モーニング×コミックナタリー PowerPush - 江口夏実「鬼灯の冷徹」
話題の地獄コメディはこうして生まれた 江口夏実が語る5つのエレメント
要素その4 日本画
女子美術大学で日本画を専攻していた江口。扉絵などの1枚絵は、日本画を思わせる構成になっていることも多い。独特のビジュアルは掲載誌・モーニング(講談社)の中でも精彩を放っている。
せっかく日本にいるから、日本画を専攻しよう
──江口さんは女子美術大学、芸術学部絵画科日本画専攻卒業と伺っています。美大進学の経緯は?
高校が進学校だったので、早い段階で進路を決めないといけなかったんです。母親に「あなた絵が好きなら美大に行けば」と言われて、そのまま美大受験をして、そのまま美大へ。専攻は、せっかく日本にいるから、日本画にしようと思って。そもそも日本画って何を使って描くのかとかも知らなかったんですけど、日本の伝統が好きだったので自然と、こっちだよなあと。大学は、楽しかったです。絵を描くのが大好きで大学に来た子達と会ったり、いろんな考え方を知れたのはほんとに良かったなと思って。今でも仲がいいのは、大学の友達が多いです。おっきい画面に描くっていうことも、なかなか普段できないことなので。おっきい絵を描くこと自体が難しい、技術がいることなので、そこをみっちりやったから小さい絵も描けるっていう感覚はありますね。あんまりうまくはないので、読者さんに絵がヘタ過ぎるって言われることもあるんですけど(笑)。
──江口さんのカラーの絵、すごく綺麗ですよね。和のテイストも入っていて。
日本画の絵の具って、色がすごく綺麗なんです。マンガにもちょっと描いたエピソードなんですけど、岩を砕いて、粉にしたものにニカワっていうのを混ぜて絵の具を作るんですね。そのニカワがまた臭いんですけど、独特の色合いで。今はコピックと色鉛筆と、普通の色ペンで描いてるんですけど、色味はちょっと日本画を意識しています。
──好きな日本画家は?
葛飾北斎の絵はさんざん見たのと、日本画家が絶対に通る伊藤若冲、上村松園、月岡芳年の画集は今も手元にあります。西洋の画家だと、エッシャーがすごく好き。だまし絵ですね。1枚の絵の中に、いっぱいジョークが入ってるっていう。「鬼灯」も、扉絵は1枚で見せる絵なので、いろいろ工夫して描いています。昔のマンガって、毎回1ページ扉があって、それがCDのジャケットみたいで好きだったんです。「ドラえもん」がそうですよね。だから私も扉を描こうと思って。で、普通に1枚の絵として見えるけど、知ってる人しか知らないネタを入れてみたりだとか。
──日本画から学んで、マンガに活かしている部分はどんなところですか?
人物のポーズとか、モチーフの並べ方とか、黒いところと白いところをはっきりさせたほうが見やすいだとか。上村松園のポーズはよく参考にしています。着物を着てる絵って日本画が一番多いから、こういうポーズを取った時に着物ってどうなるんだろうとか、日本画を参考にして描くことが多いです。日本画としてよくある題材も好きです。義経の回で、扉絵に弁慶を描いたんです。好きな人には「橋弁慶」ってわかると思います。日本画にはいろいろルールがあるのが面白くて。例えば、牛若丸が橋の上をふわっと飛んで、扇子をふわっと飛ばしてる構図もひとつのルールで、牛若丸が弁慶を挑発して華麗に倒すって場面を意味してるんですね。そういうルールを知らない人は「かっこいい絵だな」って思ってもらえればいいんですけど、日本画や昔話が好きな人には「お、あの場面か」という(笑)。
──「古事記」にインスパイアされた「物語」だけではなく、「絵」の内側にも、日本人なら無意識をくすぐられる要素が入り込んでいることがよく分かりました。そしてご本人が、すごく楽しんで描いてらっしゃるんだなあと。
楽しいです。週刊連載なのは大変は大変ですけど、マンガ家になる前に務めていた会社が厳しすぎて……。
──世の中的には「週刊連載やってるマンガ家のつらさを考えろ!」が、怠惰な日常を鼓舞する決まり文句なんですが(笑)。
いやもう絶対、サラリーマンやってる人のほうが大変だと思います。それが天性って人はいいのかも知れないですけど……。私の場合は後先考えず、就活で内定が出たから絶対自分には向いてない接客業に行って、大変な目にあったので……。マンガでどんなに忙しくても、あの頃に比べれば幸せです(笑)。
» 要素その5 笑い
あらすじ
あの世には天国と地獄がある。
地獄は八大地獄と八寒地獄の2つに分かれ、さらに二百七十二の細かい部署に分かれている。
そんな広大な地獄で日々さまざまなトラブルに対処する鬼神がいる。それが閻魔大王第一補佐官・鬼灯である!
冷徹でドSな鬼灯の仕事ぶり、とくとご覧あれ!
江口夏実(えぐちなつみ)
2010年に「非日常的な何気ない話」で第57回ちばてつや賞佳作を受賞。その中の一編「鬼」に登場したキャラクター・鬼灯を主人公にした「地獄の沙汰とあれやこれ」がモーニング2010年32号(講談社)に掲載されデビューを果たす。その後数回の掲載を経て、タイトルを「鬼灯の冷徹」と改め連載をスタート。