平原綾香「Walking with A-ya」インタビュー|20周年ツアーを放送、共同演出・松任谷正隆と語る制作舞台裏 (3/3)

松任谷正隆 インタビュー

「あなたに演出を頼まれて、やりたくないヤツはいない」

──松任谷さんと平原綾香さんの交流はいつから始まったんでしょうか?

最初はおそらく、あーやが「晩夏(ひとりの季節)」(荒井由実)をカバーしたときだったと思います(2005年リリースのカバーアルバム「From To」収録)。だいぶ前のことですけどね。

──平原さんは、松任谷さんがプロデュースしたライブ「SAVE THE SNOW CONCERT」にも出演しています。松任谷さんから見て、平原さんの魅力、すごさとは?

“先天的な天才”ですよね。加えてミュージシャンマインドもしっかり備わっているし、「何をどうすれば、どうなるか」という音楽的な道筋をよく知っている。そういうアーティストはなかなかいないと思います。

松任谷正隆

松任谷正隆

──とても高い評価ですね。

ものすごく高いです。彼女から今回のツアーの演出を頼まれたときも、「あなたに演出を頼まれて、やりたくないというヤツはいないと思うよ」と答えましたから。最初はプロデュースしてほしいと言われたんですよ。でも、アルバムを作るときのプロデューサーとショーのプロデューサーって立ち位置が違うじゃないですか。ショーのプロデュースはマネジメント的な役割が主なので、僕としては演出をやらせてほしいなと。なので「演出を一緒にやろうよ」と伝えました。

──全国ツアー「平原綾香20th Anniversary Concert Tour 2023~Walking with A-ya~」は、平原さんの20年のキャリアを網羅すると同時に、彼女の人間性も伝わってくる内容です。演出に際して、どんなことを意識されていたんでしょうか?

僕はわりと当てずっぽうでいいことを言うことが多くて(笑)。最初のミーティングでショーのタイトルを決めなくちゃいけなくて、その場で「“Walking with A-ya”はどう?」と提案したんですよ。それがすべての始まりです。そこから「“Walking with A-ya”ってどういうことなんだろう?」と考え始めて、彼女のヒストリーと言いますか、これまで歩いてきた道をストーリーにしてはどうだろう、と。その後何回かインタビューして、子供の頃から今に至るまでの話を聞いたんです。楽しかったこともそうでないことも、いろいろな出来事を話してもらって、それをもとにライブのトークを作っていった。制作のプロセスとしては、そんな感じかな。「途中で恋愛の話も入ってくるのかな?」と思っていたんだけど、そういう話は出てこなかったですね(笑)。

──そこから平原さんが「自分に向けた日記を読む」という演出につながったんですね。

そうですね。僕がやったのは、全体のストーリーを作ることなので。だって、音楽はもうあるじゃないですか。もう1つ僕がやったのは、彼女がリアルなミュージシャンであることをお客さんに見せること。そのためにルーパーを買ったんですよ。それを与えたら、絶対に面白いことができるに違いないと思って。そうしたら「ルーパーだけで1つのショーができるね」というくらいよかった。

「これをやりなさい」というのは絶対にダメ

──1曲目の「Georgia On My Mind」では平原さんがサックスを演奏する場面もあります。

彼女は大学でサックスを専攻していたし、やっぱり聴いてみたいでしょ。「Georgia On My Mind」は僕も好きな曲なんですよ。彼女があの曲を歌っているのを知らなかったし、しかもお父さん(平原の実父のサックス奏者・平原まこと。2021年逝去)と一緒に演奏していたと聞いて、「『Georgia On My Mind』をオープニングにしよう」と思いついたんです。彼女がお父さんと一緒にやっていた曲が僕のフェイバリットソングだったのは、ちょっと運命的なものを感じましたね。

平原綾香

平原綾香

──代表曲「Jupiter」のステージングも印象的でした。前後の楽曲の並びも含めて、「Jupiter」の新たな表情が感じられる演出だなと。

「今回のショーで一番重要なところは?」と本人に聞いたら、「『Jupiter』の位置かな」と答えたんです。普通に考えれば本編の最後とか、アンコールの1曲目か最後だと思うんだけど、コンサートのストーリーを考えると、そうじゃないだろうなと。ストーリーの最後はお父さんが亡くなるところなんですよ。それを受けて「Song for you」があって、その後に「Jupiter」を歌うことで、宇宙でつながっている感じが見えてくるといいなと思って。本編最後の「今、風の中で」を含めて、僕としては「これしかない」と思っていたし、完璧な流れを作れたと言いますか、彼女の期待に沿えたかもしれないな、と。彼女は最初「ここに『Song for you』ですか?」とビックリしていたけど、実際にやってみたら曲順の意図をわかってくれたみたいです。

──平原さんは「演出が緻密で、ツアー初日は水を飲むタイミングもわからなかった」と話されていました。

そうなんだ(笑)。水を飲むタイミングはライティングの都合で、「ここは動かないでね」ということがありますからね。由実さんのコンサートはもっと決められていて、全然自由がないんですよ。あーやはミュージシャンだから、ある程度、自由度を持たせておいたほうがいきいきできるんじゃないかなと。

──演出家としてコンサートを作り上げたことで、平原さんについて新たに気付いたこと、確かめられたこともありましたか?

いっぱいありますよ、それは。あーやはすべての曲を自分で書いているわけではないでしょ? だけど彼女自身は本当のミュージシャンだから、葛藤というか、いろいろと大変だったんじゃないかなと思いましたね。おそらく1人で抱え込んで、かなり無理をしながらやらなくちゃいけなかったんじゃないかなと。それに、これまではファミリーでやっている色が強かったと思うし、家族間の信頼関係の中に他人が入ってくるというのは、彼女にとっても大きなチャレンジだったはず。なので僕もすごく慎重にやりましたよ。もちろん僕には「こうしたい」というものがあるんだけど、それはあーやにとって初めてのことかもしれない。そこで「これをやりなさい」という言い方をするのは絶対にダメだし、あくまでも「これはどう?」という感じで進めていきました。

──そういえば平原さん、「正隆さんに『あーやは頑固だろ? 僕もそうだから、ぶつかることもあるかも』と言われたんです」とも言ってました。

(笑)。僕とあーやがぶつかることはなかったですね。確かに彼女のほうにも「これをやりたい」というものがいろいろあったんですよ。例えば物販のための宣伝コーナーみたいなものをやりたいと。今まではショーのあとにやっていたというから、「それはやめて」と言って、「どうしても入れるんだったら、メドレーの中に組み込むのはどうだろう?」と提案したんです。「それはやめよう」と言っちゃうと彼女も嫌がるだろうから、ほかの入れどころを探したということですね。

平原綾香はまだまだこんなもんじゃない

──WOWOWプラスで放送されるにあたっては松任谷さんもディレクションに携わると伺いました。この中で意識されていることは?

これまでの彼女のライブビデオとはまったく違うものになると思います。例えばモノローグで日記を読むところは、本人に送ってもらった過去の写真を取り入れていて。あと、ゴスペルの曲(「JOYFUL, JOYFUL」)のためにクワイアの撮影をしたり、ライブ以外の映像をうまく組み合わせて構成しています。これも今までやったことがなかったみたいだけど、当日のリハーサルの映像も使う予定です。本番の衣装で何曲か撮影するので、16日はかなり大変だと思いますよ。オープニングのカットも全部決まっているし、監督とも打ち合わせしまくったんですよ(笑)。監督は昔からの知り合いで、僕の好みもよく知ってるし、いいものになると思います。

──コンサートに足を運んだ方も、映像作品として楽しめそうですね。

そうだね。音楽家の家族に生まれた1人の女の子が成長して、20周年を迎えて……平原綾香の半生をぜひ観て、感じてほしい。ライブの雰囲気は会場でしか感じられないものなので、映像化にあたっては、また違ったエンタテインメントにしなくちゃいけない。なのでアディショナルな映像だったり、説明的な要素をミックスするわけですけど、僕の中ではほぼ完成しているし、編集にもそんなに時間はかからないと思います。カメラの構図や動き方もしっかり打ち合わせしてるから。

──今回の放送実現については、松任谷さん自身も熱心に働きかけられたと聞きました。やはり平原さんの素晴らしさを多くの方に伝えたいという思いがあったんでしょうか?

もちろんです。由実さんも「紅白のトリを務めるくらいの人だよね」と言ってるんですよ。彼女の歌のうまさは知っているけど、ミュージシャンとしての素養を知らない人はまだまだ多いと思うし、そういうところを感じてもらえるコーナーもいくつか作ってるから、そこはぜひ観てほしい。「『Jupiter』だけの人じゃないよ」というのかな。こんなに特別なミュージシャンはほかにいないということを伝えたいんだよね。まだまだこんなもんじゃないし、「知らなきゃダメですよ」という感じです。

「平原綾香 20th Anniversary Concert Tour 2023 ~Walking with A-ya~」東京公演の様子。

「平原綾香 20th Anniversary Concert Tour 2023 ~Walking with A-ya~」東京公演の様子。

──最後に、松任谷さんが今後の平原さんに期待することはなんでしょうか?

彼女に必要なのは“運”ですね。これから先、ラッキーがいくつ付くか。それだけかな。ほかに必要なものは、すべて持っていると思うので。

プロフィール

松任谷正隆(マツトウヤマサタカ)

1951年、東京都生まれの作編曲家・音楽プロデューサー。4歳からクラシックピアノを習い始め、14歳の頃にバンド活動を始める。20歳の頃にプロのスタジオプレイヤーとしての活動を開始し、キャラメル・ママやティン・パン・アレイといったバンドを経て、数多くのセッションに参加。その後アレンジャー、プロデューサーとして多くのアーティストの作品に携わる。松任谷由実をはじめ、さまざまなアーティストのコンサートやイベントも演出。また、映画、舞台音楽も多数手がけている。近年はバンド・SKYEを結成し、2021年10月に1stアルバム「SKYE」をリリース。2023年10月には初のワンマンライブを開催した。