コミックナタリー PowerPush - 「ボクを包む月の光」日渡早紀インタビュー

「ぼく地球」の名エピソードがドラマCD化

コマは、「空気」を閉じ込めるスペース

──作品づくりはどんなふうに進んでいくのですか。

いつもその回の原稿が終わると、すぐ「ごはん食べに行こう!」みたいになって、いったん忘れるんですよ。なので次のネームをやるときに、あらためて引き出しを開ける感じなんですが……、いつも開けるのやだなあ、やだなあって思いながら開ける(笑)。この時点ではまだエンジンがかかっていない状態です。

──やだなあ、と思うのはなぜなのでしょう。

なぜなんでしょうねえ。でもみなさん、そうじゃないですか。宿題とか、試験勉強がある時って、30分だけゲームしよう、とか思いませんか?(笑) それと同じです。

──日渡先生もそうなんですね!

「ボクを包む月の光」より、輪、亜梨子、そして彼らの息子・蓮。

はい。いざ始めても、数ページは全然ダメなんですよ。でもとりあえず、何か描く。全然ダメだとしても。でもそのまま描いていって、だんだんエンジンかかってきたら、始めのほうに戻ってみて、「あ、これ違う」と描き直して、だんだん進んでいくんです。

──なるほど。それはマンガ制作以外の仕事にも置き換えられますね。どうしよう、と思って何もしないうちは、何ひとつ進まないですもんね。とりあえず着手することが大事というか。

そうそう。とりあえず、それに関することを何かやってみる。

──先生の場合、最初の「何か」は絵ですか? それともセリフですか?

うーん……一番初めはコマ割りですね。コマをすーっと割っていく。

──えっ! 何もないところに、いきなりコマを割るのですか?

そうです。コマの線を引く。

──絵は頭にばっちり浮かびつつ、コマだけの線を引いていく感じですか?

絵はなんとなくしか浮かんでいないですね。前回はあの2人が会ったところで終わったから、今回は2人とも泣いてるだろう……じゃあ最初のコマはこんな感じだよな、と。その後いきなりしゃべったりはしない。だから間が必要だよな、とその分のコマを割って。で、「最初のひと言は、このあたりで出るかな」といった感じでその先のコマも割っていきます。

──おもしろいですね。まず、コマなんですか。

「ボクを包む月の光」13巻より。

コマは……「空気」を入れるためのものなのかもしれません。うん、空気で作ってるんですね、私。前の回で残っている空気を、次の回の最初のコマに持ってくる感じ。コマはそのための入れ物というか。その空気が、1話の中でだんだん変わっていくんですが……それは空気の色が変わる感じですね。例えば始めの空気はピンクで、最後の空気が緑だったら、ピンクから緑に代わるまでの間をコマで埋めていく感じです。

──それは実際の(作品内に登場する)色、というわけではないですよね。

違います。漠然とした空気の感じというか。ほのぼのとしているときにはピンク、というような。

──それがグラデーションでピンクから緑に移っていくようなイメージなんですね。

どう思わせたいかでグラデーションの仕方を変える。自然に緑に移っていくにはどういうコマ割りがいいか。もしくは自然にではなくて、緑が来るなんて意外だった、と思わせるにはどういうコマ割りがいいか、と。

──意外だと思わせたければ、突然ピンクから緑に代わるようなコマ割りをする、ということですか。

そうそう。空気の色を、いつも掴みつかみ描いている感じですかね。……こんな言い方で伝わっていますかね(笑)。

──わかります。空気が大事で、それにはコマ割りが重要、というのはとても面白いですね。

そうですか。コマの1つひとつが、その空気を閉じ込める空間なのだと思います。

キャラとキャラの縁をつないでいく

──「ボク月」をここまで11年連載されてきて、いかがですか? 楽しいのか、しんどいのか……。

楽しく描けているとは思いますが、しんどいですね。

──「ぼく地球」の頃と同じような感じですか。

いや、違いますね、かなり。一番違うのは……歳を取ったってこと(笑)。体力が追い付かないんです。スタッフはほとんどが同じメンバーで、30年くらい変わっていないんですが、当時は1週間でできていたことが、倍の時間があってもできない。昔はちゃっちゃかできて、その後で遊びにも行けたのに。

──マンガは頭脳労働のイメージが強いですが、同時に体で描くものでもありますもんね。

肉体労働です。ビルを建てるのと似ているかもしれません。土を掘り起して、土台を作って、骨組みを作って……と。

──体力は落ちていたとして、中身のほうは経験を重ねて作家として良いほうに変わった、というようなことは。

うーん……(笑)。おばさんになってきましたが、ゆるいところは昔から変わらないですねえ。

──作品からは、緻密で知性的な方、というイメージを受けていたのですが。

!(マネージャーのほうを見て)

マネージャー (笑)。基本的に、頭のいい人だとは思います。

話半分で聞いていたほうがいいですよ(笑)。

マネージャー ずっと側で見てきて思うのは、この人は伏線のつもりで描いているわけじゃないのに、連載が続いていくうちに自然と伏線になってきて、見事にハマることがたびたびある。それがすごいんですよ。

確かに、そういう偶然はたまにありますね。

──伏線を張ろう、とは思っていないのに。

思っていない。忘れていることが多いですね。「ボク月」でいま描いてるキャラクターがやっていることが、過去の「ぼく地球」を見返すと、「あ、こんなこと言っていたから、いまこうなっているんだ!」ということがよくある。不思議ですね。現実世界でも、そういうことってあるじゃないですか。それと同じですよ。キャラクターとキャラクターの縁、っていうんですかねえ……それを「お、やっぱり縁があったんだね」ってつないでいる感じです。全然緻密な作り方じゃなくて。先ほども言いましたが、マンガって化学反応なんですよね。偶然「ぴょーん」と浮いてきたものを、ぱっと獲れるかどうか、というか。

──なるほど。狙ったからといって、できるものでもない。

「ボクを包む月の光」13巻のカバーを飾った木蓮。

今回、CDを作ることになったのも、化学反応のひとつだと思うんです。先ほど「必然」と言ったように、読者のみなさんが持ってくださっている気持ちが、具現化したような気がしていて。オリジナル脚本を書いてくださった脚本家さん、意図を汲み取ってくださった監督さん、演じていただいた声優の皆様方が、本当にプロ中のプロでしたので、とてもいいものになったと思います。読者の皆様にも、楽しんでいただけたらうれしいです!

日渡早紀「ボクを包む月の光(14)」 / 2014年9月19日発売 / 白泉社
ドラマCD付き初回限定版 / 2106円
通常版 / 463円
作品紹介

輪と亜梨子の息子・蓮は、両親の不思議な能力に囲まれて育つ少年。

ある日彼の前に現れた「守護天使」や、幼なじみのカチコたちとのさまざまな冒険を描く「ぼく地球(タマ)」次世代ストーリー。

初回限定版ドラマCD収録内容

「ぼくの地球を守って」から紫苑(シオン)の子供時代のエピソードをドラマCD化。戦災孤児の紫苑(シオン)が、ラズロとキャーと過ごした日々が紡がれる。収録時間はメインキャスト座談会を含め約60分。

キャスト

紫苑(シオン):沢城みゆき
ラズロ:平田広明
キャー:小桜エツコ

日渡早紀(ヒワタリサキ)
日渡早紀

神奈川県出身。1982年、花とゆめ(白泉社)で「魔法使いは知っている」でデビュー。代表作は「ぼくの地球を守って」。そのほかにも「早紀ちゃんシリーズ」「アクマくんシリーズ」などさまざまな作品で人気を博す。2003年より、別冊花とゆめ(白泉社)で「ぼくの地球を守って」の続編「ボクを包む月の光」を連載中。