ナタリー PowerPush - 忘れらんねえよ

自称クソバンドが目指す「デカい世界」

アイゴンさんは全てを音がいいか悪いかだけで判断する

──會田さんのプロデュースワークっていかがでした?

いやもうオモロかったです! 全てを音がいいか悪いかだけで判断するんですよ。極端な話、ミスってもいいし、テンポが走ってもいいし、ボーカルのピッチが外れていてもいい。それがいい音楽になっていればいいっていう。まあ「なんでオレらは今までその判断基準を持ち合わせてなかったんだ?」って話になりかねないんですけどね(笑)。

──でも、できる限りミスを潰したいっていう気持ちはわかりますよ。

柴田隆浩(Vo, G)

オレは完璧にそういう人間なんですよ。ボーカルトラックはなんなら切り貼り、切り貼り……って感じだったし、楽器もミスがなくなるまで何度も録り直してたんですけど、アイゴンさんは4テイク録ったら「はい、オシマイでーす」「どれがいいか選ぼっか」。しかもアイゴンさんが「これが一番いいから」って言ってくれたのが1発目のテイクという。1発目なんて「じゃあ試しにやろっか」みたいな感じで力を抜いてやってるから、普段のオレなら絶対選ばないんだけど、聴いてみると確かにすごく豊かな感じがして。「音楽っていうのはキッチリやればいいわけじゃない。やればやるほど失われるものもあるんだ」っていうことに気付かせてもらいました。

──そうですね、柴田さんの言うとおり音がすごく豊かになっていると思います。

多分レコーディング当日までの準備にとにかく時間をかけたことも影響しているんでしょうね。ひたすら練習したり、コンディションを整えたりって感じで。あとアイゴンさんプロデュースとはいえ、アイゴンさんの意図をオレたち自身が消化しなきゃいけないからとにかく考え抜く。これはオカルトでもなんでもなく、そうやってキッチリ仕事をした事実ってちゃんと盤面に乗っかると思うんですよ。今も音が豊かになってるってわかってもらえたわけだし、「これは結構時間をかけて作ったんだな」ってことは聴いている人にちゃんと伝わるはずなんですよね。準備段階のうちにとにかくがんばって不安要素を全部なくして、前日はしっかり寝る。そして本番では「はいっ、今!」って感じの一番いい演奏を録る。その全てを「レコーディング」って呼ぶんだっていうこともアイゴンさんに教わりました。

メロディと歌詞ではゼッテーに負けねえ

──あと、皆さんテクニカルになってますよね。

去年、ひたすら現場(ライブ)に立ちましたから。その現場には、それこそ一瞬で食われちゃうような対バンがいっぱいいるわけで、そういう環境に置かれるとやっぱり鍛えられますよね。tricotとかってスゲーじゃないですか。楽屋で会ったときは「かわいいな、よしよし」「オレらの年季の入ったパフォーマンスを見せつけてやるよ」って偉そうにしてたんですけど、ライブを観たら「あっ、お客さんはもう誰もオレらのことなんて覚えてねえや」ってくらいにブッ飛ばされて。ウチのドラムなんて最後、敬語使ってましたからね。「お先に失礼します!」って(笑)。でも、そうやって負け続けて泥水をすすってると、進むべき道があぶり出されてくるんですよ。「tricotみたいな戦い方はできないな」「おとぎ話みたいなスケール感があって、あったかい音像は作れない」「じゃあオレらの武器ってなんだ?」って。

──結果、忘れらんねえよが見つけた武器って?

「メロディと歌詞ではゼッテーに負けねえ」。それを確信してからは、いいメロディといい歌詞とは何か? そのメロディと歌詞のためのアレンジや演奏とは何か?ってことを考え続けて。そうしたら徐々にライブハウスでも勝ったりするようになって、さっきも話しましたけど、12月ごろにはスッキリできたし、バンドのグルーヴみたいなものも生まれるようになったんです。

実際に売れている音楽ってやっぱりいいですもん

──2曲目の「中年かまってちゃん」ですけど、モチーフは神聖かまってちゃんなんですか? ネットを媒介にした人のつながりを歌っているし。

柴田隆浩(Vo, G)

あっ、そういう意図は全然なくて。単にパッと思いついた言葉を「面白れえな」って感じでタイトルにしただけ。「歌詞に出てくるこのキモいヤツ=オレってどんなヤツだろう?」って考えたときに、まあ「中年かまってちゃん」だろうなと。この曲は今までの忘れらんねえよのフォーマットで作ってるんですよ。卓越した下ネタスキルを発揮してみるという(笑)。

──その下ネタというか、風景の描き方も“らしい”ですよね。「エロサイトの深夜サーバ負荷がかかって」と具体的な名詞を交えて状況説明することで、心情をより色濃く描写している。1stアルバム収録曲「北極星」のフレーズ「金が全然無いからグリーンラベルで乾杯して」と同じ手つきというか。

しかも、歌ってるのは基本的に「何言ってんの?」って感じのこと。「それ、大声で言うことじゃないでしょう」っていう(笑)。

──ただ、そこが忘れらんねえよの面白さですよね。負けそうな人や孤独な人って窮状を声高に訴えることに引け目を感じることも多いと思うんです。でも皆さんは、その「大声で言うことじゃない」かもしれないことをラウドなロックンロールに乗せてガナってくれる。

言ったほうが気持ちいいし、聴いている人も気持ちいいんじゃないかな、とは思ってます。ただ、この曲はつまんないことをウジウジ考えて作ったわけでもなくて。今見ている世界で、実際に売れている音楽ってやっぱりいいですもん。だから「オレたちも純粋にいい音楽を作りたい」って考えた結果、「これを言ったら面白いでしょ」「楽しんでもらえるんじゃないかな?」って気持ちで書いてみました。まあでも今(取材中)は晴れた朝だからこんな透明な気持ちでいるだけで、夕方になったら例えば「オレがレジに並んでるのになんで店員は走ってこねえんだ?」みたいな超小さいことを考え出すのかもしれないんですけど、一応現時点そういう心境ではいます(笑)。

「この高鳴りをなんと呼ぶ」は始まりの歌であり決別の歌

──となると、3曲目の「だんだんどんどん」が「俺がだんだんどんどん進むから 君がだんだんどんどん離れてく」とけっこうネガティブになったのはなぜ?

でも「この高鳴りをなんと呼ぶ」と実は一緒なんですよ。あれも「あの娘はもう 見えないよ さよならも 言えないよ」っていう曲ですから。

──あっ、そうか。「この高鳴りをなんと呼ぶ」では「君がいない街のライブハウスで『君が好きだ』と歌っている」んですもんね。

そうそうそう。多分新しい広い世界に行くためには何かを捨てなきゃいけない。今持っているものを全部持ってそっちには行けないと思ってるんで。

──確かにルサンチマン全開の忘れらんねえよに共感しているファンの中には置いてけぼりをくらう人もいるかもしれない。

柴田隆浩(Vo, G)

でもオレは行きたいと心の底から思ってて。浅井健一さんがBLANKEY JET CITYのときに「感じてることそれがすべてさ」(「COME ON」)、「胸の奥から込みあげてくる この気持ちで生きていくよ」(「SEA SIDE JET CITY」)って歌ってましたけど、確かに(胸を親指でさして)ここがそう感じたなら、それをやるのがロックンロールじゃないですか。だったらここを信じたいし、もし信じた先に誰かとのお別れが待っているなら受け入れるしかないんじゃないか、と思ってます。今までも当たり前の青春みたいなものは捨ててきているわけですし。

──確かにあの娘とスノボに行く青春も選べたはずですもんね。

でも選ばなかった。そして今は特に「当たり前の幸せみたいなものはもういいや」っていう気持ちになっていて。その代わり、見たことのない景色を見たい。だから「この高鳴りをなんと呼ぶ」は「そっちに向かって行きますよ」っていう始まりの歌であると同時に、今まで怖くて手放せなかったものとの決別の歌でもあるんです。それは「だんだんどんどん」も一緒で、これは「もう君とはお別れするんだ」っていう曲。「君」にしてみれば「知らねえよ」「とっとと行けよ」って感じかもしれないけど(笑)、それでも好き勝手に「お別れだ」って言わせてもらったんです。

ニューシングル「この高鳴りをなんと呼ぶ」 / 2013年1月30日発売 / 1200円 / バップ / VPCC-82308
ニューシングル「この高鳴りをなんと呼ぶ」
収録曲
  1. この高鳴りをなんと呼ぶ
  2. 中年かまってちゃん
  3. だんだんどんどん
  4. [スタジオライブ]CからはじまるABC~この街には君がいない~北極星(「オールナイトニッポン ぶっとおしライブ」より)
忘れらんねえよ (わすれらんねえよ)

柴田隆浩(Vo, G)、梅津拓也(B)、酒田耕慈(Dr)からなるロックバンド。2008年に結成され、都内を中心に精力的なライブ活動を続ける。2011年4月に「CからはじまるABC」が日本テレビ系アニメ「逆境無頼カイジ 破戒録篇」のエンディングテーマに起用され、着うたなどのデジタル配信を経て同年8月にCD化。同年12月には2ndシングル「僕らチェンジザワールド」を発売し、同曲のPVに俳優の萩原聖人が出演したことで話題を集める。翌2012年3月に1stアルバム「忘れらんねえよ」を発表。柴田の卓越したメロディセンスや下ネタを織り交ぜた独特な歌詞で、着実に人気を高めている。2013年1月、ニューシングル「この高鳴りをなんと呼ぶ」をリリース。