挫・人間が下川リヲ(Vo, G)と声児(B, Cho)の2人体制になってから、早くも3年が経った。元爆弾ジョニーのキョウスケ(G)、タイチサンダー(Dr)をサポートメンバーに迎えてからはストイックにバンドサウンドを追求し、2024年発表のアルバム「銀河絶叫」で新たなフェーズへと突入。これまでの挫・人間らしさを残しつつ、一気に演奏の腕前を上げた。
しかし下川は「銀河絶叫」発表後、新曲がまったく作れないスランプに陥ってしまったという。彼はどのようにスランプを克服し、9月3日リリースのニューシングル「わりきれないよ」を完成させたのか? 音楽ナタリーのインタビューではこの1年間を振り返りつつ、“普通にいい曲”になったというシングルの3曲を解説してもらった。
また今回のインタビューには、声児が初めて参加。“パリピ”マインドあふれる彼の経歴や演奏スタイル、個性的なミュージシャンを多数輩出している地元・北海道のバンド事情についても紹介する。
取材・文 / 高橋拓也撮影 / 藤咲千明
北海道からやってきたパリピ
──挫・人間のインタビューは何度も行ってきましたが、下川さん以外のメンバーも参加するのは初になります。声児さんはもともと北海道で活動していたんですよね。上京されたのはいつ頃ですか?
声児(B, Cho) 2015年に一度上京したんですが、1年ぐらいで地元に帰っちゃったんですよ。
下川リヲ(Vo, G) なんで東京に来てたの?
声児 ウケるかなって。生活してみたらめっちゃ過酷でした。
──私は声児さんのことはヒップホップクルー・中華一番で知りました。2015年に殺害塩化ビニールからCD-R作品を発表しましたよね。
声児 うわっ、懐かしい! もう10年経ったのヤバいな。この頃はすでにベーシストとして活動していたんですけど、中華一番が先に有名になっちゃったんです。
──中華一番と並行して、ヘヤアズというバンドでも活動していて。
下川 さらにその前はAABACOのメンバーだったよね?
声児 そうそう。今は作家として活動している、山塚リキマルさんのバンドです。
下川 僕が声児と初めて会ったのは爆弾ジョニーとの飲み会で、坂本大季さん(踊ってばかりの国)が連れてきたんですよ。めっちゃパリピだったからすぐ仲よくなって、翌日彼が所属していたチカチイロのライブを観に行ったんですね。そうしたら歌もののバンドなのに、すごいニコニコしながらスラップを弾いてて。一発でヤバい人だとわかりました。
──声児さんは飲み会によく出没することで有名ですよね。この間、札幌のバンド・ホノオミカのライブDVD-Rを観ていたら、打ち上げのシーンで酔った声児さんが出てきてギョッとしました。
声児 図々しすぎですよね(笑)。ホノオミカとは仲がよくて、ミュージックビデオにもダメなホスト役で出演してます。
──北海道は苫小牧で企画「FAHDAY」を主催しているNOT WONKをはじめ、GEZANのレーベル・十三月と関わりのあるthe hatchやGlans、現在も札幌を拠点にしているCARTHIEFSCHOOLや喃語、最近注目を集めているテレビ大陸音頭など、個性的なバンドを多数輩出しています。腕を磨くための環境が北海道には整っているんでしょうか?
声児 1年に1回、雪の量がすごすぎて外に出られなくなる期間があるんですけど、それが関係あるかもしれないです。バスも電車も動かないので、自宅で音楽を聴くか、楽器の練習しかやることがなくて。それで春になって集合すると、みんなえげつない量の音楽をインプットしていたり、演奏がうまくなっていたりするんです。
下川 あと、僕が観ている限りだと、北海道のバンドはみんな負けず嫌いですよね。同世代にむちゃくちゃいいミュージシャンが集まって、お互いを尊敬するあまり「こいつにはガッカリされたくない」みたいな気持ちが生まれるのかもしれない。そこで鍛えられて、いいバンドが多くなったのかも。
声児 それで2017年頃にまた上京したんだけど、俺が挫・人間に入ったの、いつ頃だっけ?
下川 2020年だね。ベースだけ持って上京したんだよね? 家も借りてないのに。
声児 うん。ホームレスしてた。
下川 今どきそんな人いないですよ。
──挫・人間加入前はさまざまなバンドのサポートベーシストを務め、バーなどで知り合った方と即興でセッションもやっていました。当時のアメーバブログの投稿にいくつか動画が残っています。
声児 とにかく友達が欲しかったんですよ。いろんなところに首をつっこんでました。
──そこから百獣、SAMURAIMANZ GROOVE、SAD EXPRESSなど複数のバンドを兼任していきますが、木下百花さんのバンド・150.2bitにも参加していたのは意外でした。
声児 ももちゃん(木下)にはすごくお世話になりました。150.2bitだけじゃなく、2人でメタルkawaiiっていうヒップホップユニットもやったりしたんですけど、何かの飲み会で記憶が飛ぶくらい泥酔しちゃって。それ以来会わなくなっちゃったんです。
下川 記憶が飛んじゃうと、どう謝ればいいかわかんないよね……。
声児 絶縁するぐらいだから相当酷かったんだと思うし、申し訳ないです。ももちゃんは今もいっぱい活動していてうれしいですね。
こんなパーティ野郎でも受け入れてくれてありがとう
──そして声児さんは2020年11月、挫・人間に正式メンバーとして加入しました。一般募集も行われましたが、その時点ですでにバンド内では声児さんが候補に挙がっていたそうで。
下川 声児に声をかけたら「俺が挫・人間入るの!? ウケる」と返事が来て、速攻でOKしてくれたんですよ。
声児 ただ当時のベーシスト、アベ(マコト)くんの演奏がものすごくうまかったから、「俺でも大丈夫?」って確認したのは覚えてる。「それでもよければ全然やります」と話したはず。
下川 挫・人間はベースの役割がかなり重要ですけど、アベくんとはまた違ったタイプの人を探していて。ベースがうまい人ってきっちり曲構成を組む人が多くて、アベくんがまさにそういうタイプだったんです。逆に声児は即興性を重視するスタイルで、まさに求めていた人材でした。
──アベさんはAメロ、Bメロ、サビとパートごとに奏法を変えて弾くのが得意でした。一方で声児さんは全体のコード進行を把握して、ある程度即興で演奏するようなスタイルで。
声児 逆に俺はどこでどう演奏するか、しっかり決めることができないんですよ。レッチリ(Red Hot Chili Peppers)のライブ映像を観て演奏法を学んだので、スタジオ音源とライブで聴ける音が違うほうがうれしくて。生演奏ならではの興奮って言うんですかね。
下川 声児はアドリブがめちゃくちゃうまいよね。的確にキメてくれるし、そこは遠慮なく優先してほしかったので、思い切って方向転換しました。今話していて気付いたんですが、僕もゆるやかな余白のあるライブが好きなのかもしれないです。どこか1つでも、その日のライブならではの奇跡を見せられたら面白いですからね。
声児 過去曲で何度試してもアベくんのように演奏できなかったので、俺のスタイルに合わせてもらえてありがたかったです。あと、こんなパーティ野郎がいきなり加入して、ファンはどう思うか心配だったんですよ。それでもすぐに歓迎してくれて、みんな優しいよね。
高すぎるカルチャー知識のハードル、乗り越えたカギは意外な共通項
──ところが声児さん加入後、スローセックス石島さんと夏目創太さんが立て続けに脱退し、サポートメンバーも安定しない期間が続きました。立て直すのは大変だったのではないでしょうか?
下川 かなりキツかったです。あの頃はコロナ禍ということもあり、ライブハウスでの演奏方法も大幅に変わったので、元に戻しようがなかったし。
声児 俺も死ぬほど練習しました。何度も話し合ううち、「挫・人間の音楽はこう」というふうに擦り合わせていくんじゃなく、その時々のメンバーに合わせて柔軟に変えていったんだよね。
下川 もともとメンバーの入れ替わりが激しいバンドなので、そこはわりとスムーズだったかも。プレイヤーそれぞれの音の特徴があるので、その中でできることを探しました。
──挫・人間は2000年代前後のサブカルチャーやネットカルチャーに関する造詣の深さも求められますが、声児さんはそのあたり、大丈夫でしたか?
声児 アニメとかゲームの知識はあんまりないんですよ。ネットカルチャーも、同世代に人気があるものをある程度知ってるぐらい。
下川 でも声児、マンガについてはそのへんのオタクより詳しいですよ。「それも読んでるの!?」ってびっくりするタイトルを突然挙げることがあるし。
──過去のブログでも「ONE PIECE」の話をしていたかと思いきや、いきなり「ウルトラヘヴン」(※小池桂一が「コミックビーム」で連載していた作品)の話題になったり。
下川 あとは深く読み込むタイプなので、1つの作品についてじっくり話せるんですよね。そこは僕と相性がいいです。
声児 趣味が合わない、みたいな問題は全然ないよね。
下川 そこのハードル、挫・人間はホント高いですから。だからメンバーを募集しても集まらないんですかね。
声児 それ絶対あるよ(笑)。下川くん、テンションが上がると突然「SEGAのゲームだと何が好きなの?」とか言い始めて、そうなったら「誰もついていけないよな」と思うもん。
下川 SEGAの話、声児には普通に通じたの意外だったんだよね。
声児 同級生が(NINTENDO)64を買ってた頃、俺はメガドライブだったんで。
下川 貴重ですね。
──その後2023年には爆弾ジョニーやSAMURAIMANZ GROOVEで活動していたキョウスケさん、タイチサンダーさんがサポートメンバーとして定着しました。
下川 意外に思われるかもしれないんですが、爆弾ジョニーと挫・人間は求めているサウンドとか、カッコよさと面白さのバランス感覚はよく似てて。やりたいことはスムーズに共有できています。
声児 だからこそ、この4人で作ったアルバム「銀河絶叫」では一気に振り切れましたね。バンドサウンドにこだわった、すごくいい作品になった。
下川 聴いてくださった方々にも、僕らの新しい方向性を理解してもらえた気がします。
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「わりきるなよ」じゃなくて「わりきれないよ」でありたい