ディズニープラスで配信中のオリジナルドラマ「ワンダーハッチ -空飛ぶ竜の島-」。このドラマを彩るサウンドトラックが発売された。
「ワンダーハッチ -空飛ぶ竜の島-」は実写とアニメで描く2つの世界を舞台にしたファンタジーアドベンチャー。中島セナ演じる現実世界の女子高生・ナギと、奥平大兼演じるドラゴンが棲む異世界“ウーパナンタ”のタイムが出会い、世界の危機に立ち向かう壮大な物語が描かれる。
この物語を構成するうえで、大きな役割を担っているのが劇中の音楽。実写とアニメが融合し、規格外のスケールで描かれるドラマチックなシーンや、個性豊かな登場人物たちの心の機微などに寄り添う劇伴を、加藤久貴、西木康智、犬養奏という3人の作曲家が制作した。また本作のイメージソングには佐藤千亜妃によるThe Cranberries「Dreams」のカバーバージョンが採用されている。
音楽ナタリーでは本作の監督である萩原健太郎、音楽を担当した加藤久貴、プロデューサー山本晃久の3人にインタビュー。「ワンダーハッチ」における音楽の重要性や、劇伴制作秘話などを聞いた。
取材・文 / 村尾泰郎撮影 / 入江達也
普遍的で力強い曲にしなければいけない
──「ワンダーハッチ -空飛ぶ竜の島-」のサントラには加藤久貴さんをはじめ、西木康智さん、犬養奏さんの3人が参加されています。どんな音楽にするのか、監督の中で思い描いていたものがあったのでしょうか?
萩原健太郎 今作では、どうしたら既存のイメージにとらわれないで独自のファンタジーを生み出せるのか、脚本作りの段階から考えていました。ファンタジー作品はJ・R・R・トールキンの「指輪物語」から派生したものが多く、どれも似たような世界観になっていると感じていたんです。そこで、物語に出てくるドラゴンのデザインに西洋のドラゴンと東洋の龍を混ぜ合わせたり、“ウーパナンタ”という架空の世界の言葉をイチから考えたり、さまざまな工夫をすることで独自の世界観を生み出したいと思いました。音楽も同様、いかにもな劇伴ではなく、参加していただいた作曲家の方々の個性がしっかり乗ったものにしたかったんです。
──複数の作曲家に依頼をしたのはどうしてだったのでしょう?
萩原 今回は実写パートの監督を僕が、アニメパートの監督を大塚隆史さんが担当しました。脚本も3人の方にお願いして。音楽も複数の作曲家の方に依頼することで、いろんな視点を作品に持ち込みたいと思ったんです。
山本晃久 萩原さんは最初の段階から「この作品は複数の作家で取り組むべきだ」とおっしゃっていました。サントラ制作で面白かったのは、複数の作曲家が参加したことに加えて、先にウーパナンタの音楽を作り、そのあと、現実の世界の音楽を作っていくというアプローチにしたことです。
──音楽を通じて世界が広がっていったということでしょうか。
山本 そうですね。作品の解像度が上がっていったというか。
萩原 まず、西木さんにウーパナンタの音楽を作ってもらったんです。西木さんはゲーム音楽を手がけられている方なんですが、ウーパナンタの世界には西木さん独特のオリエンタルなムードが合うと思ったので。そして、加藤さんには横須賀を舞台にした現実世界の音楽を中心にお願いしました。
加藤久貴 僕が参加したとき、西木さんや犬養さんはすでにオーケストラを使った曲や、緊迫感を感じさせる曲を中心に書かれていたんです。「じゃあ、僕はどんな曲を作ろうか?」と考えたときに、タイムとナギが感じている葛藤だったり、2人の未来に対する希望だったり、目に見えない内面的な部分を表現する曲を作ろうと思ったんです。
──曲作りの際に、西木さんや犬養さんが書いた曲を意識しました?
加藤 ヒントにはなりましたが、それほど意識はしませんでした。ウーパナンタと現実世界はコインの裏表のようなもので、どこかでつながっている。でも、ある程度違った曲にしなければいけないので、僕は僕らしい曲を書こうと心がけました。
萩原 この物語はウーパナンタが崩壊し始めているところから始まるので、西木さんが書いた曲はマイナーコードで緊迫感がある曲が多い。それに対して加藤さんが書いた曲はメジャーコードで希望を感じさせてくれる曲が多かったですね。僕は加藤さんが書く曲の繊細さや美しさが物語にマッチしてくれるといいなと思っていたんですけど、加藤さんが最初に書いてくれた「ガフィンライド」を聴いて、頼んでよかったと思いました。
──「ガフィンライド」はサントラのメインテーマになった曲ですね。
萩原 この曲はナギとタイムが初めてガフィンというドラゴンに乗って空を飛ぶシーンで流れるんです。作品のテーマの1つである“想像力”を掻き立てたり、観る人の気持ちをワクワクさせるような曲にしてほしいと加藤さんにお願いしたのですが、まさにその通りの曲になりました。
山本 メインテーマをどんな曲にするのか、いろんな議論が交わされたんですよ。オリジナルでありながらも、普遍的で力強い曲にしなければいけないと思っていたのですが、この曲を聴いた瞬間に「メインテーマが決まった!」という確信がありました。
──「ガフィンライド」はどのようにして生まれたのでしょう?
加藤 異世界のウーパナンタから来たタイムと現実世界のナギが出会うことで、そこに希望が生まれたことを伝える音楽にしたかったんです。監督との打ち合わせで、アジアのテイストを作品に落とし込んでいくというアプローチを聞いていたので、音楽にも取り入れたいと考えました。でも、あまりにもアジアを強く押し出してしまうと普遍性が失われてしまう。だからオーケストラサウンドを中心にしながら、そこにインドネシアのガムランをうっすら混ぜているんです。ガムランは祭りや儀式の中で精霊と交信するときなどに演奏する楽器なので、ウーパナンタと現実世界が交わるイメージもそこに込めているんです。
目に見えないことを音楽で表現
──ただシーンに合った曲を書くのではなく、作品のコンセプトやテーマに沿った曲作りをされているんですね。
加藤 僕は曲を作るときに、その作品のことを深く理解するように心がけています。資料をたくさん読んで、監督とも話し合い、曲の着想を得る。あと、この物語は印象的な言葉やフレーズがセリフの中にちりばめられていたので、それを音楽でどう表現しようかと考えました。悲しいシーンに悲しげな曲を付けるのは簡単なんですけど、それでは音楽で語りすぎている気がしたんですよね。登場人物たちが抱いてる葛藤がなんなのか、まず自分の中でその答えを出して、それを伝える音楽を作ろうと。目に見えないことを音楽で表現することが大事だと思っているので。
──役者と同じように脚本を読み込むことが重要になってきますね。
加藤 そうですね。ただ、自分がたどり着いた答えをそのまま音楽にするのも嫌なんです。どういう提示の仕方が作品に合っているのかを、その都度監督に相談させていただきました。
萩原 加藤さんがおっしゃったように、音楽で語るのは簡単なんですけど、やりすぎると子供っぽいものになってしまう気がするんです。音楽だけで登場人物の気持ちがわかったつもりになってしまう。そうではなく、じっくり物語を観るからこそ伝わる複雑な感情があるはずで。そういうものを音楽で表現するためには、しっかりとしたコンセプトが必要なんです。加藤さんは作品のコンセプトを丁寧に汲み取って曲を作ってくださるので、実際に上がってきた曲と僕がイメージしていた音楽との差異はほとんどなかったですね。
加藤 萩原監督とお仕事をさせていただくのはこれが初めてだったので、実は少し緊張していたんです。でも、思いのほかスムーズにOKを出してもらえてホッとしました(笑)。自分が考えて出した答えと、監督が考えていたことが違う場合もあるので。
──萩原監督と加藤さんは相性がよかったんですね。
萩原 加藤さんはコミュニケーション能力の高さが尋常じゃないんですよ(笑)。これまでいろんな作曲家の方とご一緒してきましたけど、加藤さんとは作品について一番多く話しをしました。加藤さんと話をしているうちに新しい発見があったりするんですよ。
山本 今作のようにイチから物語を作り上げていくときは、作品の世界観をつかむうえで音楽が果たす役割がすごく大きいんです。だから加藤さんをはじめ西木さんや犬養さんが作ってくれた音楽は、この物語を理解する大きな助けになりましたね。
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加藤さんの葛藤がいい形で曲に出ている