ビッケブランカの「BACK UP」|海外への野心と創作意欲を支える“パスポート”

ジャンルの垣根を軽々と超える自由で独創性のあるサウンドと表情豊かなボーカルで、常にリスナーを驚かせ、楽しませ続けるビッケブランカ。彼の唯一無二の音楽は、どんな制作環境から生まれているのか?

ビッケブランカの創作現場を訪問した今回のインタビュー。そこで語られたのは、DTM中心となった制作に欠かせないアイテムと、彼の創作意欲を支え、掻き立てる“野心”の存在だった。

取材・文 / ナカニシキュウ撮影 / 藤記美帆

MIDIを使い始めたときは革命でした

──ビッケさんの制作環境は、近年はDTMが中心になっているそうですね。

そうです。4、5年くらい前からかな。

──実際にリリースされる作品を聴いても、ある時期以降はそういう音がメインになっているのを感じます。それには何かきっかけがあったんですか?

MIDIを知ったから(笑)。あるときアレンジャーとのやりとりの中で「MIDIデータを送って」と言われたことがあって、「ない」と答えたら「なんでないの?」となって。その頃はMIDIの概念がわからなかったんで、デモは全部オーディオデータとして録っていたんですよ。あくまで曲の全体像がわかればいいと思っていたんで、音質にもまったく気を遣っていないひどい音で。

ビッケブランカ

ビッケブランカ

──ところが、業務上MIDIデータのやり取りをする必要が生じたわけですね。

そこでちょっとMIDIを学んで、曲作りに使ってみたら「こんな便利なものはない!」となって。キーも一発で変えられるし。それまではキーを変更しようと思ったらピアノからギターから全部弾き直さないといけなかったのが、MIDIならマウスでちょっとドラッグするだけでキーチェンジできちゃうわけですよ。革命でしたね。

──なるほど。「打ち込み系の音楽を作りたい」とかでMIDIを覚えたわけではなく、スキルの習得が先だったんですね。

そう、「便利な道具を手に入れた」くらいの感じでしたね。初めは。

──現在、PCやDAW(音楽制作ソフト)などは何を使っているんでしょう。

自作のWindowsマシンに、「FL Studio」というソフトを入れて作っています。最初の頃はMacを使っていたんですけど、自作PCのほうが自分の目的に合ったスペックにカスタマイズしやすいから移行した感じですね。

──確かに、Macは販売されている機種をそのまま使うものというイメージがありますね。MacからWindowsへの移行には戸惑ったりしませんでした?

いえ、全然問題なかったですよ。Windows、最高です。

──制作の手順についても簡単に教えてください。

だいたい、ピアノと歌を録るところからですね。サビを歌って始まることが多いです。リズムの打ち込みはその次。

──ピアノに関しては、もちろんオーディオとしてではなくMIDIデータとして録るわけですよね。マウスでチクチク打ち込むのではなく、鍵盤で弾いちゃう?

弾いちゃいます。弾いて、あとから間違えたところをマウスで直す。オーディオデータを録音するのは歌とアコギ、たまにエレキギターくらいですかね。

ビッケブランカの創作現場。

ビッケブランカの創作現場。

──そうした制作において、ビッケさんはポータブルSSD(ソリッド・ステート・ドライブ)[※1]を活用されているそうですね。そもそも、外部ストレージはどういった場面で必要になるんですか? オーディオデータをたくさん録るならともかく、MIDI中心ならそんなに容量は必要ないのかなという気もしますけども。

僕の場合、ノートPCを持ち出して制作することもあるんですよ。自分のスタジオには窓がないんで、気分を変えるためにリビングで作ったりとか、旅行先の……箱根の旅館で作ったりとか(笑)。そういうときに、ソフトウェアとかプラグインのライセンス、セッションデータなんかを全部持ち運べることはマストなんです。それらを全部SSDに入れておけば、スタジオのデスクトップPCでも外出先のノートPCでも、まったく同じセッションを立ち上げることができる。

──素人考えで申し訳ないんですけども、「メインマシンをノートPCにして、そこに全部を入れておけば済む話なのでは?」とも思ってしまいますが……。

ああ、確かに。負荷の高い作業でなければそれで済みますね。ただ、音楽の制作中ってプラグインを立ち上げまくったりするんですよ。そうすると、パソコンってすぐ「無理です!」と悲鳴を上げるんです。「なんで無理なんだろう?」と考えたときに「全部をパソコンだけにやらせているからだ」と気付いて、ポータブルHDD(ハード・ディスク・ドライブ)[※2]を買ったのが最初です。

──負荷を分散させる意味があるんですね。

そう。ただ、ポータブルHDDって転送速度が遅いんですよ。例えばHDDに格納したサンプリング音源なんかをDAWに貼り付けようとすると、データ量によってはけっこう時間がかかるわけです。それがSSDになって解消されました。PC本体に入っているデータをそのまま使うのと変わらないくらいのスピードで扱えるようになったんで、SSDを使い始めたときはびっくりしましたね。

ビッケブランカ

ビッケブランカ

※1※2 SSDはソリッド・ステート・ドライブの略、HDDはハード・ディスク・ドライブの略で、どちらも記憶装置。HDDは回転する円盤に磁気でデータを読み書きするが、SSDはUSBメモリーやSDカードと同じように内蔵しているメモリーチップにデータの読み書きを行う。一般的に、SSDは読み書き速度が速く、壊れにくいが高価。HDDは比較的安価で大容量のデータ記憶に向いているが、衝撃などに弱いとされている。

僕の歴史がすべて消えたんです

──SSDはどういうきっかけで使い始めたんですか?

……これ、言っていいのかな? 今回の特集ってSSDだけじゃなくて、HDD製品も扱ってますよね。あんまりHDDのネガティブな話をするのも……。

──お気遣いありがとうございます(笑)。とりあえず聞かせてください。

あるとき、それまで使っていた外付けHDDのデータが全部飛んだんですよ。僕の歴史がすべて消えたんです。それが本当にショックで……可能性としてあり得ることだというのは理解してたけど、「自分の身にもこういうことが本当に起こるんだ?」と思って。

ビッケブランカ

ビッケブランカ

──それは本当につらいですね……。

それ以来、どうもHDDが信用できなくなってしまって。あ、でもそれはWestern Digitalさんの製品じゃなかったですよ? もっと安っぽいやつ。振るとカラカラ音がするような。

──あははは(笑)。

まあでも最終的には、それでも頭の中に残っているメロディだけが引き継がれていったから、いい振るい落としにはなったんじゃないかな……と、自分に言い聞かせてますね。

──無理やりポジティブに(笑)。ちなみにいつ頃のお話ですか?

忘れたい記憶なので、忘れました(笑)。まあ、でも4年くらい前になりますかね。SSDを使い始めたのがそれくらいなんで。

──制作がDTM中心になった時期と、大雑把に言えば同じくらい?

ですね、おおむね被ります。ちょっと遅れてSSD、って感じですかね。

──それがアーティスト・ビッケブランカのヒストリー的にある種の分岐点になっているとも言えますかね? SSD以前・以後みたいに。

言えるかもしれないですね。紀元前・紀元後みたいな(笑)。実際、HDD時代とSSD時代で大きく変わっている気はする。ちゃんとデータ管理ができるようになったし、よりポータビリティも増したからいろんなところで作りやすくなったし。

──ちなみにビッケさんは趣味のゲームでもSSDを活用されているそうですけど、具体的にはどのような使い方をしているんですか?

ゲーム自体の実行データはPC本体に入れておかないとラグが起きたりするんで、仕方なく本体に入れてるんですけど、言語設定とかの付随するデータは全部SSDに飛ばして分業させてます。それで十分ロードが間に合うんで。

──分けるメリットは?

それも音楽制作と同じで、なるべくPC本体に負荷をかけないことですね。音楽クリエイターにせよゲーマーにせよ、基本的に「本体はできる限りフリーにしておくべし」という哲学を持っているものなんです。CPUのあるところは身軽に、っていう。

──なるほど。音楽制作用のマシンとゲーム用マシンは同じものですか?

一緒です。それに耐えうるパソコンを組んでもらったんで。CPUはCore i9で、メモリは64GB積んでます。一般的なパソコンは8GBとかなんで、その8倍ですね。MacBook Pro 8台分のポテンシャルを持ったWindowsマシンってことです(笑)。まあ、それでも音楽制作とゲームで限界ですけどね。それに加えて動画編集とかもやろうと思ったら、どんどん圧迫されてしんどくなると思うんで。

ビッケブランカの音楽制作の様子。

ビッケブランカの音楽制作の様子。

──音楽もゲームも、どちらもハイスペックが要求される分野なので、もしかしたらマシンを分けたりしているのかなと思っていたんですけど、一緒でも大丈夫なものなんですね。

分けることを考えた時期もありましたけど、「さすがにそこまでしなくても」と思って。

──あくまで音楽家ですしね。

そうそう、ゲームにそんなリソースを割いちゃダメだと(笑)。許されるのは2割までだと思ってます。まあ、今4割ぐらい取っちゃってますけど……。