樫田正剛(方南ぐみ)が仕掛け、瀬戸利樹が挑む朗読劇「あの空を。」俳優の声で届ける高校球児たちの“失われた夏”

2020年の高校球児たちの姿を描いた朗読劇「あの空を。」が、全国高等学校野球選手権大会(以下、甲子園大会)開幕の直前となる7月に上演される。

「あの空を。」は、新型コロナウイルス(以下、コロナ)の感染拡大の影響で誰もが葛藤を抱えた2020年、甲子園大会という夢を絶たれてしまった東北の高校球児たちを題材にした朗読劇。方南ぐみの樫田正剛が作・演出を手がけ、2021年6月に「あの空を忘れない」のタイトルで初演後、すぐに「あの空を。」と改題し上演されて以降、再演が重ねられている青春“朗読”劇が、このたび新たなメンバーで立ち上げられる。

ステージナタリーでは、コロナでの体験やそれにより生まれた感情に乗せて本作を「勢いで書き上げた」と言う樫田と、自身も中学時代に千葉県の選抜に選ばれた野球少年で、近年は映像でも活躍の場を広げている出演者の瀬戸利樹に話を聞いた。去る5月8日にコロナが5類感染症に移行され、さまざまな状況が緩和されてきた今、2人が「あの空を。」を通して伝えたい思いとは。

取材・文 / 大滝知里撮影 / Junko Yokoyama(Lorimer)

あの曲を、歌で終わらせるのはもったいない

──朗読劇「あの空を。」は当初、2021年1月に「あの空を忘れない」として上演が予定されていたものの、物語の筋をたどるかのようにコロナで全公演中止となった作品です。もともとは歌手・宮田悟志さんの楽曲「あの空を忘れない」の作詞を樫田さんが担当されたことからスタートした企画だとお聞きしましたが、朗読劇にしようと思ったきっかけは何だったのでしょうか?

樫田正剛 歌手の宮田くんは、彼自身が甲子園(大会)に出て、後輩にダルビッシュ有選手なんかもいる、東北高(等学)校野球部の出身で、寮長も務めていた人なんです。あるとき彼が、マシコタツロウさん(作曲家)のメロディを持ってきて、僕に「この曲で野球の歌を作ってほしい」とオファーしてくれたんですよ。とても良いメロディなんだけど歌詞がパッとは思いつかなくて、最初は「どうしようかなあ」と放置していたわけ(笑)。そうしたらコロナで世の中が大変なことになって、皆いろいろなことにダメージを受けたじゃないですか。テレビで高校野球の大会が中止になったというニュースを見たときはすごく悲しくなって、宮田くんの話を思い出したんです。「あの曲があるじゃないか。宮田くんに、この気持ちを歌わせたい」と。

樫田正剛

樫田正剛

瀬戸利樹 そうだったんですね。

樫田 彼はレコーディングをすると、すぐに母校の東北高校まで行ってMVを撮ってきた。自分の仕事は終わっていたんですが、彼の行動力や熱意を目の当たりにしたときに、「歌で終わらせるのはもったいないな」と思ったんです。そこで、コロナ禍でもできる芝居を考えて、4人くらいが出演する朗読劇が一番良いかなと。

──本作は、秋の東北地区高校野球大会で希望を見いだした弱小野球部の3人が、翌年の甲子園大会を目指そうとする物語です。台本を拝読して、彼らの夢を追うキラキラとした姿やコロナによる大会中止への口惜しさに切なくなった一方で、2020年当時の様子、政府の対応などが時系列で詳細に語られるシーンには胸が押しつぶされるような思いがしました。

樫田 語り部が事実を羅列するシーンでは、皆、コロナに振り回されたはずだから、必ず当時のことを印象深く思い出されるんです。僕はストレートプレイやテレビドラマ、朗読劇というジャンルに関係なく、台本を書きながら演出の画も浮かぶので、トントントントンと事実を並べることで圧迫されていくような効果があるだろうなと思ったんです。ステージ上の俳優と観客が「そうだ、そうだった」という空気になるようなイメージで書いていきました。

俳優たちが次々と“崩壊”?恐るべし樫田マジック

──瀬戸さんは台本を読まれて、どのような印象を持ちましたか?

瀬戸 僕自身、コロナで混乱した2020年の状況をこうやってお客さんに提示する、改めて発信する作品に携わることはうれしい反面、複雑というか。1つの“青春の年”が失われている人たちがいることを思うと、ずっと野球をやっていた身としては、胸がぎゅっとしますね。2度と起きてほしくないことですが、当時はどうすることもできなかった、そのもどかしさが物語から感じ取れて、読んでいてつらかったです。だからこそ、短い公演日数だけど「1人の球児として生きたい」と強く思いました。

樫田 僕は俳優の感情を指導することはできないけど、「あの空を。」を過去に何度か上演していて思うのは、「もうカッコつけている場合じゃない!」ってなっちゃうんだよ(笑)。

瀬戸 ああ、なんかわかります!

樫田 観ている人も、俳優も、皆、コロナで“食らった”よね。そんな記憶の中で、甲子園大会がなくなってしまったことを球児たちが知るシーンでは、気持ちが崩壊して、演技プランもなくなる。お客さんが入った劇場ではよりそうなるといつも感じるんです。

瀬戸 僕は昨年、戦争を題材にした樫田さんの朗読劇「青空」(参照:朗読劇「青空」開幕に益岡徹&渡辺いっけいが思い述べる「いつまでも青い空が続いて欲しい」)に参加させていただいたんですが、あのときもそういう空気感がありました。あれは……“樫田マジック”としか言いようがない。稽古ではスラスラ読んだり、気合いを入れて読んだりしていたんですが、いざ本番となると出演者は皆、涙、涙で、読むのが大変でした。周りが安田顕さん、小池栄子さん、梶原善さんと、ベテランの方ばかりだったので、自分はとにかく「体当たりで突っ込むだけ」という気持ちで臨みましたが、今回はどうなるんだろう。

瀬戸利樹

瀬戸利樹

樫田 そうだね。「青空」は出演者4人の朗読劇で、大人キャスト3人に若手1人という構成だったけど、「あの空を。」ではこのバランスが逆なんです。若者のエネルギーがあって、青春グラフィティだからのっけからカッコいい芝居をする。瀬戸くんがどう読むか、楽しみです。「青空」のときは、とにかくパニクってたよね?(笑) 劇場に入ってからも「僕どうしたら良いですか!?」って僕の楽屋まで来て。

瀬戸 本当ですよ! 初めての朗読劇で、右も左もわからなくて。

樫田 そうそう、すごい緊張感だった。でも実はその緊張感が良いんですよ。ストレートプレイだと1カ月間、ガチで稽古をするじゃないですか。その間にいろいろな失敗をして、それを克服する。でも、朗読劇では稽古は数日、場合によっては数時間しかなくて、皆、不安の中で板につくんだけど、僕はそれが好きで(笑)。今回の作品では、語り部としてベテランが1人いて、そこに若手が3人という座組みで、幕開きに語り部が読み始めるんだけど、ちょっと台本を持つ手が震えているの。あとに出て来る2人目、3人目も皆、少し震えているんですよ。これがね、「おいおいおい! 良いね、良いね!」と(笑)。

瀬戸 あははは。

樫田 熟れていない感じが良いんです。その中で表現しなければいけないことや、伝えなければならないという使命感があるので、途中からは乗っていきますけどね。どんな演劇でも100点は取れないと思っているので、自分たちの中で70点なのか、80点なのか、もっとほかの表現があったんじゃないかと悔しい思いをすることが、朗読劇の面白さかもしれないと思っています。

──「青空」でご一緒された瀬戸さんの、俳優としての印象は?

樫田 真面目。瀬戸くんとは初めてのお仕事で、宣伝写真を見る限り、「ヤンチャなお兄ちゃんかな?」と思っていたんですが、実際の印象は違いました。「青空」では戦渦を生き抜く大和という少年を演じてもらったんですが、共演者が皆大人なので、彼らに身を任せれば良いのに、本人はそれだけでは自分はダメだと感じているのか、「足を引っ張ったらどうしよう」とすごく不安そうだった。そのときにはもう、彼が自信を持って臨むしかないんだけど、すごく真面目な俳優だなと思いました。

瀬戸 (照れたような、なんとも言えない表情)