同い年の塚原大助×古山憲太郎×田村孝裕が小劇場愛を語る、ゴツプロ!「イノレバカ」キャストが明かす“これまで祈ったこと” (2/3)

劇団の原動力になっているものは

──モダンスイマーズとONEOR8は20年以上、ゴツプロ!は8年と劇団活動を続けています。劇団という形が続いているのはなぜだと思いますか?

古山 うちは劇団員がみんな四十代になってきて……蓬莱の持論では、やっぱり演劇は若い人のほうが魅力があって輝きもあるということで(笑)、前回は若い演劇青年が主役の芝居でした。ただ、本当に面白いものを作ればお客さんは来てくれると信じてやってきたし、“若いイケメンやスターが出なくても、おじさんたちが輝ける面白い舞台はある”というのがモダンの目指す方向ではあるので、今後はそれをどう継続していくか、かなと。個人的には、ここまで続けてきたから自分からはもう(劇団を)辞めたくないと思っちゃうんですよ。自分の半生を費やしてきた劇団だから、心が折れそうになることもありますけど(笑)、それでも自分からは辞めることはしたくないなって。

塚原 ゴツプロ!はまだ8年目で、劇団として新しいんですよね。まだまだやりたいことがあるし、一緒にやりたい人もいるし、僕としてもみんなが面白いなと思うこと、やりたいと思うことがある以上は、それを叶えていきたい。それが今のゴツプロ!の原動力になっていると思います。実際、それぞれに今、みんながやりたいことをやり始めていて面白い時期に来てるんじゃないかと思います。今年、すでに6本プロデュース公演をやっていて……。

田村 すごいなあ!

塚原 それぞれの活動を経て「イノレバカ」で久々に集まるので、どんな化学反応が起きるのか楽しみです。新しいことに挑戦し続けていくということがゴツプロ!のコンセプトにあるので、続けていける限りはやっていきたいですね。

古山 その体力がすごいですよね。よく「続けたものが勝ちだ」って言い方がありますが、才能があっても辞めていく人が多い中、続けている人がやっぱり勝ちだなと思います。その点、今のゴツプロ!さんの精力的な活動ぶりはすごいですよね。憧れというか尊敬するし、情熱を持ってやり続けている人が一番だと思います。

古山憲太郎

古山憲太郎

──ONEOR8はいかがですか?

田村 僕らの場合は……全然なりたい自分になれていないという思いがあって。ただ演劇を続けるってなかなか体力がいることでもあるから、それこそコロナが始まってから劇団員で集まって、「俺たちはこの状態で六十代を迎えるのか、それでもやるのか?」という意思確認をみんなでしたんです。結果、それぞれ意見はあるけれど、やっぱり僕たちの舞台を楽しみにしてくれている方たちがいる以上は続けたい、期待に応えたいという思いで、劇団という形を続けていこうということになったんだけれど。でも、年々セットを叩いたりっていう作業がしんどくなってきているのは間違いないので、しんどい作業をみんなで背負ってやってる、ゴツプロ!の現状は異常だと思います!(笑)

塚原 あははは! まあそもそもそういうことがやりたい人たちが集まっている集団ってところはあって。

田村 そこが面白いですよね。以前、塚原さんに「ゴツプロ!ってどういう劇団だと思いますか?」と聞かれて僕は「1人ひとりが自立してる劇団」って言ったんですよ。劇団ってなんとなく徒党を組んじゃうじゃないですか。でもゴツプロ!は1人ひとりが自立している劇団で、そこがすごいなって。役者1人ひとりが背負ってる自覚みたいなところは学ぶべきところがすごくあるし、バイタリティとかエネルギーのすごさを感じますね。

塚原 ゴツプロ!の中では僕が一番若く、みんな五十を過ぎてるんですが「このままでどうする、このままでいいのか」みたいなことをやっぱり思っていて、どうにかしたいなら動かなきゃ!っていうことを切実に感じてるんだと思います。

田村 そう考えて、地に足をつけていこうって公演を打つわけだもんね、ドロップアウトをまったく考えずに。

塚原 まったく考えてない!

一同 あははは!

塚原 佐藤(正和)さんとかを見ていると、「本当に今、この人は楽しくてしょうがないんだろうな」って思うんですよ(編集注:佐藤はブラボーカンパニーとゴツプロ!に所属する傍ら、井上賢嗣と青春の会を結成しコンスタントに公演を行っている)。でも実は、コロナが後押ししてくれたところがあって。コロナによってゴツプロ!も大変なことがもちろんありましたが、そこでいろいろな話をした結果、例えば浜谷(康幸)さんがやっているゴツプロ!演劇部(これからの役者たちに、劇団を立ち上げてほしい、演劇を好きになってほしいという思いから発足したプロジェクト。浜谷が部長を務めている)や、BOND52(ゴツプロ!と他劇団がつながることを目的としたユニット)、あるいは小さな劇場で少人数でやれる芝居の企画という形になった。危機的状況になって、マジで考えないといけないから考えたことが後押ししてくれたと思います。

──劇団がコロナ禍でどう考えたのか、何を考えてどんな対応をしてきたかは、この3年で徐々に表に現れてきているように感じます。劇団の体力や持久力がついたところもあるでしょうし、作風に変化が見られる劇団も出てきました。

古山 よく東日本大震災後に作風が変わった劇団があると言われましたが、コロナによってもこれからさらに作風などに変化が見えてくるんでしょうね。

塚原 2020年からの3年間でも様子は変わってきたし、最近また感染者や公演中止も増えてきているので、コロナに対する意識も変化があるのかも。それによってまた新たな動きが出てくるんだろうなとは思いますね。

田村孝裕

田村孝裕

左から塚原大助、古山憲太郎。

左から塚原大助、古山憲太郎。

恨みを鎮めるための、祈り

──コロナにより過酷な3年を乗り越えた皆さんですが、今作「イノレバカ」では、“一度地獄を見た人たちが集まるある寺と、その住職”の物語が展開します。

田村 塚原さんとどんな話にしようかと打ち合わせした中で、塚原さんから「お坊さんの話はどうですか」ってアイデアが出てきたんです。禅の道には興味があったし、面白そうだなと、まずシチュエーションだけ決まりました。そこから考えを詰めていく中で、例えば最近、僕にはまったく理解できないような事件が増えてるなあと思っていて、そこから“もしかしたら今の人より昔の人のほうが、怒ることが上手だったんじゃないか、怒りを発散する、怒りを逃す術があったんじゃないか”と感じるようになって。例えば昨今、相手を慮るがゆえに怒れず、ストレスやフラストレーションを溜め込んでしまうことがあるのではないかと思いますが、その消化されなかった怒りが恨みという形でネットにぶつけられ、その恨みと恨みがぶつかって更なる恨みとなっていることもあるんじゃないかなって。じゃあそういう恨みを、何だったら鎮めることができるか。人生ってうまくいかないことばっかりですけど、どういう着地点を見出すか、みたいなことが今回のテーマになっていくんじゃないかと思います。

──執筆前に、断食道場に行かれたとか?

田村 すごく賑わってましたよ! そういう場を求めている人が多いんでしょうね。僕にとっては書くのに最高でした。もともとは真言宗を想定してチラシの衣裳も用意してもらったのですが、この断食道場が臨済宗ということもあって、臨済宗のお寺を舞台にすることにしました。

──塚原さんはなぜ「お坊さんの話を」と思われたんですか?

塚原 ゴツプロ!って男だけのメンバーなので、男だけのシチュエーションってどんなことがあるだろうと常々考えているんです。その中で、お坊さんは以前からアイデアにあって。実は僕、インドにバックパッカーで行ったことがあり、その話を田村さんにもしたんですけど、インドのラージギルに日本山妙法寺というお寺があり、そこで2週間くらいお世話になったんです。そのときの体験が素晴らしくて……。朝と夕方の4時にお経をあげるんですが、庵主さんとインドのお坊さんたちがものすごい綺麗な声で「南妙法蓮華経」と唱えると、僕たちは小さな太鼓を叩きながらそれに続くんです。その状態が2時間続くと、ある種のトランス状態になるんですね。読経が終わると掃除して、精進料理を食べて、庵主さんが近くの小学校に説法へ行くのについて行って……ということを2週間続けたら心のモヤモヤが消えていくのを実感しました。

それと、ゴツプロ!だから何かと何かが戦うところは見せたいけれど、だからと言ってアクションはやりたくないなって話しているときに、「祈りの力で戦う」っていうアイデアが田村くんから出てきて、それは面白いなって。本当に、祈りの力が現代に広がっていけばなんとかなるんじゃないかなって思うんですよね。

塚原大助

塚原大助

田村 今回はでもね、般若心経にしようと思ってるんだよね。お坊さんチームには覚えてもらおうと思ってて。

塚原 それは早く言って!

一同 あははは!

──台本は現在執筆中とのことですが(取材は7月に行われた)、塚原さん、古山さんはどんな役になりそうですか?

田村 塚原さんは、反社組織からドロップアウトして寺に駆け込んだ元反社で、現在は寺のお金勘定をしている人。そこへ、半グレ集団から社会的地位を奪われた窪塚(俊介)くんが寺にやって来て、彼に関わっていた親玉が、塚原さんのことも嗅ぎつけちゃう、という。コメさんは、(田中)真弓さん演じる住職を母親のように慕っている人。でもその住職が認知症になってしまったので、真弓さんと息子を引き合わせることにするんだけど、実は二人は確執があって……という中で、死にゆくお母さんに対しての思いが、コメさんを通じて伝わればいいなと思っています。

──「イノレバカ」の登場人物たちは、人生の艱難辛苦を味わってきた人たちばかり。それぞれ思い描いたであろう人生とは違う現実に置かれ、孤独を感じていたはずの彼らが、認知症になってしまった住職をどう支えていくのか……決して他人事ではない展開だなと、とても興味深いです。

小劇場は個人の思いがぶつけられる場

──座談会の前半は、皆さんのこれまでについてお話しいただきましたが、皆さんもそろそろ五十代が見えてきました。今後についてはどのような展望を持っていますか?

古山 実はあまり年齢を気にしていなくて、よく「もういい歳なんだからしっかりしろ」なんて言われますが、あまり自分の中では響いてないんです。でもこういう五十代がいてもいいんじゃないかと思いますし、これからも柔軟に、何でも受け入れて変化していけたらいいなって。もちろん俳優としてはどんどん売れたいという欲はありますけど(笑)、自分をよく見せようとか、うまく見せたいという思いは減ってきて、楽に劇に入ることができるようになっているかなと思います。

田村 展望とは違うかもしれませんが、僕自身は今、時代との齟齬を感じていて、自分自身をアップデートしていかないといけないなと思っているんです。だから若い人たちとの付き合いは大事だと思っています。それこそ「40までは年上の話を聞いて40からは年下の話を聞く」みたいなところに今あるんじゃないかなと。と同時に、これからの世代の人たちに向けて、自分なりに考えたことは伝えていきたいと思っています。例えばこの「イノレバカ」は上の世代というより若い人に観てほしいなと思っていて、というのも、今の人たちは僕らの時代よりも圧倒的に情報がある分、理屈や意味に意識がいきがちだと思うんですね。でも祈りって理屈じゃない。はっきり言って意味がないことだし、やっても何も変わらないんだけど、心には何か意味がある、というところを感じてもらえたら。

例えば僕が二十歳の頃って、「何になりたいの?」って質問には答えられなかったし、演劇を始めたのも単にモテたいとか目立ちたいとか、そんなことだったんだけど(笑)、今は「なぜなりたいのか」にきちんと答えや意味を出さないといけないのが不憫だなと思います。俺はなんとなく劇団をやって、なんとなく方針が見えて、なんとなく夢ができて、なんとなく理想ができて……と、やってみて感じることが多かった。でもそれって、今は合理性がないと言われてしまうようなことかもしれないですよね。もちろん合理的な考えがあることは否定しないですが、そうじゃない見え方、価値の見出し方もあると思うので、その点でも「イノレバカ」を若い世代にも観てほしいなと思います。

田村孝裕

田村孝裕

塚原 五十代って上の世代と若い人たちの間にいる中心の世代だと思うんです。先輩方がやってきたことを受け継ぎながら、若い子を交えつつ自分たちが面白いと思う新しいものを作っていく。ゴツプロ!がやりたいことは、まさにそういうことだなと思うし、コロナでしばらくやれていませんが、東京だけでなく地方や海外でも公演することは続けていきたい。台湾やアジアなどに活動の場を広げていく可能性もあるってことを、示したいですね。演劇にもっと興味を持ってもらいたいし、「演劇ってカッコいいよね」という流れが生まれて、また演劇が盛り上がるようにしたいです。

──小劇場の舞台に限らず、近年ますます活動の場が広がっている皆さんですが、改めて皆さんにとって“小劇場”とはどういう場ですか。そして今ご自身は、小劇場にいると思いますか?

田村 僕は小劇場にずっといたいなと思っています。演劇って良い意味でも悪い意味でも、マイナーというか、至極個人の思いみたいなものがぶつけられる場だと思っています。ただそういう場だからこそ、すごく面白いものもあれば、すごくつまらないものもある。一方で商業ベースのものは、ある程度面白さが確約されているところがあって、例えば、エンタテインメント度が60%を超えたもの、ある程度の面白さが確約されたものが商業作品であるとしたら小劇場はその確約はまったくない(笑)。この間出演者全員が死んでしまうような芝居を書いたんですけど、時代のシビアな部分を見せるのも小劇場の役割だと思うし、そういう意味では、例えば大きな劇場であっても自分の思いがぶつけられる作り手の作品は、小劇場作品だと言えるんじゃないかと思います……というのが僕なりの小劇場の定義です。だからこそ僕は小劇場にい続けたいと思うし、僕が劇団で作っているような作品が、大きな劇場で上演されたり映像作品になったりするのが理想。その意味で、僕はまだその理想にはなれていないと思っています。

古山 僕は2つあるなって思っていて……1つは演劇って、お客さんよりやっている人が一番楽しいものだと思うんですね。特に今は、どんどん表現の場が細分化して、YouTubeでも自分の作品を発表することはできるから、わざわざ演劇を選ばなくてもいいと思うんですけど、それでも舞台のライブ感が面白いと思い、ハマっている人がいる以上、その人たちのために小劇場は必要だと思います。もう1つは、小劇場って役とか作品に寄り添っている人が妙にカッコよく見える場だと思っていて、やっぱり俳優のものだなと思います。

田村 確かに小劇場が一番俳優を体感できますからね! そうかもしれない。

古山 なのでやっぱり小劇場は俳優がカッコいい場所であってほしいし、自分もそうなりたいなと思います。

塚原 台湾の舞台人と話して驚いたのは、台湾は団体が助成金をもらって活動しているから、日本のように自分がやりたい表現を模索し、自分たちでサバイブしながら劇団を継続していく文化がないそうなんです。そう思うと、日本独特のこの小劇場文化は素敵だなと改めて感じます。

田村 さっき僕、演劇はマイナーだって言いましたけど、新しい文化は小さなところからしか生まれないし、新しい舞台芸術を作るのは小劇場だと思うんですよね。

塚原 そうですね。小劇場の先輩たちも、そこに気概を感じている人は多いんじゃないかな。少なくとも僕はずっと下北沢で演劇をやってきて、そのことを誇りに思っているし、自分が信じてやりたいと思うことを、役者としてもゴツプロ!という団体でも表現できる唯一の場所が、小劇場だと思っています。

左から古山憲太郎、塚原大助、田村孝裕。

左から古山憲太郎、塚原大助、田村孝裕。

プロフィール

塚原大助(ツカハラダイスケ)

1976年、東京都生まれ。ゴツプロ!主宰。2015年にゴツプロ!を旗揚げ。舞台や映画で幅広く活動。こまつ座「人間合格」(作:井上ひさし、演出:鵜山仁)、小松台東“east”公演「東京」(作・演出:松本哲也)、映画「ソワレ」(外山文治監督)等。4月に新企画・ブロッケンを始動し、ver.1「ブロッケン」(深井邦彦作、西沢栄治演出)に出演した。

古山憲太郎(フルヤマケンタロウ)

1976年、東京都生まれ。1996年に舞台芸術学院を卒業後、1999年のモダンスイマーズ旗揚げから参加、後に劇団員となる。俳優として劇団公演に出演する傍ら、2011年にモダンスイマーズのスタジオ公演にて作・演出デビュー。2013年には劇団道学先生に「シンフォニ坂の男」を書き下ろした。また現在、さかがみ家で動物の保護活動を行っている。

田村孝裕(タムラタカヒロ)

1976年、東京都生まれ。劇作家、演出家。1998年に舞台芸術学院を卒業後、ONEOR8を旗揚げし主宰を務める。劇団外への書き下ろしや演出も多数。近年の主な舞台にONEOR8「千一夜」(作・演出)、舞台「サザエさん」(脚本・演出)、舞台「ゲゲゲの鬼太郎」(脚本・演出)など。9月にトム・プロジェクトプロデュース「沼の中の淑女たち」(作・演出)が控える。