コミックナタリー Power Push - 九井諒子「ダンジョン飯」

“美味しそう”を伝えるプロ・食品サンプル職人が大サソリに挑む! 架空の魔物料理をどう作る?

形あるものなら空気以外はなんでも作っちゃえ

──今までのお話で技術力のすごさはわかりました。今回、「マンガに出てくる食材のサンプルを作ってください」って話を聞いたときはどう思われましたか?

イワサキ・ビーアイの中田工場長。

中田 少し悩みましたけど、でも「難しそう」よりも「面白そう」のほうが勝ったので、やらせていただきました。

──基本的には、「なんでも断らずに受けたい」という姿勢なんでしょうか。

中田 ウチの会社はそうですね。こういう変わったやつは、ほかのサンプル屋さんはやらないんじゃないかな。やっぱり「型を作ってサンプルを作る」っていうだけのものに比べて手間がかかるから、基本的には断ることが多いんじゃないかと思います。ウチの場合でも、こういうことをやるのは深沢と私だけかな。博物館からの仕事もあったりするんですよ。

──でもイワサキさんは、「面白そう」ということでこういう仕事を受ける。

中田 そこはやっぱり作ることが好きだから。先代の会長が「形あるものはなんでもできるんだ。空気以外はなんでも作っちゃえ」と言ってたんですよ。

──「空気以外はなんでも作る」。名言ですね。

中田 あくまで予算と期間があれば、ですけどね(苦笑)。

──今回は「大サソリと歩き茸の水炊き」を作ることになったわけですが、難しかった点はどこになりますか?

中田 大サソリですかね。架空のものなので、「これでいいのかな」とか、「『美味しそうに』って言われたけどどうやったら美味しそうになるんだろう」と思いながら作ったので、「これです」って言っていただいたときはホッとしました。

──やはり不安だったわけですね。

「ダンジョン飯」1巻より、大サソリの調理シーン。©九井諒子 / KADOKAWA

「ダンジョン飯」1巻より、大サソリの調理シーン。©九井諒子 / KADOKAWA

中田 実際にサソリを食べたことがないし、切った断面を見たこともないので。

──そういうときは先ほど聞いたように「現実の食材なら何に近いのかな」って考えるわけですね。

中田 そうですね。手っ取り早く作るために、あるものをどう使おうかっていう発想が多いですね。「歩き茸だったらエリンギだろう」とか。

──そのうえで「普通のキノコとどう違うんだろう」といったことを考えながら、細かいアレンジをする感じでしょうか。

中田 そこももちろん考えますが……こう言っちゃアレですけど、架空の料理なのでこっちが表現してしまえば、もうそれが答えなのかなと(笑)。

──なるほど(笑)。ちなみに中田さんは実際に料理はされたりしますか? というのも、料理の経験がサンプル作りに役立つこともあるのかなと。

中田 料理はしますよ。その経験はサンプル作りにも役に立ってると思いますね。作るときに「こうしたほうが美味しそうだな」とか考えますし。逆に、本物の料理を盛り付けるときには「パックのまま出すより、サンプルだとこうやって盛りつけてたな」って思い出して盛り付けたり(笑)。

──今回は盛り付けで工夫したことって何かありますか?

出汁が入っていない状態の鍋。

中田 今回に限っては、基本的にはイラストのとおりですね。ただ、出汁を入れたときに……出汁も樹脂で作るんですけど、その出汁が見えやすいように、一部の具を低くするというアレンジはしてます。いま出汁が入ってないので傾いてますけど、入れたら平らになりますので。

──なるほど。今日は面白い話がたくさん聞けました。けど担当さん、食品サンプルの話ばかりになってすみません。

担当編集 いえいえ、記事が面白くなれば大丈夫です。むしろ「食品サンプルは日本が誇る文化だ」ぐらいの記事でお願いします。

──わかりました、食品サンプルのすごさが伝わる記事にします。もし次にマンガ系の架空の物をサンプルで作ることがあればぜひ、工場でも取材させてください。

中田 あくまで私どもの仕事の基本は食品サンプル作りですけどね。今回のような特殊な仕事はたまになら楽しいんですけど、こういう作業ができる人は少ないので、これ以上増えると困るのが難しいところですねえ(笑)。