新国立劇場 シリーズ「ことぜん」 PR

新国立劇場 シリーズ「ことぜん」小川絵梨子×長島確 対談|ただ受け入れるのではなく、私たちなりの議論と葛藤を

小川絵梨子芸術監督の2年目、2019/2020シーズンでは冒頭の10月から12月にかけて、シリーズ「ことぜん」を展開する。「ことぜん」とは「個と全」の意。小川はシリーズ立ち上げに、「社会のさまざまな局面で避けることのできない『個』と『全』。皆様と一緒に少し立ち止まって考える時間にさせていただければ」と語っている。その思いから、五戸真理枝演出「どん底」、瀬戸山美咲演出「あの出来事」、小川演出「タージマハルの衛兵」の3作品が選出された。

10月にスタートするシリーズ「ことぜん」に先駆け、本特集ではフェスティバル / トーキョーディレクターの長島確と小川が初対談。共に東京の演劇シーンに強い影響力を持つ2人は、今、何を思うのか。

文 / 熊井玲 撮影 / 川野結李歌

ステージ「ことぜん」とは?

シリーズ「ことぜん」は、新国立劇場 演劇芸術監督の小川絵梨子が2019/2020シーズンの中で打ち立てた新シリーズ。個人と国家、個人と社会構造、個人と集団が持つイデオロギーなど、個人と全体をテーマに3作品を連続上演する。

1本目は2019年10月に上演される「どん底」。20世紀初頭のロシアを舞台にしたマクシム・ゴーリキーの名作を、文学座の五戸真理枝が演出する。2本目は11月に上演される「あの出来事」。2011年にノルウェーで起きた銃乱射事件をモチーフにしたデイヴィッド・グレッグの作品で、演出をミナモザの瀬戸山美咲が手がける。そして3本目は12月に小川の演出で上演される「タージマハルの衛兵」。作者は2015年に新国立劇場で上演された「バグダッド動物園のベンガルタイガー」と同じラジヴ・ジョセフで、1648年のインドを舞台にした会話劇だ。3作品が観客にどのような思いを残すのか、期待が高まる。

シリーズ「ことぜん」Vol.1「どん底」(新訳上演)
「どん底」(新訳上演)出演者。左から高橋紀恵、立川三貴、廣田高志、瀧内公美。
2019年10月3日(木)~20日(日)
  • :マクシム・ゴーリキー
  • 翻訳:安達紀子
  • 演出:五戸真理枝
  • 出演:立川三貴、廣田高志、高橋紀恵、瀧内公美、泉関奈津子、堀文明、小豆畑雅一、伊原農、鈴木亜希子、谷山知宏、釆澤靖起、長本批呂士、クリスタル真希、今井聡、永田涼、福本鴻介 / 原金太郎、山野史人
シリーズ「ことぜん」Vol.2「あの出来事」(日本初演)
「あの出来事」(日本初演)出演者。左から南果歩、小久保寿人。
2019年11月13日(水)~26日(火)
  • :デイヴィッド・グレッグ
  • 翻訳:谷岡健彦
  • 演出:瀬戸山美咲
  • 出演:南果歩、小久保寿人
シリーズ「ことぜん」Vol.3「タージマハルの衛兵」(日本初演)
「タージマハルの衛兵」(日本初演)出演者。左から成河、亀田佳明。
2019年12月7日(土)~23日(月)
※12月2日(月)・3日(火)にプレビュー公演あり。
  • :ラジヴ・ジョセフ
  • 翻訳:小田島創志
  • 演出:小川絵梨子
  • 出演:成河、亀田佳明

新たなルールの必要性

左から小川絵梨子、長島確。

長島確 小川さんにはご挨拶に伺いたいと思っていたので、今回、お話ができてうれしいです。

小川絵梨子 そんな! でも私もベケットが好きなので、以前から長島さんのことは存じ上げていました。

長島 そうでしたか!

小川 あと、先ほど撮影中に長島さんが「オペブースが好き」とおっしゃっていたのを聞いて、初対面ですけど、妙に共感してしまいました(笑)。

長島 そうなんですよ、オペブースが一番落ち着く。

小川 僭越ですが、同じ空気を感じられてよかった!

一同 (笑)。

小川 私は昨年、新国立劇場の芸術監督になったんですけれど、昨シーズンはシリーズものが全然できなかったんですね。だから「今回はシリーズものがやりたいな、だったらテーマをどうしようかな、自分が気になっていることは何かな」と考えていったとき、「そう言えば最近、世の中が、世界が、全体主義傾向にあるとか、なんとなく右傾化しているということを聞くけれど、自分の言葉としてはそのことについて、うまく語れないな」と思って。でも、国とか組織という大きなものについてではなく、個人との関係性という切り口で考えれば、自分も何か語ることができるかもしれないと思ったんです。それと、私はずっと劇団などに入らず1人でやってきたんですが、新国立劇場に来て初めて、集団に参加したんですね。で、1年間芸術監督をやる中で、団体とか組織と個人の関係がとても気になり始めて、個人と団体にはどういうコミュニケーションがあるのか、それを考えてみようと思って立ち上げたのがこのシリーズです。最初はシリーズ表記を「個と全」と漢字にしていたんですが、堅苦しいという意見もあって(笑)、ひらがなにしました。なので、「ことぜん」シリーズは、本当に私が日常で感じていたことがきっかけになっています。

長島 面白いですね。

小川絵梨子

小川 それで、もともと演出をお願いしたいと思っていた五戸真理枝さんと瀬戸山美咲さんに、「『ことぜん』というシリーズをやろうと思っているんだけど……」とお話ししたところ、五戸さんからは「どん底」が挙がってきて、瀬戸山さんとはいくつか候補作を検討した結果、「あの出来事」に決まりました。私が演出する「タージマハルの衛兵」は、私自身で選んでいます。3作品のうち、「あの出来事」と「タージマハルの衛兵」は日本初演作で、“ことぜん”というテーマそのままというような作品ですが、「どん底」は、五戸さんがどうテーマに斬り込んでいくのか楽しみですね。

長島 “個と全”については、今考えざるを得ないテーマだと思います。ただ非常に多岐にわたる問題なので、身近なところから国や世界まで、どこまで考えを広げることができるのか……。でも避けて通ることができない視点だと思います。

小川 なんでそうなってきたんでしょうね。

長島 1つ考えられるのは、今までのやり方が賞味期限切れになっているってことかもしれません。あまり安易なことは言えませんけど。

小川 大丈夫! ここはブースですから!

長島 あははは。まあ演劇でもそうだと思うんですけど、新しいルールややり方って、それを習得しながらやっているうちはフレッシュで力が出るじゃないですか。でもある程度当たり前になってきちゃうと、新しいことが考えられなくなってきて。飽きるということとは違うと思うんだけど、無理が出てくるというか。

小川 そう、そうなんです!

長島 日本も、戦後と言われる時代の考え方とかテンションがたぶん、もういろいろ通用しなくなってきているのではないかと思います。

小川 そうですね、擦り切れている感じがします。

長島 それって、世界的にもそうなんじゃないかなと思いますし。

小川 ひずみが出てきている感じがしますね。私がニューヨークにいたのってオバマ政権の頃なんですけれど、当時トランプが大統領になるなんてまったく思いもしなかった。

長島確

長島 なるほど。それと単純な世代論にはしたくないけど、僕は上の世代との違いを感じると同時に、下の世代の絶望っぷりがハンパないなと感じていて。同調圧力と言うか、「これ以上よくなるとは思えないから変わらないものを選ぼう」とする姿勢を感じます。

小川 私、マンガが好きなので、マンガからよく世代論を考えるんですね。数年前にブームになった「進撃の巨人」は、理不尽な絶望が大前提にあって、それをどう乗り越えるかが描かれている。すごく面白いんだけど、今はこういう作品が人気なんだなと驚きました。実は「新世紀エヴァンゲリオン」が出てきたときもそう感じて。当時私は高校生ぐらいで、まだふわっとバブルの匂いが感じられるくらいだったんですけど、当時の小中学生はあの絶望的な世界観に熱中していたんですよね。でも逆に、私の両親が高度成長期を懐かしんで「あの時代はいい時代だった。がんばればがんばっただけ成果が得られたから、働くことのエネルギーが高く持てた」と言っているのを聞くと、自分はギリギリそれがわかるかどうかだな、と感じたり……。

長島 ジブリとか宮崎駿作品のような健康さも、遠い昔のものみたいに感じますよね。あのころの健康さを取り戻そうというような働きかけも、今は通用しないと思う。

小川 確かにそういうところはあると思います。

東京を考える

長島 今年のF/Tは「からだの速度で」をテーマに掲げています。「ことぜん」につなげるとすれば、「東京をどう考えるか」がポイントだと思っていて。F/Tはフェスティバル名に「トーキョー」が付く、東京のフェスティバルですから、「東京でやるフェスはどういうものか」「フェスティバルをやる東京はどんな場所か」を常に考えないといけないと思っていて。決まった枠組みの中でラインナップだけ差し替えるフェスティバルでは、持ちこたえられないと思うんですね。それで昨年から、フェスティバルや東京を再定義しようとしてきたんですけど、東京ってある意味、全国区と言うか、それこそ参勤交代の時代から、三河の人が集まって三河町、みたいな、“メタ日本”的な場と言うか、多様で複合的な場所だと思っていて。

小川 へえ、面白い!

長島 そういった視点で、東京をパフォーミングアーツを介して解きほぐしていくと、身体が持っている速度が、まずは考えの切り口になるんじゃないかと思ったんです。

左から小川絵梨子、長島確。

小川 「からだの速度で」ってカッコいいですね。具体的にはどんな速度をイメージされているんですか?

長島 1つには、情報の速度がめちゃくちゃ上がっていて、特にこの2・3年はさらに上がってるんじゃないかと。でもFacebookやTwitterなどのSNSを見ると、実は数年前より情報が届く速度そのものは落ちている気がします。システムとか情報の処理速度は上がっているのに、人間のほうがその速度についていけず、遅れ始めているんじゃないかと。宅配業者と通販サイトの関係などを見ても、情報と共に物流の速度が上がるのは便利なんだけど、一方で身体のほうは悲鳴を上げていて、テクノロジーと身体の間で速度差が起きているんじゃないかと思う。そこにパフォーミングアーツが介入し、考えるきっかけになれることがあるんじゃないかと感じたんです。

小川 それはすごく面白いですね。生の身体が持っているスピード感ということですよね。実感としてよくわかります。例えば私、メールの返信をすごく溜めてしまうんです。少なくとも私の脳みそは「そのスピード、無理!」って言ってます(笑)。

長島 すごくよくわかります(笑)。

小川 昭和の初期の文豪が、よく、ふらりと出かけていって相手が家にいなかったからそのまま戻ってきたって文章を書いていますが、今はそういうスピード感、距離感と全然違いますよね。