tofubeatsはなぜAIボーカルでEPを作ったのか?誰でもない声に込めた思い明かす

tofubeatsがEP「NOBODY」を4月26日に配信リリースした。

2022年発売のアルバム「REFLECTION」や初の書籍「トーフビーツの難聴日記」を経て完成した本作は、全曲のボーカルをAI歌声合成ソフト・Synthesizer Vで制作した意欲作。今回、tofubeatsはなぜSynthesizer VでEPを作ろうと思ったのか。ボーカルと作詞の関係をどう捉えているのか。さらには作品のコンセプトとアートワークとの符合、クラブミュージックに対する考え方など、tofubeatsに詳しく話を聞いた。

取材・文 / 宮崎敬太撮影 / ハタサトシ

「テクノロジー」「平等」「制作のジレンマ」が3つの軸

──なぜAI歌声合成ソフトでEPを制作したんですか?

EPのリード曲「I CAN FEEL IT」が「REFLECTION」を作ってる段階で70パーぐらいまではできていたんです。オケだけですけどね。そこに自分のボーカルを乗せてみたけど「なんかこれじゃない」と感じたので、そのまま放置していて。そんなときにSynthesizer Vという歌声合成ソフトがリリースされたんです。これをそのまま使うといまいちハマらないけど、フラットな感じのボーカルが入った拡張ボイスのバンクを入れてみたらいい感じで。

──Synthesizer Vが未完成だった「I CAN FEEL IT」にハマったと。

そう。このフラットなボーカルは熱い歌詞と相性がいいと思ったんですよ。ホットなものをホットなまま出すのは自分の感覚にそぐわないけど、Synthesizer Vは「魂」みたいな言葉を言わせがいがある(笑)。そこを横軸に広げていったのが今回のEPなんです。

──なるほど。僕はたまたま「トーフビーツの難聴日記」を読み返していたタイミングで今回の取材のお話をいただいたので、きっと今作には人間とAIとを絡めた壮大なコンセプトがあるのではないかと勝手に考えていました。

あ、でも「難聴日記」の流れもあります。今作の制作日誌もちゃんと付けてますよ。今回考えてたことは3つの軸があって、まずはテクノロジーを使って制作するということ。もう1つは平等。貨幣の成り立ちや経済の起源について興味があって、そういう本を読んでたんです。お金ができて、経済ができて……僕はなんの話してんねん(笑)。

tofubeats

──いや、興味あります。

経済ができて社会は発展しましたよね。でも、その一方で格差が生まれて、平等が大事という話が出てきた。とはいえ、全員の権利を認めるのは難しいと思う。……なんでこんなことを考えるに至ったかと言えば、「REFLECTION」が自分自身に集中した作品だったからですね。あのアルバムを出したことで、自分の意見を認めてほしい、聞いてほしいと主張することには、品のなさや差し出がましさがあるよなって考えるようになって。

──興味を持って読んでいた本の内容と、トーフさんの思考の流れが、その「相容れなさ」という点でリンクした?

逆ですね。まず「相容れなさ」があって、そこから本を読んでいったって感じ。その……音楽には歌ってたら楽しいみたいな原始的な喜びがあると思うんです。それは社会性とは切り離されている。でももう一方で、こういうふうにメジャーレーベルにいて仕事で音楽をやって、無理してでも曲をいっぱい作ることで成長できる喜びもある。原始的な喜びと社会的な喜び、この2つってジレンマだなって最近考えるようになっていたので「じゃあスポーツだったらどうだろう」とか、いろんなものに適用して考えてみるうちに、ジレンマを解消するヒントがお金の成り立ちや民主主義みたいな話に隠されてるんじゃないかと思って本を読んだりしたっていう。でも僕はそういうことを文章にまとめる必要はないので、自分のフィーリングを記録していこうというのがこのEPの概要が決まったときの出発点なんです。当初はシングルリリースした「Lights」や「自由」を入れるつもりで進行してたんですけど(笑)。

誰かに歌ってもらうなら理由がいる

──“テクノロジー”、“平等”、“原始的な喜びと社会的な喜びのジレンマ”がEPのコンセプトとなると、「Lights」や「自由」はちょっと雰囲気が違うかもしれませんね。

そうなんです。今作のテーマが固まったのは「EVERYONE CAN BE A DJ」ができてからですね。つまりやってみればわかるだろうっていう。

──この曲の「誰でもDJにはなれる」というメッセージは挑発的にも捉えられますよね?

その意味でもこのSynthesizer Vはフラットだし、プレーンだからよかったんですよ。これはよく言うことなんですが、誰かに歌ってもらうことを前提にした作詞となると、シンガーの方はその歌詞を何回も口にするわけで。歌う言葉って歌い手に返ってくるものなんですね。そうなると変なことは言わせたくない。熱い歌詞だとしても同様で、やっぱり歌ってもらうならなんらかの理由がいるんです。「伊代はまだ16だから」(松本伊代「センチメンタルジャーニー」)って歌詞として書くのは1回だけど、松本伊代さんは50になっても歌うことになるわけじゃないですか。そこを考えてるか否かってけっこうでかいと思う。この歌詞を書いた湯川れい子さんは、おそらく意図的にそういう仕掛けを入れているんじゃないかな。もしこの子が50になっても活動を続けていて、この曲を歌ったら面白いだろうなみたいな。

──匿名性が高いSynthesizer Vを使えばそこを考えなくていい?

そうそう。だから超新鮮でした。「歌詞はもう繰り返しでいいわ」って(笑)。言わせ放題でしたよ。さらに言うとSynthesizer Vは初音ミクのようにキャラ化されてないのもよかったんです。まだ道具として使える段階。そこも重要でした。

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tofubeatsはJ-CLUB最後の残党

──今回の取材にあたって、資料を読む前に音源を聴いたのですが、まず最初に思い出したのは西野七瀬さんをフィーチャーしたバージョンの「ふめつのこころ」でした。僕はあの歌声にあるエモーションがすごく好きで、今作にも似たパワーを感じていたので、AI歌声合成ソフトで制作されたと知ったときはかなり驚きました。

このソフトを制作したのはまだ20代の中国人の方なんです。インタビューめちゃ面白いんで読んでみてください。むちゃくちゃヤバいですよ。

──AI歌声合成ソフトに無知なので伺いたいのですが、今作の歌に関してトーフさんはどんなことをされたんですか?

基本的には初音ミクみたいなもんなんですけど、AI技術を応用して人みたいに歌わせることがよりできるようになってるんですね。ミクでいう“調教”みたいのは一切してなくて、ベタ打ちでこれぐらい歌えちゃう。このソフトでラップもできちゃいますから。歌に関してはメロディを決めて歌詞を打ち込んだだけです。何もしてないに近い。

──となると、今作に僕が感じたエモーションは歌詞からくるものなのかな?

最近スタッフとよく冗談で「tofubeatsはJ-CLUB最後の残党」と言ってるんですよ。まだCD全盛だった時代に、TSUTAYAとかにJ-CLUBの棚があったじゃないですか。あの感じですよね。クラブミュージックをポップミュージックとしてメジャーから流通させてる人ってもう自分しかいないんで。J-CLUBのラストマンであることは、活動を通じて意識的ではあります。

──TOWA TEIさんとかの流れですよね。そう言われるとJ-CLUBというワードは自分が感じたエモーションに通じるものがあるかも。

あと、もう退社されてしまったんですが、僕の前の担当の方が辞める前に「tofubeatsは乙女ハウスをやったほうがいい」と冗談っぽくも、本気っぽくもある感じで言われてたんです。そのときに僕も「なるほどな」と思ったのが、「TBEP」(2020年8月発売)につながってて。ずっとボーカルハウスをやりたかったんですけど、なかなか基準値を満たすものが作れず断念していて、自分の中で宙に浮いたまま「REFLECTION」に突入してしまった。

──確かに今作は「REFLECTION」とまったくトーンが違いますよね。

それこそ「I CAN FEEL IT」は「REFLECTION」期の後半に作りかけてた曲なので、ずっとJ-CLUBへの意識はあったんですよ。「NOBODY」はそういういろんな要素が絡み合って、そこにAI歌声合成ソフトが合流してできあがった作品ですね。

──トーフさんは、制作における合格点をどんなところに設定されているんですか?

どうだろうな。できあがった曲について当時何ができてなかったかを思い出すのは難しい作業ではあるんですけど、やっぱりシングルっぽさですね。あと普通に「この出来なら作品に入れなくていいか」みたいな感覚だったと思います。ただ、僕は自分が作ったものをボツにするのが好きじゃないので、そのときは寝かせても、どこかのタイミングで絶対に生かすんです。僕は制作の全行程をDropboxに格納していて、「I CAN FEEL IT」は作りかけのままずっと寝てた感じですね。なお僕のDropboxの毎月の使用料は10数万円に及びます(笑)。