“ワームホールプロジェクト”で作品をスクラップ&ビルド
──音楽座ミュージカルは、ワームホールプロジェクトという独自の創作システムで舞台のクリエーションを行っています。ワームホールプロジェクトでは、代表の相川タローさんを中心に演出チームを作り、プロデューサー、俳優、スタッフ、プランナーなど作品に関わる全員が意見を出し合いながら創作を進めていきます。2月下旬には通し稽古が行われたそうですが、6月開幕なのにもう通し稽古とは、すごいスピード感ですね。
高野 はい、通し稽古といってもまだ“粗・粗・粗”通しでしたけど(笑)。過去に2回上演している作品ではありますが、より時代に合う舞台にするために内容を詰めています。3月にゲネプロを予定しているので、まずはそこに向かってスクラップ&ビルドで新たに作品を構築しています。ちょうど先日も、音楽を手がける高田浩に入ってもらい、楽曲のアレンジについて打ち合わせを行いました。今回藤重さんが初参加されるので、ゲッコーという存在について私たちも改めて見つめ直したいですね。今はいろいろとみんなで意見を出し合っているところで、ここからが“混沌”の始まり(笑)。作って壊して、結局元に戻すこともよくありますし、一見すると、過去公演とまったく同じものになる可能性もあります。でも後戻りではなく、螺旋状に登りながら上を目指して、良い舞台にしていきたいなって。初参加の藤重さんは本当に大変だと思います。こんな風に舞台を作るところって、ほかになかなかないですよね?
藤重 そんなに経験があるわけではないけど、僕は舞台を作るのに正しい方法はないと思うし、音楽座ミュージカルのクリエーションに対しても初めは戸惑ったものの「なるほど、面白いな」と思いました。馴染めているかどうかはわかりませんが(笑)、現場では楽しくやらせてもらっていますよ。稽古であまりに難しいことがあったら高野さんに頼りますが、新参者ながら苦しいことも楽しめる現場を作っていきたいと思います。一度やったものをなぞって再現しているだけでは作り手も観る人も飽きてしまうのではと思うけれど、お客さんには「再演、待ってました」「このフレーズ、このメロディが聴きたかった」という方も多いはず。そういう方たちにも僕たちの新たな「SUNDAY(サンデイ)」で「こう来たか!」と喜んでもらいたいですね。
“下町ラプンツェル”高野菜々と、“感覚派の文系”藤重政孝
──藤重さんとは初共演となる高野さん、またカンパニーの印象を教えてください。
藤重 高野さんはすごい光を放っていて、目が痛くなるほどまぶしい! ご本人のキャラクターも歌声も、とにかく「まぶしい」の一言です。先日、高野さんが出演したミュージカル「生きる」を観劇したんですが、高野さん演じる小田切とよが出てきた瞬間、あまりの元気さに「“下町ラプンツェル”がいる……」と思いました(笑)。「SUNDAY(サンデイ)」の映像を観たときも、役柄は違えども同じまぶしさを感じましたね。
高野 あははは!
藤重 音楽座ミュージカルについては、とにかくみんなで舞台を作り上げている現場だなという印象です。今まで僕が経験してきた稽古場では、自分が作り上げてきたものをディレクションする誰かに提示して、それに対して「こうして、ああして」と指示を受けることが多かった。でも音楽座ミュージカルでは、誰か1人が引っ張って明確な方向性を示すのではなく、みんなで話し合い、だんだんできてくる大きな“矢印”のほうへ進んでいく感じ。議論には時間もかかるしやっぱり大変なんだけど、太いうねりの中にいるような感覚があって面白いですね。
──高野さんから見た藤重さんの印象は?
高野 シゲさんは本当に本音がわからない!(笑) 玉を投げても、あえてキャッチボールをしてくれない感じ。
藤重 ああ、よく言われますね。いつも変な方向にボールを投げてます。
高野 どこまでも拾いに行きますよ! いつもこんな感じだから、シゲさんってどんな人なんだろう?と気になって気になって仕方ない(笑)。最近やっとわかってきたのは、さっきの矢印のお話のように、物事の捉え方がとても感覚的な方だなということ。逆に私は舞台上でも理論的に考えがちです。「SUNDAY(サンデイ)」はゲッコーが“総監督”みたいな作品ですし、ゲッコーには人間の深層心理の象徴という側面もある。ゲッコーと一心同体のジョーンとしては、シゲさんゲッコーにゆだねていろいろトライしつつ、人が目に見えない深層心理に突き動かされている様子も表現できたらと思いますね。
藤重 僕も高野さんのジョーンが作る流れに乗っかる気でいたんですけどね!(笑) 僕が感覚的というのは確かにそうで、理系か文系かで言ったら完全に文系です。これからさらに稽古場で闘っていくわけですが、皆さんと一緒に面白い方向性を見つけ、意表を突くようなゲッコーを生み出して作品の新しいエッセンスになればなと思っています。まあ僕自身は特に難しいことを考えているわけではなく、ただただ「孤独だなー」って思っています。そういえば今、役作りのためにジョーンについての詩を書いているんですよ。ジョーンが一歩踏み出すシーンに向けて、僕なりに“ジョーンの達観”というテーマで。見せないけどね(笑)。
高野 本当ですか!? すごいなあ。シゲさんは歌がスタートですし、詩からアプローチするなんて、ミュージカルで育った私にはない発想です。シゲさんのこの何でもありという感じがゲッコーらしいし、お稽古がさらに楽しみです!
──お二人の個性が出会ったことで、また新しい「SUNDAY(サンデイ)」が生まれそうですね。
藤重 孤独は誰もが避けられないテーマだし、孤独を受け入れたジョーンが一歩踏み出す姿には、どんな方でも間違いなく共感できるはず。僕は音楽やお芝居を仕事にしていますが、作品を楽しんでいる間はザワザワした日常から離れ、心の“旅”ができるのがエンタテインメントの魅力だと感じています。「SUNDAY(サンデイ)」はお客さんを非日常の世界にトリップさせたあと、一歩先の日常にまた戻してくれる作品じゃないかな。そういう舞台になれば良いなと思うので、何はともあれ……チケットを買ってください(笑)。
高野 見たくない真実をあえて知ろうとしてしまう心理って面白いんですよね。怖がりなのにお化け屋敷に入ってしまう人のように、ジョーンにも怖いもの見たさの気持ちがあると思う。人は裏切るものだと思っているのに誰かを信じずにいられなかったり、「人生を終わらせたい」という気持ちが、実は「生きたい」という気持ちと表裏一体だったり……一見すると真逆の感情を同時に抱いてしまう人間って面白いなと思うし、私はそれが「SUNDAY(サンデイ)」という作品のテーマの1つだと思うんです。人が深層心理で感じている問題っていつか必ず表面化してくるし、砂漠で1人孤独と向き合うことになるのも、ジョーン自身が心のどこかで望んでいたのかも。この舞台を観てくださったほとんどの方は、翌日から人生がガラリと変わるということはなく、また日常に戻っていくと思います。でもその日常の中でジョーンのように、「真実を知るのは怖いけれど一歩踏み出そう、何か行動してみよう」と思って次の日の“扉”を開けてもらえたらうれしいな。そのほんの小さな勇気がお客さんに届けば良いなと思っています。
プロフィール
高野菜々(コウノナナ)
1989年、広島県生まれ。2008年に音楽座ミュージカル入団。初舞台の「マドモアゼル・モーツァルト」で主役に抜擢される。以降も「シャボン玉とんだ宇宙(ソラ)までとんだ」「リトルプリンス」「泣かないで」などで主要な役柄を務める。2022年には文化庁の令和4年度新進芸術家海外研修員として、1年間アメリカ・ニューヨークに留学。2023年にはホリプロ企画制作のミュージカル「生きる」に出演した。
高野菜々 Nana Kono (@kounonana) | X
藤重政孝(フジシゲマサタカ)
1975年、山口県生まれ。1994年に「愛してるなんて言葉より…」でアーティストデビュー。音楽活動のほか、ラジオパーソナリティー、テレビや映画などでも活動。1999年にはミュージカル「RENT」でエンジェル役を務め、2002年にはミュージカル「モーツァルト!」に出演した。近年の出演舞台にミュージカル「王室教師ハイネ」、ミュージカル「いつか~one fine day」、舞台「サイドウェイ」、「くまのがっこう音楽劇~ジャッキーと不思議なオルゴール~」などがある。