アメリカで受け入れられたのは本当に喜ばしいこと

──ゴールド認定の知らせを受けて、まずは率直にどういう感想を持ちましたか？

うれしかったですね。ひとえに「チェンソーマン」のおかげだと思います。そんなに実感はないんですけど、とにかくうれしかったです。

──今回はアメリカのマーケットにおける記録ですが、アメリカの音楽シーンやリスナーについての思いにはどんなものがありますか。

アメリカのポップミュージックは子供の頃からよく聴いていたので、そこで受け入れられたというのは、本当に喜ばしいことだと思います。どういう人たちが自分のことを好きでいてくれるのか、顔をつき合わせて聞いてみたいですね。まだアメリカには行ったことはないんですが、いつかライブとかで行ってみたいなと考えています。

──「KICK BACK」はテレビアニメ「チェンソーマン」のオープニングテーマとして書き下ろされた曲です。米津さんはもともと原作に思い入れがあったということですが、この作品について今はどう感じていらっしゃいますか？（参照：米津玄師「KICK BACK」インタビュー｜「チェンソーマン」の“痛快”を 直感と衝動のままに叫び描いて）

今も「チェンソーマン」の連載が続いているので、毎週欠かさず読んでいます。ずっと面白いし、本当に稀有なマンガだと思います。こういう素晴らしい作品に関われることができたのはポップソングを作ってきた身としてすごく光栄なことだし、そういう実感が日に日に大きくなる感じがしますね。

──曲を作ったときのことについても改めて聞かせてください。振り返って、どういうものを作ろうという思いがありましたか？

まず、生半可なものは作れないし、マンガ自体がすごく素晴らしい作品なので、自分が関わることによって台無しにしたくないという気持ちがあったのは覚えていますね。自分としてもすごく楽しくやれたと思います。仕事ではあるけれど、一緒に編曲に入ってくれたKing Gnuの常田大希とのやりとりも含めて、友達と遊んでいるような感じも同時にあった。すごく幸せな時間だったなと、今になって強く思います。「KICK BACK」を作っているときは、ふざけるというか「ムチャクチャやってやろうぜ」というか、そういう思いが満ちていた感じがあって。またこういうことをやりたい気持ちが強くなってきていますね。

「なんかわからないけどいい」というものを大事にしたい

──「KICK BACK」は日本語詞の楽曲として初めてRIAAにゴールド認定を受けた楽曲になりました。日本語の曲が国境を超えて海外に広がっていくということについての実感には、どういうものがありますか？

自分は日本人として32年間生きてきて、真から日本語というものにアイデンティティを明け渡しながら生きてきた人間で。曲を作るにしても、自分の中での方法論とか、自分がやりたいこととか、歌ったり演奏したりするうえでの喜びというものが、大きく日本語に結び付いている実感があるんですね。それが一番自分にとってしっくりくる。もっと言うと、そこ以外だと神通力が宿らないんですよ。だから、そういうふうにずっと自分自身に向き合いながらやっていけたらいいなとは思っていますね。ただ、それがどういうふうに国外の人、それこそ今回のようにアメリカの人たちに届いているかというのは、正直、全然よくわからない。だからこそこの曲を好きでいてくれる人に、実際に会って話を聞いてみたいんです。

──音楽には、たとえ言葉の意味がわからなくても伝わる感情やエネルギーがあると思います。この曲に関してはどうでしょうか。

自分自身、何を言っているかわからないような曲を聴いて「なんかいいな」と思うことがよくあって。そういう感覚を大事にしたいなという気持ちは最近すごく強いですね。SNSを見ていても、価値や意味を見出して1つのところに寄っていく態度が常態化してしまうと、そういう根源的なところがどんどん見えなくなってしまうような気もするので、日本語がわからない人たちがこの曲を聴いて「なんかいいな」と思ってもらえたのであれば、作った甲斐があったと思います。そういうふうに捉えてもらえていたらありがたいですね。

この曲を作ったことによっていろんなことを再確認した

──ミュージックビデオのコメント欄にも各国からコメントが集まっています。相当インパクトのある映像でしたが、撮影を振り返っていかがですか？

あれは監督の奥山（由之）さんの手腕で、こんなに素晴らしいMVができあがったのは、すごく幸せなことだと思います。それまでの自分のモードとして、曲やMVの中にユーモアや笑える要素を取り入れる、そのことによって自分を俯瞰から眺めることで作り変えていくみたいなことを2、3年くらいやってきたんですけれど、「KICK BACK」のMVができて、これ以上はないなという感じがした。そういうエポックメイキングな出来事でした。やり切った感しかないですね。

──改めて「KICK BACK」は自身のキャリアの中でどういう位置付けの曲になったと思いますか？

今言ったように自分の1つのモードを終わらせた曲でもあるし、自分の客観的なイメージをかき乱してくれた曲でもあるし。この曲を作ったことによって、いろんなことを再確認したというのもあります。こういう作品をみんな求めてたんだなと思ったし、自分はこういうのを好きな人間なんだなとも思った。全部ひっくるめて、すごく大事な曲になったと思っています。

──今後の展望については、どんなことを考えていますか？

最近も海外旅行に行ったりして、それがすごくいい体験になったんです。自分のキャリアがとか、そういう話じゃなくて、とにかく言語も違って文化も全然違うところで育ってきた人たちが作り上げた町の中で過ごすというのはどういう体験なのかなっていう。そういう興味が強いというか、とにかくもう、なんだろうな。いいものが作りたいですね。それができたら、それでよしっていう。そういうふうにちょっとずつ今までとは自分の感覚が変わっていくようなことがないと、いいものも作れなくなるような気もするし。何か楽しくやれたらいいなと思っていますね。そのために必要なことであれば、どんどんやっていきたいという気持ちはあります。