モーニング×コミックナタリー PowerPush - 江口夏実「鬼灯の冷徹」

話題の地獄コメディはこうして生まれた 江口夏実が語る5つのエレメント

要素その3 古典

地獄や神話の設定、または歴史的人物のうんちくと、折にふれて古典ネタを解説してくれるのも同作の特徴。端々に盛り込まれた古典の教養は、読者を飽きさせないファクターのひとつだ。

「古事記」は神様が全然完璧じゃないから面白い

──「鬼灯」の中にさまざまに入り込んでくる古典的素養は、お話を伺っていると、ご両親からの影響が大きそうですね。その他にルーツと言えば?

一番大きいのは「大神」です。

プレイステーション3版の「大神 絶景版」。(C)CAPCOM CO., LTD. 2006, 2012 ALL RIGHTS RESERVED.

──古代日本の世界観を舞台にしたアクションゲームですね。主人公は狼の姿をした「天照大神」。つい先日、プレイステーション3用にリマスターされた「大神 絶景版」が発売されましたが……。

買いました(笑)。あのゲームの世界観って、「古事記」を元にしてるんですよね。簡単に言うと、大神っていう狼の神様が、悪者が跋扈する日本を世直ししていくって話です。ラスボスを倒すっていうよりは、汚染されている妖怪の町を綺麗にしていく、お清めをしていくっていう。最後、泣けます。イザナギ、イザナミとか、いろんなマンガとかでパロディになってよく出てくるキャラクターもたくさん出てきて、いろんな妖怪も出てくるし、昔話もいっぱい盛り込んでいて。話は少しズレますが、浦島太郎も、「古事記」にルーツのような似た話があるんですよね。前から興味はあったんですが、「大神」がきっかけで元になった「古事記」って実際どんなものなんだろう、これは一回読んでおこうとなりました。

──それって、いつ頃ですか?

マンガを描き出してからだったと思いますね。最初、石ノ森章太郎さんのマンガ(「古事記‐マンガ日本の古典」)で読んで、後から古文の原典を読みました。神話のパートは全部読みました。人代のパートはとばしとばしですが……。私が昔から好きだった「まんが日本昔ばなし」とか、「ドラえもん」とかも、「古事記」の話が元になっているネタがあるのに気付いて。すごく勉強になりました。

──「古事記」の楽しさを教えてください。

第6巻収録の45話より。右から美人嫌いのイワナガヒメ、その妹のコノハナサクヤヒメ、木の精の木霊。

基本的には「天皇陛下の御先祖のお話」という日本の歴史書ですが、神話としては神様が、全然完璧じゃないから面白いんです。「鬼灯」にも描きましたけど、ニニギノミコトという神様は、コノハナサクヤヒメとセットでお嫁に来た醜女(しこめ)のお姉ちゃんを「実家に帰れ!」って追い返したうえに、サクヤヒメの子供を認知しないんですね。「1回しかやってないのに、できたなんておかしい!」って言って。

──あのエピソード、度肝を抜かれました(笑)。

神様が万能じゃない、というのも面白いんですよ。なんでもできる、ギリシャ神話のゼウスみたいな神様が1人もいない。できてもひとつかふたつの能力に特化してる神がほとんどだし、大したことができない神もいる。日本の考え方って神様と妖怪とお化けと幽霊が、ほとんど大差はないですよね。偉いっていうだけじゃなくて、怒ると悪いこともするし、怖いし。

──確かに。すごく人間くさいですよね。

あんまり完璧な人は出さないほうが面白いなあと。むしろ欠点ばっかりある人のほうが好き。現実ではそういう人と付き合うと大変ですけど(笑)、せっかくマンガだからなあって思うんです。鬼灯も短気だし、欠陥だらけですからね。仕事はできたほうがいいやっていうので、鬼灯はだいぶちゃんとできる人にはしてますけど。あと、「古事記」とか神話のキャラクターって大概、マンガでは綺麗に描かれるんですよね。確かにそのほうが嬉しいですが、私は別に、全員綺麗に描こうという気はないです。原作に「美人」って書いてあるサクヤヒメは綺麗に描きましたけど、「醜女」って書いてあるならイワヒメをそういう感じで描くし、そこでニュアンスを濁してもしょうがないなぁって。イケメンとか美人ばっかり活躍するマンガより、私は、いろんな顔のいろんなキャラクターが活躍するマンガのほうが、読んでて面白いなって思います。

鬼灯のカラーイラスト。

──ちなみに、鬼灯の顔はどんなイメージでデザインしたんですか?

神様の顔つき、という感じです。あんまり流行り廃りがない綺麗な人っているじゃないですか。目が細くて、派手じゃないんだけど、変でもないっていうぐらいのイメージで。最初は美男子にしたつもりはないんですよ。こんなに「かっこいい!」と言われるなんて思わなかったので、逆にびっくりしています。

江口夏実「鬼灯の冷徹」7巻 / 2012年11月22日発売 / 570円 モーニングKC
江口夏実「鬼灯の冷徹」7巻
あらすじ

あの世には天国と地獄がある。
地獄は八大地獄と八寒地獄の2つに分かれ、さらに二百七十二の細かい部署に分かれている。
そんな広大な地獄で日々さまざまなトラブルに対処する鬼神がいる。それが閻魔大王第一補佐官・鬼灯である!
冷徹でドSな鬼灯の仕事ぶり、とくとご覧あれ!

江口夏実(えぐちなつみ)

プロフィール画像

2010年に「非日常的な何気ない話」で第57回ちばてつや賞佳作を受賞。その中の一編「鬼」に登場したキャラクター・鬼灯を主人公にした「地獄の沙汰とあれやこれ」がモーニング2010年32号(講談社)に掲載されデビューを果たす。その後数回の掲載を経て、タイトルを「鬼灯の冷徹」と改め連載をスタート。