米津玄師|“身も蓋もない現実”をどう生きる? 空元気で生き抜く毎日に寄り添うワークソング

“抗えない土台”の上でどう生きていくか

──2番の歌い出しの歌詞には「ぢっと手を見る」というフレーズがあります。これは石川啄木「一握の砂」の「はたらけど はたらけど猶わが生活楽にならざり ぢっと手を見る」からの引用だと思います。「さよーならまたいつか!」でも種田山頭火の「しぐるるやしぐるる山へ歩み入る」を引用した歌詞がありましたが、今回に関してはどんな意図があったんでしょうか?

何も意図してませんが、2番の頭で引用するのがマイブームなのかもしれないですね。ただ、「さよーならまたいつか!」に比べると、毎日働いている、そういう繰り返しの生活を歌っている歌に「はたらけど はたらけど」からの引用というのは、飛躍がなくてちょっとそのまますぎるなとも思いました。ただ、そういう愚直な感じはこの曲に似合ってるなと。

──この曲がワークソング、ある種の労働歌として成り立ってるという意識はありますか?

そうですね、それは意識しました。働くってことに対して曲を書くということは、今まであまりなかったと思います。それなりに大人になって、いろんな感覚、自覚が変わってきたってことなのかもしれないですね。10代、20代はほとんど遊びというか、子供の頃から曲を作って遊んでいた延長線で進んできたので、どこか夢見心地だったというか。それが悪いことではないとは思うんですけど、大人になってクリアしなきゃならないものが増えたのか、形が変わったのか、責務を果たすじゃないですけど、仕事として1つのことに向き合っていくということについて、歳を取るにつれて自覚的になる部分はどんどん大きくなってきているかもしれないですね。

──今の時代にワークソングを作るということは、先ほど話していただいたような、生まれた環境や運で自分の適正や能力がある程度決まってしまっていて、その感覚が世の中に広がっているという話に結び付くところがあると思います。人のあり方が多様であり、それぞれに配られたカードみたいなものも見えてしまう。だけど落ち込んでいられない、身も蓋もないけどがんばるしかない、みたいな。そういう感情が浮かび上がってくる曲になっているように思いました。

そうですね。本当に身も蓋もないというか。10代や20代は、とにかく自分の目の前のやるべきことに必死になって取りかかっていればよかった。自分が幸運な生き方をしてるからそう感じるのかもしれないですけど。そうしていくうちに、人生ゲームの司会者みたいな人に「あなたの20代はこうでした」って言われる。そうなってから、どうしようもない部分が明確に、自分の目の前にもっとより色濃く現れてくる感じでした。

──どうしようもない部分というのは?

いろいろあります。自分の性格とか、そもそも生まれ持った資質っていうのは誰にでもあるものだと思うんですけど、どう変えようとしても抗えない部分は変えようと思えば思うほど後ろからずっとついてくる。10代や20代のときは「やってたらなんとかなる」と思っていたけど、今は「自分って結局こんな感じだよな」というのが1つ答えとして出て、その土台の上でどう生きていくかということを考えなきゃいけないような気がしている。その後ろからついてくるやつと仲よくやるしかない。

米津玄師

リーサルウェポンとしての空元気

──この曲の“聴かれ方”に関しても話を聞かせてください。「さよーならまたいつか!」は朝ドラの主題歌として朝に聴かれるということを意識した、「LADY」はさわやかさや軽やかさみたいなものを意識したということをおっしゃっていました。「毎日」についても、CMソングとして人の日常の中に入ってくるような曲にしようという意識はありましたか?

うーん、今回はそんなに考えてないですね。

──逆に言うと、そこを考えて最初に挑んだら行き詰まった?

「“LADY 2”を作りたくない」と最初に話しましたけど、思い返してみると「さよーならまたいつか!」の次に出る曲というのもあって、「朝っぽい曲が続くな」といったような気持ちがあったんです。だからなのか、作っていると「これは朝じゃねえよな」みたいな曲が湯水のように出てくる。出てきたものに対して「違うよな」「これは朝じゃねえよな」「これも朝じゃねえよな」ってやっていくうちに「いや、もう考えてもしょうがない」と。破れかぶれの空元気、“リーサルウェポンとしての空元気”を取り出すしかなかったっていう。そういう感じかもしれないですね。空といえど元気は元気なんで、日がさんさんと照ってる明るさみたいなものは、もしかしたら表面上かもしれないけれども、宿せるなと思ったんで。なので空元気しかなかったっていう感じかもしれないですね。

──「毎日」はサビだけを聴くのとフル尺で聴くのとではまったく印象が異なる曲だと思います。サビだけ聴いた人は軽やかな毎日の曲というふうに受け取るけれども、フルで聴くとものすごい切迫感がある。電車の環境音で始まるイントロとか、「この日々をまだ愛せるだろうか」という声だけで終わるところとか、この曲の持つ二面性みたいなものが細部にわたって構築されているとも思います。

最後の「愛せるだろうか」も、もう少しわかりやすく希望的に終わってもいいのかなと思ったりもしたんです。「愛せるだろうか」って疑問形じゃなくて「愛せる」という断定で終わらせるという選択肢もあった。でも、それはすごく嘘っぽいと思ったんです。今の自分のマインドがこうだから、そこから離れられなかったということだと思うんですけど。そもそも、自分のことを愛せるかどうかっていうことを繰り返し反復しながら生きてきたんですよね。どうしようもない部分をどうにかするためにどうしたらいいかみたいなことをいろいろ考えてきたけど、やっぱりどうしようもない。自分のことを愛せるのか、愛せないのか? これを何回も何回も反復しながら「今日は愛せる」「今日は愛せない」って。

──なるほど。

自分の人生は直列に並んだ電球のようだと思うときがあるんです。電球を1個1個直列につないでいって、自分の手元にスイッチがある。電球というのは、要するに日々の仕事だとか、自分の生活の中で培ってきたこと、構築してきたもののことで。で、自分の手元のスイッチを自分の意志とかその日の状態によってオンにするときもあれば、オフにするときもある。直列なもんだから、オフにするときは全部灯りが消えちゃうんです。自分が自分のことを愛してないから、自分が培ってきたこと、つないできた電球も全部悪意のように見える。かたや、気まぐれでスイッチをオンにしたら一斉にピカピカと光って、今までの自分の人生ってなんて素晴らしいんだと思える。自分の持ってるスイッチ次第というか。愛せるのか、愛せないのか、その確認の反復が自分の人生には大きな意味があった。「愛せるだろうか」というのは、自分にとってはものすごく日常的な表現だし、希望的なニュアンスを含んだ表現ではある。そういう感じがあります。

──ちなみに今回もジャケットのイラストは米津さんが描かれたんですよね。この絵はどういうアイデアで描いたものなんでしょうか?

いつもは情景をイメージしながら曲を作ることが多いんで、ジャケットを描くときもなんとなくの取っかかりがあるんですけれど、今回はまったく何もなかったんで「ジャケットを描いてください」と言われて途方に暮れてたんですよ。でもスタッフが「なんか『猫踏んじゃった』っぽい曲だね」みたいな話をしていて。ちょっとどういう意味かわかんないですけど「なんか猫っぽい」って言われた記憶だけが頭にあって、じゃあ猫を描くしかないなと。これもまたある種の開き直りなんですけど、これは自分の楽曲のジャケットを自分で描いている人間の特権だと思うんです。全然関係ないものでも、描いたら成立するという。ホント、ただの開き直りなんだけど。だから、猫を描きました。

米津玄師「毎日」ジャケット

プロフィール

米津玄師(ヨネヅケンシ)

1991年3月10日生まれの男性シンガーソングライター。2009年よりハチ名義でニコニコ動画にボーカロイド楽曲を投稿し、2012年5月に本名の米津玄師として初のアルバム「diorama」を発表した。楽曲のみならずアルバムジャケットやブックレット掲載のイラストなども手がけ、マルチな才能を有するクリエイターとして注目を浴びる。2018年3月にリリースしたTBS系金曜ドラマ「アンナチュラル」の主題歌「Lemon」は自身最大のヒット曲に。「Lemon」も収録した2020年8月発売の5thアルバム「STRAY SHEEP」は、200万セールスを突破する大ヒット作品となった。同年の年間ランキングでは46冠を達成し、翌年も2年連続で年間首位を記録。Forbesが選ぶ「アジアのデジタルスター100」に選ばれ、芸術選奨「文部科学大臣新人賞(大衆芸能部門)」も受賞した。デビュー10周年を迎える2022年5月に映画「シン・ウルトラマン」の主題歌「M八七」やPlayStationのCMソング「POP SONG」を収録したシングル「M八七」をリリース。11月にはテレビアニメ「チェンソーマン」のオープニングテーマを表題曲とするシングル「KICK BACK」を発表し、日本語楽曲としては史上初となるアメリカ「RIAA Gold Disk」を記録。2023年3月に「ジョージア」のCMソング「LADY」を配信リリースし、4月からは全国ツアー「米津玄師 2023 TOUR / 空想」を開催。6月に「FINAL FANTASY XVI」のテーマソング「月を見ていた」、7月にスタジオジブリ宮﨑駿監督作「君たちはどう生きるか」の主題歌「地球儀」をリリースした。2024年4月、NHK連続テレビ小説「虎に翼」の主題歌として書き下ろした「さよーならまたいつか!」を配信リリース。5月に「ジョージア」の新たなCMソングとなる「毎日」をリリース。8月公開の映画「ラストマイル」主題歌として「がらくた」を書き下ろした。


2024年5月29日更新