西野七瀬さんに歌ってもらったらファンの熱い気持ちが託される
──では「I CAN FEEL IT」に関してはSynthesizer Vがトリガーだったんですね。
そうすね。この曲は薄さが大事だったんです。いい意味での軽薄さ、その中にあるふとした真理みたいなものをわりと意識して作りました。
──確かにJ-CLUBの特徴の1つに、薄いボーカルはあるかもしれないですね。
平面っぽさと言ってもいいんですけど。アメリカナイズされた立体的なディーヴァっぽい歌唱がいいとする価値観がありますよね。声の遠近法とか。でも大抵の日本人はそれが生得的でないわけで。
──それは「難聴日記」に書かれていた「本場でない場所で物事を愛好することはどういうことなのか」という自問自答に通ずる?
それもなんか変な話で「本場ってなんやろ?」っていう。そういうのを換骨奪胎していい具合にやってるのがクラブミュージックじゃないですか。あと本場云々の話で言うと、よく文化の盗用みたいなことを言われますけど、じゃあアメリカでハウスやってるやつがほんまもんなのかって言ったら、別に僕らと変わんないと思うんですよ。同じように昔のハウスを聴いて、曲を作ってるわけだから。だったら自分が影響を受けたものをそのまま普通に出せばいいと思ったんです。フラットに。本場っぽさとかそういうのはあまり考えないようにしようって。僕はハウスの歌詞に日本語を入れることに対して特に何も考えてない。
──間違いないっすね。
だからプレーンなSynthesizer Vがよかったんですよ。道具として使える。声に文脈がない。さっき「ふめつのこころ」の話を出していただいたけど、例えば西野七瀬さんに歌ってもらうと、どうしても彼女のファンの熱い気持ちが託されちゃうわけじゃないですか。違う別の誰かだとしても、僕は作曲者として、その誰かにがんばってほしいと思っちゃう。でもSynthesizer Vにがんばってほしいとは思わない。そこが不思議だなという思いもあるんですよね。
──面白い議論ですねー。
この曲を聴いて励まされる人とかいるのかな?
──あ、でも僕は「EVERYONE CAN BE A DJ」を聴いて、DJコントローラーを買おうと思いましたよ(笑)。
マジですか、最高っすね(笑)。そういうことも含め、今回の制作では道具としてのAIについてかなり考えさせられましたね。
時代の感覚をメモしておくための音楽
──あとはジャケットですよね。僕が今作について異常に深読みしてしまったのは、このアートワークによるところも大きいです。
これはヤバいっすよね(笑)。毎回そうなんですけど、僕から山根(慶丈)さんにテーマをお伝えしたり、ディレクションしたりみたいなことは一切してないんです。そこは自分ルールです。山根さんはシティポップみたいな文脈で語られがちだけど、実はサイケデリックな作品も多くて。それこそナタリーさんにも飾られてる「大童貞」とか(笑)。僕はそういうテイストが好きで、自分の事務所にも何個か山根さんの作品を飾っています。
──警官が踊っているようにも見えるし、笑顔で暴動を起こしてるようにも見えます。
ここ最近のモチーフとして人がいっぱいいる作品を描かれてるんです。セーラー服の人がいっぱい描かれた作品、学生服の人がいっぱい描かれた作品がセットになって、高度資本主義をわりと痛烈に批判するト書きとともに販売されていたり。その感じが僕は好きなので、今回は「最近の山根さんの感じでお願いできますか?」とだけお伝えしました。そしたらこれと、車のバックミラーに映ってる雰囲気のラフをお送りいただいたので、こちらを選びました。
──そもそもAI歌声合成ソフトでこういう作品を制作したということでかなり驚いたし、作中には画家の中本達也さんの代表作「残された壁」シリーズを想起させる「Remained Wall」なんて曲も入ったうえで、このジャケだったので……。
警察がモチーフというのはちょっとピーキーかなと思ったけど、出てきたものには口を出さないのがtofubeatsルールなので。
──かなり攻めてるなと思いました。
山根さんらしいトゲがある作品ですよね。
──このEPにもかなりトゲがあるので完璧だと思いました。
そうすかね? 音としてはツルッとした聴きやすいハウスのEPだと思ってるんですけど。
──たぶん、僕が「難聴日記」を読みながら今作を聴いてあれこれ考えていたというのもあると思います。
山根さんと僕とはお互いにコンセプトを絶対に聞かないし話さないという謎の無言の同意があるんですよ(笑)。山根さんは1stアルバムからコンセプトは知らないっていう。
──これはトーフさんが意図してない部分だと思うんですけど、今作はタイトルだけ見ると「EVERYONE CAN BE A DJ(誰でもDJになれる)」「Why Don't You Come With Me?(なぜ一緒に来てくれないの?)」「YOU-N-ME(あなたとわたし)」「Remained Wall(残された壁)」「I CAN FEEL IT(感じる)」「NOBODY(誰でもない)」という曲が並んでるんです。
そう言われると確かにめっちゃコンセプチュアルですね(笑)。
──で、この警官のジャケじゃないすか。ここに最初にお話しされていた今作の3本柱を加えると、僕はいつも荒れ狂ってるX(Twitter)を思い出してしまうんです。あそこはある意味、匿名の世界で、平等でもある。でも……みたいな。今作はその先にあるダンスという遊び場、逃げ場なのかな、と。
ミュージシャンって「イカゲーム」みたいなところがあって。人より秀でなきゃいけないし、勝っていかないといけない。つまり平等とめちゃくちゃ相性が悪い。そういうことを考えたら「俺はどうしたいいんだ」って思っちゃったんですよ。で、AIとかも出てきて、本当に誰でも音楽を作れるようになってきて。DJの友達ともよく話してるんだけど、今の機材だったら初心者でも1時間くらいあればDJができちゃうんです。じゃあうまいDJってなんなのかって考えると、結局気合いとか気持ちみたいな話になってきて。
──明確に「いいDJ」っていますもんね。
そうなんです。あとセンスですよね。でも「そこで人を分けるってどうなの?」ってことも浮き彫りになってくる。世の中では盛んに平等を謳っているけど、どうやってもそのこと自体にジレンマを感じざるを得ない。今回プレーンなAIに歌わせてみたけど、ソフトは商用に使われてるものなわけで。
──どこまで行っても資本主義の競争の中にある、と。
そういう時代の感覚をメモしておくものとして音楽があると思うので、自分的にはちょうどいいテーマになったかな。
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DJは自分が何を考えてるかをマジで考えなきゃいけない