ナタリー PowerPush - 土岐麻子

きらめくイマジネーション! 今を輝くために解き放て「乱反射ガール」

土岐麻子が約1年半ぶりとなるフルアルバムを完成させた。その名も「乱反射ガール」。ソロシンガーとしてのキャリアをスタートさせて以来彼女がこだわり続けてきた、時代を超越するキラキラしたポップサウンドが集約された1枚だ。

今回ナタリーでは、この「乱反射ガール」というタイトルに込められた思いや、アルバム制作に参加した豪華ゲストアーティストとのエピソード、そして今の音楽シーンにおける土岐麻子の存在を紐解くべく、インタビューを敢行した。

取材・文/臼杵成晃

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「土岐麻子の椅子」がない

──土岐さんの音楽は今のシーン全体、ことガールポップシーンを見渡して考えると、ある意味すごく特殊な立ち位置にあると思うのですが、土岐さん自身は自分のスタンスをどのように考えていますか?

うーん、そこが本当にわからないんですよね。誰々向きとか、何々向きとか、何々ソングとか、そういったカテゴライズが未だに謎なんです。今回のアルバムは自分ですごく気に入ってるんですけど、そこだけが謎として残っていて。

──Cymbals時代から知ってる人や、NONA REEVESやキリンジといった土岐さんの身近なアーティストのファンにとっては、ごく自然に受け止められると思うんですよ。でも「女性ソロシンガー」というくくりで見ると、例えば同じavex所属アーティストで見ても安室奈美恵さんや浜崎あゆみさんとは違うポジションにいますよね。

ずいぶん前に矢野さん(矢野博康:ex.Cymbals)と“椅子”の話をしたんですよ。「○○の椅子」みたいな、いろんなポジションやジャンルごとに、何年かずつ交代して座る人が出てくる場所があると思うんですけど、「土岐の場合はもともと椅子がないよね。作り上げないとダメだよね」って。

──置いてなかった1980年代の椅子を無理やり持ってくるような。

ははは(笑)。でも本当に80年代のものを出してくると回顧主義というか、マニアックなものになっちゃうので、ちゃんと今の椅子として、今のものとして聴いてもらいたいっていうのがあるんですよね。

「解き放て、乱反射ガール」

──「乱反射ガール」というアルバムタイトルは、どういう発想から生まれたんですか?

アルバムのアートディレクターをお願いした弓削匠さんは「Yuge(ユージュ)」というブランドをやっているファッションデザイナーで。これまでも衣装でお世話になってたんですけど、実際にお会いしてみたら、ものづくりをする上で元になってる原風景というか、憧れ続けているものがすごく似ていて。同じような感覚を私は音楽に、向こうはファッションに落とし込んでいるような。それで「何か一緒にやりたいね」ってずっと言ってたんですよ。そして去年、Yugeの春夏コレクションのときに「キャッチコピーを考えてほしい」ってお願いされたんですけど、そのテーマが「乱反射」。それで「解き放て、乱反射ガール」っていう、アルバムの帯コピーにも使ってるこの文言を差し上げたんですよ。

──曲よりも先に、キャッチコピーとして生まれたんですね。

そのあとアルバムのレコーディングに入った頃、だんだんこの「乱反射ガール」というフレーズが気になってきて。だから洋服のための曲っていうことではなくて、同じテーマで私の曲を作ってみようって思ったんですね。子供の頃に見ていた80年代の世界を表すとき、ボキャブラリーが貧困で「キラキラ感」とかって言ってたんですけど、「乱反射」という言葉はそのキラキラ感を見事に表している気がして。

──「キラキラ感」と違って、大人の魅力みたいな雰囲気も出ますよね。

そうですね。ちょっとキザな感じでもあるし、なんとなく気に入っちゃって。アルバムタイトルもいろいろ迷ったんですけど、今回のアルバムを貫くテーマは「乱反射ガール」の歌詞に描かれている世界観だなと思って、そのまま「乱反射ガール」に決めました。

──確かに「乱反射」という単語には大人びたムードがありますけど、「乱反射」に「ガール」が付くと、ちょいダサ感が出るというか(笑)。実際に「土岐麻子ニューアルバム『乱反射ガール』発売」ってニュースが飛び込んできたとき、一瞬「何を言ってるんだ!?」って思ったんですよ。

ええ(笑)。

「燃えろ、いい女」

──実際に曲を聴いてみたら、まさに80'sの流れを汲むサウンドの、これまで土岐さんがソロでやってきた音楽の究極形とも言える仕上がりで。あと意外だったのは「乱反射ガール」の歌詞って男目線の内容なんですよね。

そこがポイントなんですよ。

──あえて男目線にした意図は?

「80年代日本の雑誌広告」っていう本知ってます? コレクションのコピーを考えてるときに、この本をひたすら読んでたんですけど、この時代の広告の「何も言い切っていない」ところに惹かれるんですよね。例えば雑誌広告だと、今なら商品写真がバーンとあって、これはどういう機能が付いてるとか、最大の特徴を一言で表したようなキャッチコピーが付いてますけど、この時代の広告はおしなべてハッキリと表現してないんです。今の広告で言えば「いいちこ」のポスターみたいな、綺麗な風景の中にこっそり「いいちこ」の瓶が隠れているだけみたいな。シミをカバーするとか美白がどうとか効能を書くんじゃなくて「燃えろ、いい女」とか(笑)、気分を引き上げるためのもの。

──漠然としたイメージだけちょっとポンと置くのが、ちょっとカッコいい。

そうそう。タバコにしても「タール何ミリグラム」とかじゃなく、藤竜也さんが裸にタオル1枚肩からかけてタバコ吸ってて「俺、この味好きだよ」って書いてあるだけで、どんな味かは言わない(笑)。言ってないんだけど、それを見て人それぞれイメージするんですよね。カッコいいなとかシブいなとか、女だけど吸ってみたいなとか、イマジネーションを頼りにしてる。今は買うほうも保証を欲しがってるというか。音楽にしても「聴くといやされる」とか「カラオケでこれを歌ったらウケるから」とか。効能をお金と交換する感じ。

──まんま「泣ける!」って書いてありますからね。

でもそれはたぶん、当時はすごくお金があった時代だったから比較的自由にお買い物ができて、いちいち確かめなくてもお金を出してたし、だからこそ成り立ってた広告なのかなって思ったんです。そういう時代だからこそ生まれた作品なり広告なり文化なりっていうものがすごく素敵だなって。

──なるほど。

前置きが長くなっちゃいましたけど(笑)、当時の広告でもうひとついいなと思ったのが、女性のモデルを使ってるものが多いのに、コピーは男目線のものが多いんですよ。同じ女性目線でコンプレックスにつけ込むようなことを書くんじゃなく、それこそ「燃えろ、いい女」みたいに、女性を崇めて、崇められた女性が気持ちよくなるという。

──あー、その感じは「乱反射ガール」によく出てますよね。でも、その男目線を土岐さん自身が歌うというアンビバレンツな状態は珍しいかも(笑)。アルバムタイトルにまでなってるから「アイアム乱反射ガール」ってことだと受け取る人は多いんじゃないでしょうか。

そこはもう深く考えずに(笑)、イメージを楽しんでほしいですね。

──歌詞は今までどおり、主に土岐さん自身が書いてますよね。アルバムのイメージやコンセプトは初めから明確だったようですが、歌詞には苦労しませんでしたか?

タイトルだけ先に決めてあったりしたんですよ。曲をいただく前から「こんな曲のタイトルがあったらいいな」っていくつか書いたりして。で、同じようにフレーズも「こういうことが言いたい」とか「こういうフレーズがハマったら使いたい」みたいなものを書いていたので、全曲1カ所はキーになるものが先にあった感じ。そういう意味では、世界観がずっと決まんなかった曲はひとつもないですね。

ニューアルバム「乱反射ガール」 / 2010年5月26日発売 / rhythm zone

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CD収録曲
  1. Intro ~prism boy~
  2. 乱反射ガール
  3. 熱砂の女
  4. 薄紅のCITY
  5. 鎌倉
  6. feelin' you
  7. ALL YOU NEED IS LOVE
  8. QUIZ
  9. Sentimental
  10. HUMAN NATURE / sings with 和田 唱 from TRICERATOPS
  11. Light My Fire
  12. Perfect You
  13. City Lights Serenade
DVD収録内容
  • VALENTINE LIVE TOUR @ Billboard Live TOKYO 2010.02.07
    smilin' / Flamingo / ファンタジア
  • LIVE『LOVE SONGS』 @ 赤坂BLITZ 2009.07.07
    SUPERSTAR / How Beautiful
  • 「乱反射ガール」MUSIC VIDEO
  • RECORDING & MUSIC VIDEO OFF SHOT
ワンマンライブ
【2010・7・17 六本木 土岐麻子、熱する。土岐麻子ライブ2010 ミッドサマー・熱砂の女!!】

日時:7月17日(土) 開場 17:15 / 開演 18:00
会場:ラフォーレミュージアム六本木

土岐麻子(ときあさこ)

プロフィール写真

1976年東京生まれ。1997年にCymbalsのリードボーカルとして、インディーズから2枚のミニアルバムを発表する。1999年にはメジャーデビューを果たし、数々の名作を生み出すも、2004年1月のライブをもってバンドは惜しまれつつ解散。同年2月には実父にして日本屈指のサックス奏者・土岐英史との共同プロデュースで初のソロアルバム「STANDARDS ~土岐麻子ジャズを歌う~」を発表する。2007年11月にはrhythmzone移籍第1弾アルバム「TALKIN'」を発表。2008年にミニアルバム「Summerin'」、2009年にはオリジナルアルバム「TOUCH」と、コラボレーション楽曲やカバーなどをまとめたベストアルバム「VOICE ~WORKS BEST~」をリリースした。