば、「ドラえもん」とかは読んだりしていない?
いえ、「ドラえもん」とか手塚さんのマンガは家にたくさんあったので、勝手に読んでましたね。「ドラえもん」ってアニメだと結構教育的な感じですけど、原作はめちゃくちゃで。ドラえもんの性格がアニメよりも悪くて、「テストが嫌なら学校に火つけようぜ」とか平気でのび太に言ってくる(笑)。「ドラえもん」からも、いろいろ影響を受けていると思います。手塚さんのマンガだったら、「ブラック・ジャック」です。今も話の構成が一番上手いマンガなんじゃないかなって思ってます。しかも、教訓みたいなのもちゃんと入ってますし。続きもののマンガもいっぱい読みましたけど、毎回お話にちゃんとオチがあって、キャラクターが面白くて、かわいくて、でもちょっと怖くてっていうものが多いかも知れないです、好きなものって。小説も、子供の頃に好きだったのは星新一さんとか宮沢賢治さんとか。やっぱり不思議で、ちょっと怖い話なんですよね。大人になってからは、京極夏彦さんが大好きになりました。
──そういった趣味趣向が、「鬼灯の冷徹」の中ににじみ出ていったわけですね。
別にそういうふうに描こうと思って描いたわけじゃなくて、観たり読んだりしてきたのがそういうのばっかりだから、こうなったんだと思います。会社を辞めて気分転換をしようと思った時に、初めてちゃんと道具を揃えて、ちゃんとしたマンガを描いたんですよね。それが「鬼灯」に繋がっていくので、好きなことしてたっていうか、描いてて楽しいものを描いたらこうなっちゃったんです。
» 要素その2 動物
あらすじ
あの世には天国と地獄がある。
地獄は八大地獄と八寒地獄の2つに分かれ、さらに二百七十二の細かい部署に分かれている。
そんな広大な地獄で日々さまざまなトラブルに対処する鬼神がいる。それが閻魔大王第一補佐官・鬼灯である!
冷徹でドSな鬼灯の仕事ぶり、とくとご覧あれ!
江口夏実(えぐちなつみ)
2010年に「非日常的な何気ない話」で第57回ちばてつや賞佳作を受賞。その中の一編「鬼」に登場したキャラクター・鬼灯を主人公にした「地獄の沙汰とあれやこれ」がモーニング2010年32号(講談社)に掲載されデビューを果たす。その後数回の掲載を経て、タイトルを「鬼灯の冷徹」と改め連載をスタート。