「わりきるなよ」じゃなくて「わりきれないよ」でありたい
──現体制も定着し、アルバム「銀河絶叫」で今後の方向性が固まった一方、ニューシングル「わりきれないよ」の制作はかなり難航したそうで。下川さんのブログでは、なかなか新曲が作れない様子が何度か書きつづられていました。
下川 ここまで大変だったのは初めてかもしれない。自分では出来がいいか悪いかわからない中、とにかくデモ音源を制作して4人で形にしていくことで、曲作りの感覚を少しずつ思い出したんです。最初に完成した「わりきれないよ」はリハビリみたいな作り方をしました。
──スランプを克服できたのはいつ頃でしたか?
下川 今年に入ってからだったはず。なんでこんなに難航したのか、結局よくわからないんですよね。細かい原因はあったと思うんですが、それが多すぎたというか。
──ところで公式ファンクラブ「魔法の770円らんど」では音源解禁前、会員限定ラジオで全曲解説を行っていましたが、「普通にいい曲」とものすごく漠然と語っていましたね。
声児 せっかく「誰も聴いてない曲を解説しよう!」って張り切ったのに、言うことなくなっちゃいました。
下川 わかりやすいというか、挫・人間にしてはひねくれてないというか……もう「いい曲」としか形容できなかったんですよ。
──そのときの解説内容を交えつつ、各楽曲について聞かせてください。表題曲「わりきれないよ」は「一番ストレートなロック」と形容していて、「意外と挫・人間にはなかった曲調」ということでした。
下川 今回のシングルは「できるだけ今まで通りの曲は作らないようにしよう」というルールを設けたんですが、その目標に一番近付けたのはこの曲かも。
声児 最初はシンプルすぎて違和感があったんですが、練り込んでいくうちにその魅力に気付きました。
下川 普段はとにかくいろんな音を重ねまくるから、シンプルになればなるほど不安になるんですよ。「わりきれないよ」で使ったコードは4つぐらいで、リズムパターンもできるだけ減らして。素材そのものの味で勝負、みたいな曲です。
──2000年代以降のJロックならではのメロウさで、ちょっとバラード的な要素も盛り込まれている、かなりトレンドに寄せたアレンジでした。挫・人間の曲を聴いたことがない人にもオススメしやすそうです。
下川 メジャーなロックバンドっぽいですよね。その一方で歌詞はちゃんと挫・人間らしさを残しています。
──結論を出さなければいけない事柄に対し、「はっきりしろ」と断言するのではなく、「わりきれねえよ」と嘆くような内容でした。
下川 挫・人間は、僕が子供の頃から思い描いてきた精神世界が、外部の存在に捻じ曲げられる様子を表現し続けてきたんです。宝物だと思っていたものに裏切られ、現実を知ってがっかりすることで、どんどんダメになっていく感覚に惹かれるし、それを否定したくなかった。この曲もまさに抑圧を感じて、気持ちが変容していく過程を表しています。
──ある問題に結論を出しつつも、そこに至るまでの妥協や、納得し切れなかったことに対する悩みが吐露されていますね。
声児 ロックそのものもそんな感じよね。あえて悶々とした感情をオープンにしてる。
下川 「わりきれないよ」という言葉にもそのこだわりを盛り込んでいます。「わりきるなよ」とはっきり言ってもいいんですけど、「それを下川が言うのはどうなんだ?」みたいな気持ちがあって。それに割り切ることができなくても間違いではないし、結論を出すことは強制したくないんです。
いろいろ提案したら全パート難しくなっちゃった
──2曲目「マリ」はスピッツのある楽曲を参考にしたとお話していましたが、「僕の天使マリ」のことでしょうか? 仮タイトルも「我が悪魔マリ」だったそうで。
下川 まさにそうですね。でも曲そのものに影響を受けたわけじゃなくて、歌詞を書いているときに突然「僕の天使マリ」を思い出して。そこから登場人物の名前をマリに決めて、イメージを膨らませました。
──曲調については声児さんが「下川くん流のBLANKEY JET CITY」、下川さんご自身は「パンクを意識して作った」と説明しています。キョウスケさんが繰り返し弾くギターフレーズがキャッチーで、「わりきれないよ」とはまた違った耳なじみのよさを感じました。
下川 あのフレーズはキョウスケが突然「変なの思いついた!」と提案してきて、そのまま採用しました。でも最初はなかなか弾けなくて、相当苦戦してたよね?
声児 自分で難しくしたのに(笑)。
下川 しかもレコーディングしながら「ここもうるさくできないか?」「声児これ弾いてみて!」とか、いろいろ提案したら全パート難しくなっちゃって。タイチもここまでテンポが速い曲を演奏したことがなかったらしく、かなりキツそうで。
声児 「これ以上テンポが速くなったら叩けない」って言ってた。限界まで攻めてます。
下川 「わりきれないよ」がシンプルだった分、みんなフラストレーションが溜まっていたのかもしれないです。
──ただ、曲全体の構成自体はわかりやすいんですよね。3曲の中では一番ライブ映えしそう。
下川 僕らがやっていることが難しくても、聴きやすい曲になるよう意識しました。時間も3分以内で収めています。
声児 サラッと聴けるけど、どこを切り取っても誰かしらカッコいい演奏をしてる。
下川 ちゃんと全員分の見せ場があるよね。お客さんもノリやすいですし、対バンやフェスで活躍しそうです。
2分でチャンピオンになりたい人にオススメの1曲
──そして3つ目の「はじけるべき人生」はタイトル以上に弾けた1曲で。声児さんの激しいスラップが炸裂するファンクベースの曲かと思いきや、後半から「We are the champion!!」「君の街にも ボクが来るんだ!!」の大合唱が始まって……。
声児 挫・人間以外がこんな曲を作ったら、絶対ボツにされるよ(笑)。でも「このバンドにしかできない」と言われるような曲があるのって幸せですね。俺はこっちを表題曲にしてもよかったと思います。
下川 どっちを表題曲にしてもいいクオリティだよね。2分でチャンピオンになりたい人は「はじけるべき人生」がオススメです。
──挫・人間らしさを押し出すとしたら「はじけるべき人生」、幅広い層にアピールするなら「わりきれないよ」が合いそうです。
下川 そこは僕らも同意見でした。最終的に間を取って「わりきれないよ」は表題曲、「はじけるべき人生」は先行配信曲にしました。
──ちなみにこの曲、下川さんのアイデアが固まりきっていない中デモ音源がバンド内に共有され、そこから組み立てていったそうですね。
下川 The Pop Group(※イギリスのポストパンクバンド)みたいなイメージでデモを作ったら、すごいチープになっちゃったんです。でもキョウスケとタイチはこのチープさを生かせるよう試行錯誤してくれて。
声児 俺は下川くんがやりたいことはだいたいわかったから、「こういうことだよね?」とか聞きながら一気に固めていったんです。でもキョウスケは真面目に捉えすぎて、ものすごい悩んじゃって。「なんとか作ってみたけど、正直自信がない」って言ってたこともありました。
──声児さんはスムーズに理解できたのに対し、キョウスケさんとタイチサンダーさんが苦戦してしまったのはなぜだったんでしょう?
下川 うーん……ふざけ方ですかね。
声児 俺と下川くんは帰宅部で遊び散らかした人のふざけ方で、キョウスケとタイチはちゃんと部活をやってた人のふざけ方なんですよね。そこにギャップがあるから、下川くんが持ってきたデモの受け止め方も違ったのかもしれない。
下川 あと、キョウスケとタイチから参考用の曲を求められたとき、大量に送っちゃったのがいけなかったかも。
──どんなバンドを例に挙げたんでしょうか?
下川 The Pop Group以外だとMaximum Joyにあぶらだこ、あと巨乳まんだら王国。もあったかな? 今見直したらホントに意味がわからないですね。キョウスケはどれだけ考えても、全然理解できなかったと思います。
声児 俺たちは「これカッコいい!」「いい感じに仕上がってるぞ!」とか言って盛り上がったけど、よく汲み取れたよね。
ロックバンドとしての、新生挫・人間
──下川さんと声児さんの2人編成になってから、「☆君☆と☆メ☆タ☆モ☆る☆」のように演奏を放棄し、ダンスするような曲はほとんど披露しなくなりました。その分演奏や歌詞でどれだけ面白さを出せるのか、一気に舵を切りましたね。
下川 ふざけ方のさじ加減も、これまで以上に意識するようになりました。中途半端にふざけると途端につまらなくなるので、そこはかなり気を付けています。レーサーみたいに言うと、僕らが制御できないぐらい速度を上げて、スピードの向こう側まで到達しないといけないわけです。それぐらい振り切る必要がありますね。
声児 でも、ライブで楽器を一切使わない曲を禁止したわけではなくて。今の2人で肩を並べられるような曲が作れていないんですよ。「☆君☆と☆メ☆タ☆モ☆る☆」も俺が入ったあとに何回か披露したんですけど、夏目くんやアベくんと同じレベルには到達できなかったんです。
下川 それでもダンス頼りのパフォーマンスがなくても、同じ熱量でふざけられる曲は作れるようになってきましたね。
──「銀河絶叫」「わりきれないよ」の2作を経て、ロックバンドとしての腕がかなり上がり、新生挫・人間のスタイルが確立されたと思います。そのうえで、下川さんは今後挫・人間をどんなバンドにしていきたいですか?
下川 今までの挫・人間らしさもうまく残せているので、このまま磨き上げていきたいです。歳をとればとるほど練習量が増えて、みんなも個性を出してくれるので、今はすごく充実しています。しかもありがたいことに、最近ライブの動員も増えているんです。ここまでメンバーの変動が激しいと、ファンが少なくなってもおかしくないのに。
──確かにワンマンのお客さんを見ると、若い方も多いですね。ちゃんと新しいファンが増えている。
下川 今のメンバーならではのフレッシュさがうまく作用しているのかもしれませんね。でもそれは永遠じゃないので、いろんな人に今の挫・人間を知ってほしいです。シングルの初回盤には現体制のライブDVDが付属しているので、試しに一度観てもらいたい。
──DVDには2024年4月に行われたワンマンの映像が収められますが、このライブを機に現体制がうまく軌道に乗った印象を受けたんです。そこから1年経ち、さらに演奏が精錬されているので、挫・人間の転換点を捉えた貴重な映像になったんじゃないかと。
下川 まさにこのワンマンは手応えがあったんですよ。ようやく挫・人間がロックバンドだと証明できるようになった気がします。
──10月からツアーも始まりますが、最近のライブはいかがですか?
下川 8月の頭に3日連続でライブをやったんですけど、いい感じに仕上がってますよ。バンドって一緒にいる時間が長いほど演奏もよくなるので、とりあえずいっぱい遊びたいです。
声児 まずは4人で遊ぶ時間を増やします。
──小学生の夏休みみたいな目標ですね。
下川 そのうち「嫌いな食べ物を減らします」とか言い出しそう(笑)。スタジオ練習やライブ以外の関わり方も大事だと思うので、この4人ならではやり方を見つけたいです。動員もこの調子で増えてほしいね。
声児 「We are the champion!!」というツアータイトルを付けるぐらいだから、来てくれたらもれなくチャンピオンになれますよ。優勝したい人は我々かサンボマスターのライブを観てください。
公演情報
挫・人間 TOUR 2025 “We are the champion!! ~君の街にも僕が来るんだ~”
- 2025年10月1日(水)東京都 新宿red cloth
- 2025年10月3日(金)宮城県 FLYING SON
- 2025年10月5日(日)北海道 Spiritual Lounge
- 2025年10月17日(金)福岡県 INSA
- 2025年10月18日(土)熊本県 NAVARO
- 2025年10月22日(水)大阪府 Live House Anima
- 2025年10月23日(木)愛知県 CLUB UPSET
- 2025年10月30日(木)東京都 渋谷CLUB QUATTRO
プロフィール
挫・人間(ザニンゲン)
2008年に当時高校生だった下川リヲ(Vo, G)を中心に結成されたロックバンド。2010年に下川の進学に伴い活動拠点を熊本から東京に移し、同年にアベマコト(B, Cho)、2013年に夏目創太(G, Cho)が加入した。長年3人体制を貫いてきたが、2020年にアベ、2022年に夏目がバンドを脱退。現在は下川、2020年11月に加入した声児(B, Cho / 中華一番、百獣、SAD EXPRESS)の2人体制で活動している。2024年3月には現体制初となるアルバム「銀河絶叫」をリリース。2025年9月にはシングル「わりきれないよ」を発表した。