授業で習ったことを、どう生かしていくか
──研修所では「声」「歌唱」「ダンス」「シーンスタディ」といった実技を教えるものから、「日本演劇史」「西洋演劇史」「戯曲研究」といった座学など、さまざまな授業を受けることができます。研修所で学んだことが、普段の稽古や「ロミオとジュリエット」を演じるうえで役立っていると感じることはありますか?
髙岡 私が演じるキャピレット夫人役は、舞台上で何か事件が起きてそこに反応するというより、舞台の外で何かが起きてその気持ちになった状態で舞台に現れるということが多いので、「マイズナー(テクニック)」という授業でやった“感情準備”をよく思い出します。でも、学んだことをなんとか生かしたいと“鎧”にしすぎている自分もいるなと思うので、習ったものを自分で取捨選択しながら演じられたらと思っていて。それと、「マイズナー」の授業でやった、日常生活の中で自分がコピーしたいと思う人を1人決めて、その人の完全再現をするというワークは面白かったです。セリフをしゃべっている中で、どうしても自分が話しやすい速度や呼吸があるんですけど、人の真似をすると自分が普段はしないところで呼吸したり、違うリズムを体感できるんです。それは印象深く残っています。
中村 僕は「マイズナー」をはじめ、習ったことが役立っていると感じる部分と、まだまだ自分が足りていないなと思う部分と、両方ありますね。本当は、ただただ心を開いて相手とつながって、相手とやり取りすればいいだけだとは思うのですが、自分のちょっとしたクセとかに阻まれている、と感じているところです。
──岩男さんや福士さんは、研修所の授業で印象に残っているものはありますか?
岩男 「シーンスタディ」はもちろん強いですね……。
福士 それは絶対、ですね。
岩男 以外だと、「アニマル」の授業は超楽しかったですね。みんなで動物園に行って動物の動きを観察し、そこにシェイクスピアの役を乗せるんです。講師の方から課題の動物が与えられて、僕はシロクマだったんですけど、動物園でシロクマの動きをずっと観察しました。で、シロクマの動きやリズム感みたいなものを自分にインストールし、次の授業では2人ペアになって、まずは本気の動物モノマネをやって、四つ足で歩いたり、動物同士として喧嘩したり、シロクマとして手を使わずに肉を食べたりするんです。そこに「マクベスがゆっくり入っていくよ」と言われたら、シロクマの動きと身体の使い方でマクベスのセリフを言い、徐々に二足歩行になって、人間になっていくということをやりました。「アニマル」のアプローチは、いまだに役を演じるときの助けになっていて、例えばある役を与えられたときに「これは鳥っぽいな」と考えたりします。
中村 僕らは“肉を食べる”まではやらなかったんですけど、動物園に行って何時間も観察して動物の絵を描く、ということはやりました。
岩男 そうなんだ! でも今でも役立っていると感じるのはやっぱり「シーンスタディ」で、中でも岡本さんとの出会いは大きかったです。僕らの期の頃は、講師のプロというより、第一線で活躍している俳優さん、演出家さんと研修生をどんどん触れ合わせようという流れがあり、第一線で活躍している人と知り合いになれることは研修生としてすごく貴重でした。新国立劇場演劇研修所に入る前の僕は、第一線で活躍している人たちって普段はどんな人たちなんだろうと、やっぱり想像することしかできなかったけれど、いざ出会ってみると、もちろんすごい部分はあるけれど「同じ人間なんだ」って実感できたんです。その距離感が縮まったうえで授業を受けられたことは、とても大きかったと思いますね。
福士 僕は「エレメント」の授業が印象的でした。火、水、風、大地というエレメントで役を捉えるという授業なんですけど、今も台本を読んだときに「これは水っぽい人だな、大地っぽい人だな」というふうに役を考えることがあって、そのイメージからエネルギーをもらってセリフを発してみる、ということがあります。ほかにも研修所ではいろいろな武器を渡されて、槍でも斧でも剣でもいろいろな武器を抱えさせてもらいましたが、当時はどれを使ったらいいかよくわからなかった。でも修了して現場に出てみたらそれが選べるようになってきて。「今はこれが使えるかもな」「この武器は俺の基礎だ」みたいな、何か困ったときにその基礎に立ち帰れる部分がめちゃくちゃ大きいなと僕は思っています。
岩男 ただ研修所を出た後で実感しているのは、インプットしたことをアウトプットするには、何度も打席に立たなきゃいけないということ。さらに、技術とかとは関係ない部分で、例えばビジュアルとか華、根性みたいなものがこんなにも大事かということ。研修所にいるときは細部に目が向いていたけれど、外に出ると本当にモンスターみたいな人がたくさんいる。演技を勉強してきたわけではないのにすごい人もいる。そんな人たちとどう肩を並べていけばいいか、ということは常々感じていますね。
福士 僕も、外はバケモンばかりだなと思います(笑)。岡本さんと共演させていただいたシェイクスピアシリーズに出たときも、俳優さんたちが毎日毎日すごいアプローチを繰り出されていて、本当に驚きました。だからこそ毎日新鮮な感じで稽古場に行けるんだけど、何をしでかすかわからない人たちがいっぱいでうらやましいな、俺もやりたいのにできなくて悔しいなと感じましたね。
岡本 シェイクスピアシリーズの出演者たちは本当にすごいから、スタート地点では俺も毎回、マイナスから始まるんです。シェイクスピアの言葉遣いはとても難しくてなかなかできるものではないし、俺は1回舞台が終わるとすべて抜けてしまうので、新たな作品に出るときはまた一から作らないといけない感覚になる……だから俺、最初は全然できないじゃん?
福士 えーと、意外と不器用な方なんだなと思いました。
一同 あははは!
岡本 (笑)、俺はね、本当に人より全然できなくて不器用どころじゃないと自覚している。だから人より早く稽古場に入って終わった後も稽古しないと追いつけないし、みんな一発目から「これでOKなんじゃない?」というようなことをやってしまうわけで、みんな本当にすごいなと思う。そういう人たちに、自分は育てられてきたと思うし、今も育てられている、という感覚があります。
未来の後輩たちに向けて
──髙岡さんのように、今回の「ロミオとジュリエット」をきっかけに、新国立劇場演劇研修所の受験を検討する人も多いと思います。講師でもある岡本さんは、本公演をどのように観てほしいですか?
岡本 今研修所にいるみんなは、舞台を観たり、あるいは自分が舞台に立つ中で、人生が変わるような体験をしたことがある人たちだと思います。僕自身、舞台を観客として観て、「この人を超えたい」「この人に褒められたい」「この人といつか一緒に舞台に立てるまでがんばろう」と、いろいろ思いながらやってきました。でもそれって実は、誰でもできること。「そうしたい」と思わないだけで、みんなも実現しようと思えばできるんです。なので、まずは劇場に来て舞台を観てもらいたい。舞台を観たら、自分のエネルギーを何かしら使わないともったいないと感じるはずだし、例えば今回「ロミオとジュリエット」を観てもらえたら、演劇やシェイクスピアを知らなくても、ある程度は語れるようになると思うんです。さらにシェイクスピアの作品は、どれも現代に生きる人たちに対するメッセージが込められているから、そういった意味でも劇場に来て生で舞台を観る価値はあるし、劇場に入って自分の日常を忘れることもできます。だからまずは劇場に来て、舞台を観てください、と思っています。
──研修生のお二人は、「ロミオとジュリエット」にどんな思いで臨まれますか?
髙岡 自分はここに入るまで、関西中のいろいろなワークショップに参加したりしてきて、でも今はここにいるだけでそれらがすべて手に入ります。それはありがたいことではありますが、ただすごく恵まれた環境だけに、自分から情報や機会を掴みに行っていた頃の熱を持ち続けないと、いいインプットがあってもアウトプットにつながらないんだなと感じていて。今、「ロミオとジュリエット」の稽古をしながら思っているのは、この3年間のシーンスタディの授業で、自分はわかりやすい感じの演技をしちゃってたんじゃないかなという反省なんです。例えば悪役と感じたら悪いところばかりを意識してしまいがちだったんですけれど、人間にはいろいろな側面があるから、それを少しでも見せられたら良いなと思っていて。自分がかつて14期生の試演会を観たときに、出演者誰一人知らないのに作品によってこんなにも心が動かされるんだ!と感じた、その思いを今回、観てくださった方にも思ってもらえることを目指したいと思います。
中村 志帆が言ったように、確かにインプットの場として研修所は素晴らしいと思います。これだけ演劇に浸かることができる場所はやっぱりなかなかないし、ここにいる間は、自分がどうなりたいか、どうなっていくか、何を手にしたいか、何を手に入れられるかということだけに時間を使えるのが幸せだなと。ただ、それを自分のものにできるかどうかは、魔法じゃなくて自分でやらなきゃいけないことなんですよね。
今回、僕は人生で初めてタイトルロールを演じさせていただくのですが、これまで行けなかったところに行けるチャンスだと思っているので、とにかくなんとしても面白くしたい。そのためだったら燃え尽きちゃうくらいにすべてを使いたい、という気持ちで挑んでいます。
──岩男さん、福士さんには、未来の後輩に向けてメッセージをお願いしたいです。
福士 研修所は俳優を育成する場所ではありますけど、人間的な部分が成長する場所でもあって、より豊かな人間になれる場所でもあると思います。研修所にいて演劇にどっぷり浸かるといつの間にか豊かになっているし、豊かな人間になれば演劇も豊かになる……とにかく演劇の持つ力に感化されるような3年間が待っていると思います。
岩男 大事な若い3年間を演劇の勉強に費やそうと検討している時点で、すごい同志というか、僕らと共通言語がある人なんじゃないかなと思っていて。ただ永大が言ったように、演劇って技術ももちろんだけど、人間ってなんだろう、自分ってなんだろうみたいなことをすごく考えてしまうものなんですよね。その時間ってある意味ちょっと時代と逆行しているというか、無駄っぽく感じるかもしれないけど、こんなSNS社会で、自分の感性がいろいろな流行りに流されがちな中、自分自身をちゃんと見つめることができる3年間に、僕はすごく価値があると思うんです。その点で新国立劇場演劇研修所は良い場所だと思っています。あとは、夢を見せられる先輩が増えていくように、僕もがんばります!
プロフィール
岡本健一(オカモトケンイチ)
1985年、ドラマ「サーティーン・ボーイ」、1988年には男闘呼組のメンバーとして歌手デビュー。以降、俳優としてテレビドラマ、映画、舞台に出演するほか演出家としても活動。第17回読売演劇大賞優秀男優賞、第26回読売演劇大賞優秀男優賞、第45回菊田一夫演劇賞、第55回紀伊國屋演劇賞個人賞、第71回芸術選奨文部科学大臣賞(演劇部門)を受賞、紫綬褒章受章。バンドRockon Social Club、ADDICT OF THE TRIP MINDSで活動中。
KENICHI OKAMOTO OFFICIAL WEBSITE - 岡本健一 オフィシャルWEBサイト
岡本健一 (@kenichi.okamoto) | Instagram
岩男海史(イワオカイシ)
1991年、東京都生まれ。2014年に新国立劇場演劇研修所に入所、第10期修了。俳優業を中心に、衣裳製作、アパレルブランドプロデュースなども手がける。
岩男 海史 (@iwao_kaishi) | Instagram
福士永大(フクシエイダイ)
1999年、青森県生まれ。2019年に新国立劇場演劇研修所に入所、第15期修了。修了後はシェイクスピア ダークコメディ交互上演「尺には尺を」「終わりよければすべてよし」(2023年、鵜山仁演出)、かなっく たなばた★シアター「ふたごの星」(2024年、新見真琴演出)などに出演。
福士 永大 | LOT STAFFS【ロットスタッフ】マネージメントオフィス
髙岡志帆(タカオカシホ)
2000年、兵庫県生まれ。2022年に新国立劇場演劇研修所に入所、第18期生。
中村音心(ナカムラソウル)
2003年、神奈川県生まれ。2022年に新国立劇場演劇研修所に入所、第18期生。
中村音心(SOUL) soulblaze_123 - Twitter Profile | Sotwe
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現役研修生が教える“研修生のある1日”