樫田正剛(方南ぐみ)が仕掛け、瀬戸利樹が挑む朗読劇「あの空を。」俳優の声で届ける高校球児たちの“失われた夏” (2/2)

現場至上主義の瀬戸利樹、取材での回答はいつも…

──そんな瀬戸さんが、今回は高校球児3人のうち、ムードメーカーの松平武生(マツオ)役に挑みます。どのような人物か教えていただけますか?

瀬戸 マツオは素直で、不器用な子ですね。秋の大会でチームが良い成績を残せたので、甲子園大会に行けるかもしれないと希望を持つのですが、初詣で「オレ努力します、今まで以上に努力をします」ってお願いするんです。その言葉って、どこかで耳にしたことはあっても、僕、文字で読むのは初めてで。「このセリフを自分で発するんだ」と思ったら、ゾクゾクしました。共演者の皆さんとご一緒して、どういうふうに自分からこのセリフが出てくるのか。それ次第で、マツオという役が決まってくるんじゃないかなと思います。

瀬戸利樹

瀬戸利樹

──マツオは物語が進むにつれて彼を取り巻く環境が変わり、見せ方にも変化を求められる役なのかなと思いますが、役へのアプローチについてはどのように考えていますか?

瀬戸 マツオは物語のキーマンになるので、締めるところは締めていきたいなと思っていますが、正直、自分の中でイメージを固めたくない気持ちがあります。テレビドラマなどの映像の現場でもそうですが、相手との掛け合いを通して役を作っていきたいというか、相手との芝居で役の芯を見つけたいなと思っていて……あまり前もって考えすぎないようにしているので、取材ではとてもつまらない回答になってしまうんです。

樫田 大丈夫、うまくまとめてくれるんだって!(笑)

瀬戸 本当ですか? 素敵な作品にしたいという気持ちは、誰よりもあります!

──(笑)。瀬戸さんとしては、野球という共通点からマツオ役に近づけるのかなと、勝手に想像していました。

瀬戸 ああ、確かに。僕は腰をケガして野球を辞めたので、当時の思いや経験を参考にできるかな……という思いが、あります……かねえ。“やりたくてもできない”という気持ちはマツオと似ているところがあるかもしれないです。何かフックがあれば良いなと思っています。

“優しさ”はどこに?コロナで投げかけられた問い

──作品の大きな特徴としては2020年の様子と、5年後の球児たちの姿が描かれるという、2部構成の厚みがあります。「コロナで甲子園大会が中止になった」エピソードに留まらず、3人の未来を描くことは、樫田さんにとって重要なポイントだったのでしょうか?

樫田 悲しみで終わってしまうのではなく、“友情が仲間を助ける”物語が必要だなと思っていました。コロナが流行り出してから、まだ5年も経っていませんが、何となく落ち着いてきた状況がある。あの頃の「5年後はどうなるんだろう」という不安を拭うために、3人それぞれの人生を描きたいという思いがありました。また、当時、母親が高齢者の施設に入っていたんですが、コロナで面会ができない状況での施設の対応に「優しさはどこにあるんだ」という怒りがあったことを残したい気持ちがあり、自分の憤りや悔しさを登場人物に代弁させています。語り部が演じる宮城という大人もキーマンで、3人が前向きになれるきっかけとなる存在です。高校球児を題材にしましたが、この物語はバレーでもバスケットでも、文化系の部活でも良いんです。

樫田正剛

樫田正剛

──同じ夢を追っていたけど絶たれてしまった、という共通体験があれば?

樫田 そうですね。作品のきっかけとなった宮田くんは神奈川県出身で、推薦で東北高校に入って、その中でがんばってきた。その背景に加えて、実は僕の根っこには3.11で人生観が少し変わった部分があって、なぜ野球を題材に選んだかと言うと、3.11の日に高野連が春の選抜高校野球大会の中止を発表したからなんですよ。僕はそれにすごく腹が立ってね。北海道だろうが、関東だろうが、大阪だろうが、その決定に全国の球児たちがショックを受けただろうけど、東北の人たちにとってその日は、静かに過ごしたい日であるはず。そんな日に発表するか?と。そういう怒りもあって、あえて設定を東北の野球部にしたんです。

瀬戸 なるほど(と、うなずきながら樫田の話に聞き入る)。

──瀬戸さんは2回目の朗読劇出演に向けて、ご自身に新たに課している挑戦はありますか?

瀬戸 朗読劇はまたやりたいなと思っていて。樫田さんにも「お声がけいただけたら絶対にやります」と言っていたので、出演できることがとてもうれしいですし、今回は自分が共演者を引っ張っていけるくらい、気持ちの余裕が持てたらなと思っています。小泉(光咲)くん、寺坂(頼我)くんとの会話をしっかりと感じながらセリフを投げたいなと思いますし、ただ立って読むのではなく動きもあると思うので、身体を使ってさらにマツオの心情を表現していけたらなと。

樫田 うん、でも、この座組みで心配なのは(柳沢)慎吾ちゃん。高校野球が大好きだし、すごく真面目だけど、オーバーランするんじゃないかと思ってさ(笑)。

瀬戸 えー! それは僕、何も言えないです!(笑)

樫田正剛は舞台俳優の瞬発力を信じている

──柳沢さんをはじめ、升毅さん、小出恵介さん、小田井涼平さんが出演されるなど、樫田さんの朗読劇はいつもキャスティングが豪華です。数日間にわたり役替わりで同じキャストが何度も出るような朗読劇もある中、この顔合わせでたった1日の公演を行うことにはどのような意図があるのでしょうか?

樫田 朗読劇で何度も公演があると、出演者が作品に慣れてしまうでしょ? 手に持った朗読台本もオブジェのように扱ってしまって、“読む”という行為がおろそかになる可能性がある。回数を重ねることで読み方がうまくなって、真に迫る演技ができることもありますが、それよりも僕は先ほども言ったように、“熟れ感”がない、ヒリヒリするような舞台上の真剣勝負をお客さんに観てほしいんです。出演者が作品と真摯に向き合って、その一瞬にすべてを出し切り、バイバイ!っていうほうが潔いなと。

瀬戸 カッコいいですね。

樫田 テレビドラマとかは、それこそ瀬戸くんもたくさん経験していると思うけど、1日で収録を、しかも前後のシーンに関係なくやっちゃうんです。テレビドラマの俳優たちの瞬発力ってすごくて、その日に原稿が差し代わっても、撮影することができる。もちろん2分や3分の短いシーンですけどね。そういう俳優の瞬発力って、舞台俳優にもあるでしょう? 僕はそれを信じているんです。稽古は1日だけ、台本を持っても良いけど、たった1・2回の公演で勝負する。本当に、改めて見ると、ガチでストレートプレイをやりたくなるメンバーだけどね(笑)。あと、小ずるいですけど、出演者が変わると観に来る人も変わるので、作品がもっと広がるという期待もあります。いろいろな人がこの作品に触れて、あのときの苦しみ、悲しみを思い出して、考えてくれたら良いなって。

瀬戸 素敵です。コロナの終わりって断言するのは難しいと思いますし、つらい経験をしている方もたくさんいる。でも、それを語り継いでいかないと。樫田さんがこうやって文字にしてくださったものを、僕らが声に出して、それを耳で聴いていただくことが大事だなと思います。1つの“劇”になった当時のドラマを多くの方に観に来ていただけたらうれしいですし、上演の数が少ないからこそ、僕たちも緊張感を保ちつつ挑めるので。普段では観られないような、自信満々じゃない僕たちの姿を楽しみに、劇場に足を運んでいただけたらと思います。

樫田 ドキドキだよね(笑)。

瀬戸 はい。手ブルブルの、のどカラカラの僕たちをぜひ観に来てください(笑)。

左から瀬戸利樹、樫田正剛。

左から瀬戸利樹、樫田正剛。

プロフィール

瀬戸利樹(セトトシキ)

1995年、千葉県出身。2014年にテレビドラマ「弱くても勝てます~青志先生とへっぽこ高校球児の野望~」で俳優デビュー。主な出演作に特撮ドラマ「仮面ライダーエグゼイド」、映画「チア男子!!」、テレビドラマ「偽装不倫」「マリーミー!」、FODオリジナルドラマ「シンデレラはオンライン中!」、テレビドラマ「僕らのミクロな終末」など。近年の舞台出演作に演劇集団Z-Lion「夢のLife two トゥライフ」、「あずみ~戦国編~」、DisGOONie “Sailing” Vol.10 anniversary ship 舞台「MOTHERLAND」、朗読劇「青空」、「『FLAGLIA THE MUSICAL』~ゆきてかえりし物語~」、舞台「イヴの時間」など。テレビドラマ「クールドジ男子」に出演中。

樫田正剛(カシダショウゴ)

1960年、北海道生まれ。LDH JAPAN所属。雑誌、バラエティ番組の構成作家、ラジオ・テレビでの放送作家を経て、1991年にテレビドラマ「世にも奇妙な物語 パパは犯罪者」でテレビドラマ脚本家デビュー。以降、さまざまな映像作品に携わる。1992年に旗揚げし、2007年に解散した劇団方南ぐみ、その後の方南ぐみ企画公演での全作品の脚本・演出を担う。代表作は「あたっくNo.1」「THE面接」。近年の主な舞台作品にドラマティックレビュー「TARKIE THE STORY」、舞台 FOCUS2022「アップデート」(共に脚本)、朗読劇「青空」、方南ぐみ企画公演の 朗読劇「おさんぽ」「ハイエナ」(いずれも脚本・演出)など。7月に「THE 面接」(脚本・演出)が控える。