挫・人間|散漫だっていいじゃない…… ぶれ続けた結果「むしろいい」境地に行き着く

2020年3月にアルバム「ブラクラ」リリース後、10年間活動を共にしてきたアベマコト(B, Cho)の脱退を発表した挫・人間。新型コロナウイルスの感染拡大により、当初から半年近い延期に見舞われながらも、予定していたツアー全日程をアベを含む3人で無事にこなすことができた。そして11月には新メンバーとしてマジル声児(B, Cho / 中華一番、百獣)とスローセックス石島(Dr / ex. ベッド・イン with パートタイムラバーズ)が加入。翌2021年2月にはバンド史上最大キャパとなる東京・USEN STUDIO COASTでワンマン「挫・人間の人生大冒険」を開催し、順調な再スタートを切ったように見えた。

しかし4月には、加入からおよそ5カ月で石島が脱退。さらに声児が骨折、募集中の新ドラマー応募者はいまだ0人と、ピンチが重なる事態となってしまった。そんな大混乱の中、彼らはニューアルバム「散漫」をどうやって完成させたのか? 音楽ナタリーでは取材日直前に誕生日を迎えた下川リヲ(Vo, G)を祝いつつ、この1年間とアルバム制作時のエピソードを振り返った。

取材・文 / 高橋拓也撮影 / 山崎玲士

僕らトークイベント、やりすぎですよね

喜ぶ下川リヲ(Vo, G)。)
ワイングラスを片手に微笑む下川リヲ(Vo, G)。
指に付いたクリームをしゃぶる下川リヲ(Vo, G)。

──30歳のお誕生日おめでとうございます。よければこれ、どうぞ(ケーキを取り出す)。

わっ、ありがとうございます! 今年まだケーキ食べてないんですよ。30代って大台に乗った感じしますけど、あんまり実感湧かないですね。

──突然何かが変わるわけではないですからね。それにしても「ブラクラ」リリース後はいろいろあったので、この1年間を振り返らせてください。まず去年3月にアベマコト(B, Cho)さんの脱退発表がありましたが、もともとは5月に脱退前最後のワンマンを行う予定でした。ところがコロナ禍に入り、10月まで延期することに。

発表してから辞めるまで半年近くかかったから、変な感じでしたよ。お互い「早く辞めたいな」「辞めてほしいな」みたいな状況になってました(笑)。そんな中、事務所のスタッフががんばってくれたおかげで、なんとかツアーの全日程はこなせて。去年は対バン系のイベントもかなり出演したのでライブ本数が多かったですが、感染者が1人も出なかったのはホントによかった。

──ライブだけでなくトークイベント「挫・人間トーク」も10回行っていますし、かなり露出は多かったですね。

僕1人だったらたまにトークイベントのゲストに呼ばれることはあったんですけど、バンド主催でトーク企画をやるのは初めてでした。ただ10回はいくらなんでもやりすぎですよね。

──でも、このトークイベントのおかげでバンドの近況を知ることができたので、ライブとはまた違った安心感が生まれていたのも確かで。それから昨年3月に新メンバーのオーディションを実施し、同月に募集を締め切っていましたが、こちらも半年近く期間が空きました。その間、新メンバーとのやりとりはどんな状況だったんですか?

すでにスタンバイしてて、スタジオに入って練習してました。アベくんにはだれが入るか内緒にしてたから、うっかりバラしちゃいそうになって。そこだけは大変でした。

下川リヲ(Vo, G)

観客全員から無視されるボーカル

──昨年10月にはアベさん脱退前、最後の東京公演がTSUTAYA O-EASTで行われました。都内ワンマンの会場はここ数年渋谷CLUB QUATTROが続いていましたが、O-EASTはいかがでした?

やっぱデカかったです。どのくらいお客さんが来るか心配でしたが、規制の設定キャパで売り切れましたね。安心しましたし、アベくんも喜んでくれたと思います。あと、アベくんも僕も「感傷的な雰囲気になったらすごい嫌だな」と思ってたんですけど、「辞めないで」みたいな声は全然なかったです。

──ライブ中に「お前らがしんみりするとムカつくんだよ!」とか、さんざん言ってましたよね(笑)。コールを催促してもレスポンスできない状況、すごく楽しんでいたようで。

普通はあり得ないですよね。あれだけのでかい会場で、ロックバンドのボーカルが観客全員からコール&レスポンスを無視されるなんて、なかなか体験できないですよ。コールできないことを悲観的に見ているバンドも多いですけど、僕らはそういう特殊な状況を満喫しました。

──ちなみにアベさん脱退と同じタイミングでサポートドラマーのキモツ(THE 抱きしめるズ)さんも抜けましたが、特に告知されず、Twitterでさりげなく発表していました。

なんだか扱いが悪い見え方になりましたが、「サポートメンバーだし別にいいか」みたいな温度感でしたね。キモツさん号泣してたけど、みんなから「なんでお前が泣くんだよ」とか言われてましたし。

下川リヲ(Vo, G)

──最後までひどい扱いですね(笑)。その後、11月にはマジル声児(B, Cho / 中華一番、百獣)さんとスローセックス石島(Dr / ex. ベッド・イン with パートタイムラバーズ)さんが加入しました。意外に感じた一方、妙にしっくりくる人選で。

石島さんは以前から僕らのことをチェックしてくれていたんですけど、ベッド・インとの交流は今までなかったんです。オーディションで初めて知り合いました。逆に声児とは以前から交流があって。爆弾ジョニーやTHE★米騒動とか、北海道には仲のいいバンドが多いんです。それで昔、北海道のライブ終わりの飲み会になぜか声児もいて(笑)。声児は当時ホームレスで「めちゃくちゃなやつがいるな」と思いつつ、後日彼がベーシストとして所属してたチカチイロのライブを観に行ったら、もうブリッブリなベースを弾いてて。そこから仲よくなって、だいぶ長い付き合いになります。

──声児さんはメンバー募集のとき、すぐ応募してくれた?

そうですね。実は僕らも「声児がいいんじゃない?」と話してて、催促したらすぐ応募してくれました。声児とは面白がれる部分が似てるし、彼は音楽に対して真面目だから、気が合うんですよね。

せっかくだからSTUDIO COASTでワンマンやるか

──4人体制になってからは配信シングルを数作発表し、今年2月にはUSEN STUDIO COASTでワンマンを行っています。O-EASTよりもさらに大きい会場になってギョッとしました。

僕らも一般解禁の直前まで知らなかったんですよ。このご時世でお客さんをフルキャパシティで入れられないので、スタッフの間で「せっかくだからでかい会場でやるか」みたいな話になったんだと思います。O-EASTの倍近い広さですよね? もう実感がなくて、逆に感想が出てこなかった。

──あの規模になるとライブもすごく緊張するんじゃないかなと思ったのですが、大丈夫でしたか?

声児と石島さんは緊張したかもしれないけど、意外と僕はリラックスしてましたね。お客さんには座っている椅子の周りを回転する“1人モッシュピット”をやってもらったんですけど、壮観でした。今はウォールオブデスみたいな、お客さん同士が密着するようなことができないので、代わりにぐるぐる回ってもらって。みんな躊躇せずやってくれたので心強かったです(笑)。

──ところがこのワンマンが終わったあと、4月に石島さんが脱退してしまいます。脱退の背景はトークイベントでも触れられていて、要約するとバンド活動以外のモチベーション、例えばトーク企画で紹介するためのプレイリストがなかなか届かなかったり、そういった部分が合わなかったようで。

なんかどっちの器がちっちゃいかわからない話ですが(笑)。バンドは小さい共同体だから、1人がかみ合わないだけでしんどくなるんです。この状態が続くのは厳しいと思って、石島さんと早いタイミングで話し合った結果、脱退することに。

──そこから3人体制に戻った矢先、今度は声児さんが手を骨折してしまい……。

もうめちゃくちゃですよ……。こっちとしては大ごとなのに、友達に「ドラマチックな出来事が多くてバンドっぽい」とか言われました(笑)。しかも声児の手、サムズアップで固定されてて、ご機嫌な感じだったんですよね。すごい申し訳なさそうで、ベースが弾けないのに毎回スタジオ練習も来てくれて。サムズアップしながら「全然よくないんだけど……」って言ってて、ホントにかわいそうでした(笑)。