昨年4月に下川リヲ(Vo, G)、夏目創太(G, Cho)、マジル声児(B, Cho / 中華一番、百獣)の3人体制での活動をスタートさせた挫・人間。同年8月にニューアルバム「散漫」を発売したあとはライブ活動も活発化し、ようやく軌道に乗り始めたように思われた。しかし今年3月に入ると突如ライブ活動がストップし、5月には夏目の脱退が決定。5月から7月にかけて行われたツアー「挫・人間 -メンバー募集“1”でワンマン- TOUR」をもって3人体制での活動はひと区切りとなった。
2020年以降、バンドからアベマコト(B, Cho)、スローセックス石島(Dr, Cho / ex. ベッド・イン with パートタイムラバーズ)、そして夏目と立て続けにメンバーが脱退してしまったその理由はなんだったのか? 音楽ナタリーでは3人体制最後の作品となるニューシングル「このままでいたい」発売に合わせて下川にインタビュー。この1年間の活動を振り返ってもらいつつ、「このままでいたい」の制作背景、そしてメンバー脱退が続く理由について語ってもらった。
取材・文 / 高橋拓也撮影 / 塚本弦汰
まさかの夏目創太脱退、そのとき下川リヲは
──アベマコトさんだけでなく、まさか夏目創太さんも脱退する(参照:挫・人間から夏目創太が脱退)とは思わなかったです。
いやあ、びっくりしますよね。
──去年8月にアルバム「散漫」を発表したあと、今年2月までに5回もワンマンをやっていましたし、ライブの本数自体かなり増えていたので、バンドの状態は良好だと思ったのですが。
事務所の人ががんばってくれたおかげでライブの本数はかなり増えたし、コロナ禍での対応もだいぶ落ち着いていましたからね。どのバンドもコロナ禍以降、これまで定着していたルーティンとか活動ペースが崩れて、練習や制作に向ける考え方が変わったと思うんです。だけど僕らの場合はそこまで影響がなくて。
──ライブができないことやリモートでの制作環境に慣れないバンドマンも多いようですが、下川さんはそういった部分でストレスは感じなかったんでしょうか?
ほとんどなかったです。基本ずっと家にいるタイプなので、生活も全然変わってないんですよ。飲食店が空いていたり、映画館も1席空けになったからむしろラッキーと感じていたぐらいでしたし。でも今年、声帯にポリープができちゃって。
──少し前に病状を明かさず通院していたことをブログに書き込んでいましたが、これはポリープの治療だった?
そうですね。でも手術なしで治療できたので、もう大丈夫ですよ。だから「心配ないです」と投稿していたんです。
──ところが今年2月の愛知・APOLLO BASEでのワンマンが終わったあと、3月からライブ活動が突然ストップしてしまいました。この時期、何があったんでしょうか。
個人的なトラブルがいろいろ重なってしまって。この直前までは楽曲制作もスムーズに進んでいたんですけど、突然滞っちゃいましたし。事故物件に住んでるからですかね……(※下川は昨年1月に事故物件に引っ越した)。
──去年取材した頃は大丈夫そうでしたけどね。
あと大きかったのは……友達と一緒にバンドをやることが僕の努力の源だったんですけど、「それじゃ何も変わらないのでは?」と考え込んでしまって。その気持ちを夏目や(マジル)声児に相談できず、抱え込んでいるうちダウナーになっちゃったんです。練習もすごくギスギスし始めて、スタッフがワンマンの会場を押さえてくれても「やりたくない」って断ったり。曲制作もライブもできないから、「もうダメだ」みたいな状況でした。
──1つ大きな理由があったのではなく、ちょっとしたことが積もっていって、それが爆発してしまった?
両方ありますね。それに「こんな感じでバンドを続けてもどうしようもない」という考えは、今まで何度も頭の中をよぎることがあったので。今回は自分自身の気持ちをメンバーにまったく話さず、「あいつ何考えてるんだ? どうしたんだ?」と心配させる状態が長く続いてしまったんです。
──そして5月、夏目さんがバンド脱退を発表することに。
おそらく夏目は、僕がバンドに対する悩みを抱え込んでいたことにショックを受けたのかもしれません。それでもバンドが解散しなかったのは声児のおかげで、一緒に話し合う機会を作ってくれたのは彼だったんです。それがなかったら危なかったかもしれない。
──夏目さんが抜けることになったあと、5月から7月にかけて現体制最後のワンマンツアーが行われました。私は東京公演を拝見したのですが、皆さんいつも通りの様子で、「このまま3人体制で続けていく」と言っても違和感がないほど、ギスギスしたものを感じなかったんです。
みんな自然と「ツアーは最後まで走り切ろう」という気持ちになりましたけど、そこまで深くは考えていなかったかも。夏目との付き合いも相当長いですからね。むしろ吹っ切れてスッキリしてた。
──しっかり3人体制の区切りを付けられたというか。
そうですね。隅っコ(挫・人間ファンの呼称)たちも脱退慣れしてるのか、メソメソするような雰囲気がまったくありませんでしたし(笑)。僕らが元気に演奏しても、お客さんが悲しんでいたら、夏目が浮かばれませんからね。
──アベさんが脱退するとき、さんざん「お前らがしんみりするとムカつくんだよ!」って言ってましたよね(笑)。
思い出しました。ブチ切れてましたね(笑)。そうしたらお客さんたちが、悲しまないスキルを身に付けてくれて、さすがだなって思いました。
定食がご飯だけになるみたいで不安なんですよ
──ニューシングル「このままでいたい」は夏目さんが参加した最後の作品になります。いつ頃から制作に入ったんでしょうか?
本格的に動き出したのは夏目の脱退が決まってからですね。スランプに入る前、ある程度完成させていた曲の中から3つ選びました。
──挫・人間は特定の音楽ジャンルに囚われない、バラエティ豊かな音楽性が特徴だと思うのですが、今回のシングルは特に各楽曲、それぞれまったく異なるアプローチが取られています。曲数が少ない分、明確に整理された印象を受けました。
アルバムだと統一性を持たせるのが難しいですからね。シングルならではのわかりやすさかもしれないです。それに、似たような曲ばっかりだと不安になっちゃうんですよ。今まで定食をずっと出していたのに、シングルになった途端ご飯だけ……みたいに極端な感じになりそうで。
──過去のインタビューでは「アルバムの制作は毎回つらい」とお話していましたが、今回はいかがでした?
アルバムは作るたびに「二度とバンドなんてやらない」と思うぐらい消耗するんですけど、今回のシングルの制作は純粋に楽しかったです。夏目が抜けることで全員吹っ切れたし、バンドの雰囲気も明るくなって。夏目自身も肩の力を抜いて作業できたんじゃないですかね。
バンドは変わり続けないと意味がない。だけど「このままでいたい」
──表題曲の「このままでいたい」は繊細かつノスタルジックな心情を表した楽曲で、さわやかな雰囲気ではあるのですが、「笑って酔って泣いて 愚痴りながら手繋いで」という歌詞からは、今年4月に亡くなった元メンバーで、下川さんが熊本にいた頃からの友人、吉田拓磨さんのことを想起しました。下川さんと吉田さんが手をつなぎながらはしゃぐ動画(参照:下川リヲーヌ (@shimokawakun) | Twitter)を彷彿とさせますね。
具体的に誰かに向けて作った曲ではないのですが、吉田との思い出も盛り込まれています。ちょうど夏目が脱退することが決まった日、吉田にもう一度ドラマーをお願いするって案が挙がったんですよね。僕もまた一緒にバンドをやりたかったし、「ついに吉田を誘えるぞ」と思っていた矢先、吉田の携帯番号から何件も着信が入って……。
──それがご家族の方からの電話だった。このエピソードについてはブログに詳細が書かれていましたが(参照:挫・人間 公式ブログ)、私も吉田さん在籍時代のライブを何度か観ていたので、非常にショックでした。
悲しいすれ違いになってしまいました。「このままでいたい」の歌詞は夏目の脱退が決まって、吉田が亡くなったあとに書き始めたので、一連の出来事をテーマにしておきたかったんです。ただ、死や脱退について直接書くと重くなりすぎちゃうので、恋人だったある2人がお別れすることを土台にしました。そこでできる限りシンプルな言葉を選んでいくうち、「このままでいたい」というタイトルが思い浮かんで。
──挫・人間が目まぐるしくメンバーが変わるバンドであるのに対し、「このままでいたい」というタイトルを打ち出した理由は?
長い期間バンドを続けていくには、どんどん変わっていかないと意味がないと思うんです。でも変わるには、ある程度ダメージを受ける必要もあって。変わることに関してはわりと強気なので、メンバーの脱退も厭わない一方、どこかで寂しさがあるのも事実で。そういう気持ちはオープンにするべきじゃないと感じていて、普段は押し殺しているんですが、ありとあらゆるお別れを総括して、自分の一番もろいところから出てきた言葉が「このままでいたい」だったんです。このタイトルが先に決まって、一気に歌詞を完成させました。
──先ほど引用した歌詞に加えて「最後まで作ろうか 神にさからう 愛のうた」という部分からは、ブログ内で書かれていた下川さんの心情と同じく、吉田さんが亡くなったことでバンドを続けていく理由を見出せたこと、挫・人間というバンドを続けていく覚悟にもリンクしているように感じられました。その一方、夏目さんが脱退することに対する複雑な気持ちも込められているようで。
夏目と一緒に演奏するのは楽しいんです。できることなら3人体制を続けたかったですけど……。「変わらないといけない」と意識しているときほど、どこかで「このままでいたい」という気持ちは生まれますよね。
──確かに変わらざるを得ない状況にならないと、あまり「このままでいたい」とは意識しないですし。
そんな変わること、居心地のよい場所に残り続けたいことの両方を表現したのが「このままでいたい」です。あとはただれた恋愛をしている友達のエピソードも影響してるかもしれませんね。別れたほうがいいけど、このままでいたいと思ってたんだろうな……みたいな。そういう、ごちゃついた感情がギュッとまとまってます。