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東京芸術劇場「BLIND」「三人姉妹」|観る人にも作る人にも、革命的な体験を

東京芸術劇場では2009年の野田秀樹芸術監督就任から10年、海外作品の招聘・海外公演・国際共同制作などのインターナショナルプロジェクト、賑わいの創出、若手育成を大きな三本柱として活動を展開している。毎年秋には「東京芸術祭」の一環として「芸劇オータムセレクション」と銘打ち、国際色豊かなプログラムを組む。今年は、10月にはオランダからパペット(人形)を用いたパフォーマンス「BLIND」、ロシアから全編手話でつづられる「三人姉妹」が来日。国内のアーティストとは異なる視点や手法を持った海外作品に触れられる貴重な機会だ。両作品の見どころを、東京芸術劇場で海外招聘公演を担当するプロデューサーの立石和浩が語る。

取材・文 / 熊井玲

東京芸術劇場「BLIND」「三人姉妹」

海外の上質なパフォーマンスを、池袋で

──招聘公演は東京芸術劇場の大きな柱の1つです。今回、「BLIND」と「三人姉妹」を選ばれたのはなぜですか?

東京芸術劇場では、いつも海外の上質なパフォーマンスをお客さんに観ていただきたいという思いから招聘作品を選んでいます。具体的には、野田秀樹芸術監督と、海外の作品情報も提供してくださる運営委員の皆さん、そして劇場のスタッフが参加して定期的に企画会議を行い、情報共有しています。その中で今年度は、「BLIND」と「三人姉妹」を上演することになりました。「BLIND」は、オランダのデューダ・パイヴァ カンパニーによる作品で、子供の頃にパイヴァが病気で1年近く目が見えない状態になったという体験がモチーフになったパペット(人形)・ファンタジーです。もう一方の「三人姉妹」はロシア・ノヴォシビルスクのレッドトーチ・シアター芸術監督ティモフェイ・クリャービンの作品で、全編手話で演じられます。野田芸術監督はヨーロッパのとある演劇祭で、クリャービンと出会い、若いながらもそのシャープなビジョンに大きな可能性を感じたそうです。その後、ルーマニアのシビウ・フェスティバルで2人は再会を果たし、意気投合して、今回の来日公演が叶うことになったというわけです。

自らの失明体験をパペットとユーモラスに描く

──「BLIND」は、今回が日本初演となります。デューダ・パイヴァはパペットを巧みに操り、観客と対話したり、パペットと踊ったりしながら、光と闇を駆使し、白昼夢のような世界観を描き出します。どのようなアーティストなのでしょうか。

デューダ・パイヴァはブラジル生まれで、その後オランダに移住しています。もともとバレエやダンスを学んでいて、のちにパペットへと興味の対象が移っていったそうです。実は東京で舞踏家の故・大野一雄さんに学んだことがあって、インタビューでも「自分の表現作りには舞踏との出会いが影響している」と話していました。

「BLIND」より。(photo:Patrick Argirakis)

──人形劇と言うとチェコが盛んですが、オランダはどうなのでしょう?

ヨーロッパで伝統的な人形劇と言うと、チェコのマリオネットやフランスのギニョールなどが挙げられると思いますが、パイヴァのパペットは独特な造形です。ちょっと文楽的なところもあると言うか、パペットが演者の身体と一体化したようなパフォーマンスなんですね。ちなみにパイヴァのパペットは発砲ポリエチレンでできていて、丸めて機内持ち込みができるくらい、とても軽いそうです。

──彼の公式サイトに掲載されている過去の舞台写真を観ると、子供向けというより大人向けの印象を受けました。

確かにキッズ向けではないですよね(笑)。彼らのレパートリーも成人向け、ファミリー向け、子供向けに分かれています。

──ただ、作品を拝見するまでは「BLIND」というタイトルや作品解説から、もっとシリアスな作品なのかなと思っていたのですが、お客さんが非常に笑っていて、意外でした。

「BLIND」より。(photo:Patrick Argirakis)

デューダ・パイヴァの人形劇は、ちょっとダークでアンダーグラウンドな感じがしますが、ある種のクレイアニメに近い世界観と言うか、決して怖いばかりでなく、観ると楽しいし、笑えますよね。それもパイヴァの“陽”な気質によるところがあるかもしれません。「BLIND」はパイヴァや演出のナンシー・ブラックの身体的、精神的につらかった体験などがモチーフになっていますが、それをそのままドキュメンタリータッチで描くと言うより、ユーモアを交えたスペクタクル仕立てになっています。

──これまでの上演では、わりと小さなスペースで演者を囲むように客席が組まれ、パイヴァと観客が隣り合って座り、言葉を交わしたり、触れ合ったりと、親密なコミュニケーションを取っていました。日本公演は、どのような上演形態になるのでしょうか?

同じような座席作りをし、観客との掛け合いは通訳を介して行う予定です。日本のお客さんがどのようにパイヴァと絡むのか、楽しみです。

「三人姉妹」を手話で“語る”

──「三人姉妹」は、全編手話で演じられます。初めは劇中で“声”がせず生活音しかしないこと、自分が手話を理解できないことに戸惑ったのですが、途中からそれが気にならなくなると言うか、自分の知らない外国語を聞いているような感覚に囚われて、非常に新鮮に感じました。

レッドトーチ・シアター「三人姉妹」より。(Photo by Viktor Dmitriev)

演出のティモフェイ・クリャービンは、ある日、街でろう者が手話で話しているのを見て、何がどう語られたのかはわからないけど“完全に理解した”と感じたそうなんです。“意味”ではなく、ろう者たちの表情とか息遣い、手話から“存在”としてのコミュニケーションを感じたのかもしれません。そもそもロシアではデフシアター(編集注:聴覚障害を持つ俳優による演劇、およびその劇団)の歴史はあるのですが、クリャービンはそういった社会的なコミットメントとは別の次元で、純粋に芸術表現として、手話すなわちサインランゲージでチェーホフ作品を上演しようと思ったそうです。

──先日、地点の「三人姉妹」のアフタートークに、ロシアの演劇評論家でドラマトゥルクのオリガ・ニキーフォロヴァが登壇されていたのですが、彼女は「ロシア人はチェーホフについては全部わかっているから、どんなアレンジされた演出であっても、またロシア語以外であっても、それがどんなシーンなのかなんとなくわかる」と話していました。であるとすれば、セリフが手話で語られたとしても、ロシアの人にはあまり問題ないのかもしれないですね。

なるほど(笑)。クリャービンが「三人姉妹」はロシア演劇のバイブルと言ったのと、それは近しい感覚かもしれませんね。

──また、足音や椅子を引く音などさまざまな音がシーンの臨場感を作っていることに改めて気付くと言うか、私たちはセリフ以外のさまざまな要素から、本当に多くの情報を得て作品を観ているんだなと感じました。

レッドトーチ・シアター「三人姉妹」より。(Photo by Viktor Dmitriev)

確かにある意味、語られるセリフを除くことで見えてくるものがありますね。その点で、本作では新しい演劇体験ができると思います。

──ちなみに、出演している俳優たちの中で耳が聞こえない人は何人くらいいるのですか?

全員が聴者の俳優たちです。

──演技として、手話をやっている?

そうです。俳優たちは1年半かけて手話を学び、さらに6カ月実践的に特訓して、セリフと同じくらい手話でしゃべれるようになりました。感覚としては、振付に近いところがあるのかもしれませんね。

──このような大胆な演出に挑んだクリャービンは、どのような演出家なのでしょうか? 1984年生まれの三十代とまだ若手ではありますが、経歴を見ると「三人姉妹」以外にも大きな作品を多数手がけており、受賞経験も豊富です。

彼はノヴォシビルスクにあるレッドトーチ・シアターを拠点に活動しています。ノヴォシビルスクとは新しい(ノヴォ)シベリアの街(シビルスク)という意味で、モスクワ、サンクトペテルブルクに次いで、ロシアでは3つ目に大きな、シベリアの中心都市です。そこで100年以上の歴史がある州立劇場の現代演劇部門を担うのがレッドトーチ・シアターで、クリャービンはそこの芸術監督を務めています。新作を、時間をかけて作る環境に恵まれているらしく、「三人姉妹」も創作に2年以上の歳月をかけたそうです。

──それはぜいたくですね。クリャービンはオペラ作品も多数手がけていますが、2014年上演の「タンホイザー」では演出を巡ってロシア正教会と論争が起き、話題となりました。

確かにそういったことはありましたが、それはアーティストとしてするべきこと、したい表現をしているということだと思いますし、その後も各地で活躍が続いていて、オペラの演出家としては今、ヨーロッパで引っ張りだこの存在と聞いています。

劇場が革命の場でありたい

──「BLIND」と「三人姉妹」はまったく異なるアプローチの作品ではありますが、パペット、あるいは手話を介することによって、言語や性別、人間と人間でないもの、観客と演者……といったさまざまな“差異”がフラットになっていく共通点を感じました。舞台表現としての追究が、結果的にインクルーシブな作品作りにつながっていますね。

東京芸術劇場としては、国際性と交流と、観客層を広げるというミッションを持っていますし、観た方に自分の心の中にあるパーテーションが取り払われるような感覚を持っていただけることが理想です。だから今後も、招聘公演に限らず、いろいろな可能性を持ち、多様性があってかつ質が高い作品を上演していきたいと思っています。

──近年、多様性という意味では日本でも障害者や高齢者、子供と一緒にクリエーションすることが盛んになりつつあります。

昔ヨーロッパに行ったときに、ストレッチャーに横たわる人がオペラを観劇している様子を目の当たりにして、非常に感銘を受けて。劇場としては、どんな方でも劇場に来られるように、バリアフリーはもちろんのこと、例えば字幕やヒアリングループ(編集注:難聴者のために“聞こえ”を支援する磁気ループ)など、さまざまなサポートを用意していきたいと思っています。同時に作品を作る方たちにも作品をどう作っていくか、演出、演技、美術、音響、照明などすべての要素が有機的につながった、オープンでフラットなクリエーションはどうすれば実現できるのか、なかなか答えが出るというものではないのですが、でも向かっていかなくてはならない問題だと思います。寺山修司が言っているように“演劇は革命”ですから、劇場に来ること、作品を作ることすべてにおいて革命的でありたいと思いますね。