スクウェア・エニックスの人気オンラインRPG「ファイナルファンタジーXIV(以下、FF14)」の楽曲を新たにアレンジしたアルバム「Sanctuary's Heart: FINAL FANTASY XIV Chill Arrangement Album」が11月11日に配信リリースされた。
今作のコンセプトはタイトルが示す通り「Chill(チル)」。多層的でドラマチックなサウンドが特徴である「FF14」の音楽を、クラブシーンやヒップホップシーンで活躍するアーティスト8組がそれぞれの手法で再構築した作品だ。
「チル」という一見すれば関係のなさそうなジャンルのアレンジによって「FF14」の音楽はどのように変化したのか。レビューを通してその聴きどころを解説。さらに、収録曲のノンストップミックスを手がけたtofubeatsのコメントも紹介する。
文 / 杉山仁
全世界累計登録アカウント数(※日本・北米・欧州・中国・韓国の5リージョンの累計アカウント数。フリートライアル版のアカウントを含む)が2700万を超えるオンラインRPG「FF14」。その拡張パッケージ「新生エオルゼア」「蒼天のイシュガルド」「紅蓮のリベレーター」「漆黒のヴィランズ」「暁月のフィナーレ」の楽曲の最新アレンジアルバムが「Sanctuary's Heart: FINAL FANTASY XIV Chill Arrangement Album」だ。
これまでにも「FF14」楽曲を使ったアレンジアルバムが多数発売されており、リミックスも含めると、ピアノ、バンド、オーケストラ、ハウス、テクノポップ、EDMやフューチャーベース、エレクトロスウィングなどジャンルも多岐にわたる。今作のテーマは、アンビエントミュージックにダブやヒップホップの要素を加えた音楽や、それに似た雰囲気の音を指す「チル」「チルアウト」。ひと口にアレンジアルバムと言っても、原曲の解釈を深掘りするものや、原曲にはなかった色を加えるものなどさまざまな種類があるが、「Sanctuary's Heart: FINAL FANTASY XIV Chill Arrangement Album」は後者。「FF14」を彩っている音楽を、普段とはまた違った角度から楽しめる作品になっている。
まず印象的なのは参加アーティストの顔ぶれだろう。本作にはアレンジャーとしてMURO、DJ UPPERCUT、VaVa、doooo、grooveman Spot、JJJ、starRo、DJ Mitsu the Beatsといった、実際にクラブシーンやヒップホップシーンで活躍しているアーティストが参加。現在の「FF14」のスタート地点となる「新生エオルゼア」以降の楽曲を手がけてきたサウンドディレクター祖堅正慶の楽曲を、本格的なチルサウンドにした20曲が収録されている。
ゲーム音楽の場合、音楽はただ音楽として存在しているのではなく、ゲーム内の世界観や時間軸、プレイヤーの体験を豊かにするために設計されている。本作では、そうした音楽を一度ゲームの外に持ち出して、それぞれにアレンジしてもらうことで、楽曲の“ifルート”とも言えそうな別の可能性が楽しめる。「ゲームだからできること」に焦点を当てた原曲に対して、「ゲームじゃないからできること」を追求していく雰囲気が印象的だ。
実際、収録曲を聴いてみると、さまざまな形でオリジナル版との違いが楽しめる。ここでは楽曲をいくつかに絞って、ゲーム内に実装された原曲とアレンジ版の違いをご紹介したい。例えば今回2曲目に収録された、「蒼天のイシュガルド」で実装されたエリアの昼のBGM「彩られし山麓 ~高地ドラヴァニア:昼~」は、DJ UPPERCUTがアレンジを担当。ストリングスを使ったダイナミックで雄大な雰囲気の楽曲が、モタッとした後ノリのヒップホップビートなどによって、どこかフライング・ロータスを筆頭にしたLAビーツを連想するようなモダンなサウンドに生まれ変わっている。ファンタジー世界を舞台にした「FF14」の世界観から大きく離れていくような、アレンジアルバムならではの魅力が感じられるサウンドだ。
同じく「蒼天のイシュガルド」で実装された、イシュガルドの一般層~貧困層が住む下層エリアのBGM「雲霧街の夜霧 ~イシュガルド下層:夜~」は、ラッパーとしてだけでなくトラックメイカーとしても人気の高いJJJがアレンジを担当。オリジナル版のピアノを中心にした静謐な楽曲を細かくエディットして、低音の効いたモダンな音に再構築している。
一方で、「暁月のフィナーレ」のID(インスタンスダンジョン)3ボス目のBGMとして知られる7曲目「終の戦」のアレンジは、THE OTOGIBANASHI'Sの楽曲プロデュースなどでも知られるVaVaが担当。オーケストラ編成で緊迫した雰囲気を演出するボス曲が、ベッドルームミュージックを思わせるミニマムな楽曲にガラリと生まれ変わっている。原曲で何重にも重ねられた合唱隊のコーラスが、たった1台のシンセサウンドに置き換えられているのも印象深い。
「漆黒のヴィランズ」で登場した森林エリアの昼のBGM「シヴィライゼーションズ ~ラケティカ大森林:昼~」は、starRoがアレンジしている。原曲にもある開放感のある女性ボーカルやコーラス、民族音楽調のサウンドにモダンなビートが割り込んでくるようなアレンジで、後半に向けてぐんぐん盛り上がっていく構成は圧巻のひと言。原曲の大自然を連想させるようなパーツを残しながらも、途中モダンR&Bのような音に変化する部分もユニークだ。
一方、「漆黒のヴィランズ」で登場した都市のBGM「世界を照らす闇 ~クリスタリウム:昼~」は、grooveman Spotがアレンジを手がけている。今回のアレンジ版は、楽曲構成やストリングスを使った壮大な雰囲気はそのままに、ダウンテンポ風のビートを加えたサウンドになっている。dooooがアレンジを担当した、「暁月のフィナーレ」で登場したエリアのBGM「古の星空 ~エルピス:夜~」のアレンジも、原曲の静謐なピアノを生かしつつ低音や不規則な電子音、大胆なビートを加えることで、原曲とは異なる雰囲気になっている。
アルバム終盤に収録されている、「紅蓮のリベレーター」で登場した拠点のBGMとして知られる「余光 ~ラールガーズリーチ:夜~」のアレンジはDJ Mitsu the Beatsが担当。さまざまな楽器で演奏されていた原曲のメロディが柔らかなエレクトロニックピアノ1台の音に置き換えられた結果、唱歌「蛍の光」にも似たメロディの魅力がより引き立つようなサウンドに。
そして、アレンジ面でもっとも大胆な変化が起こっているのが、作品の最後に収録された「新生エオルゼア」のシヴァ戦の後半におけるBGM「忘却の彼方 ~蛮神シヴァ討滅戦~」のアレンジバージョンだ。原曲ではディストーションをゴリゴリに効かせたボーカル入りの荒々しいギターロックだったこの曲は、MUROのアレンジでヒップホップビートと洒脱なコードのピアノが心地いいチルサウンドになっており、楽曲の雰囲気が文字通り180°変わっている。と同時に、よく聴くと原曲にあったメロディなどのパーツも残されていて、このアレンジアルバムの醍醐味をもっとも感じさせてくれるような楽曲になっている。ぜひとも原曲と今回のアレンジ版を聴き比べていただきたい。
全編を通して言えるのは、参加アーティストそれぞれの「チル」「チルアウト」の解釈が楽しめる作品であるということ。「チル」という言葉 / 音楽性の定義がそもそも幅広いことに加えて、各々の解釈が違っているからこそ、「Sanctuary's Heart: FINAL FANTASY XIV Chill Arrangement Album」では、ある一定のムードは共有されつつも、全20曲を通してさまざまな「チル」の形が楽しめる。また、もとがゲーム音楽であるからこそ、オリジナル版と聴き比べることで解釈の幅も大きく広がる。ゲームからつながる出口の1つだけでなく、このアルバムが「FF14」への入り口になることもあるだろう。近年ローファイヒップホップなどが注目されていることもあり、インストゥルメンタルで落ち着いたヒップホップやビートミュージックに興味を持っているリスナーも少なくはないはずだ。
11月23日20:00には本作の収録曲をtofubeatsがミックスした動画もYouTubeにてプレミア公開される。「Sanctuary's Heart: FINAL FANTASY XIV Chill Arrangement Album」は、ゲーム本編を中心に多様な形で広がっている現在の「FF14」に、また新たな魅力を加えてくれる作品になりそうだ。
ノンストップミックスを手がけたtofubeatsからコメントが到着!
今回FFXIVのミックスを作らせて頂きました、tofubeatsです。
まずオリジナルのHIPHOPプロデューサーたちの楽曲のリアレンジがとてもカッコよくて、
それらをミックスさせて頂くのはとても楽しいお仕事でした。
楽曲をまず並べるところから始め、
今回はHIPHOP・Chillの企画ということもあったのでメインのDJミックスはほぼ1発録りで収録しました。
とは言え、後から声ネタを追加したり、一部編集したりしてこちらのミックスが仕上がっております。
もちろんフルアルバムで聞くのも素晴らしい作品ですが、
ちょっとしたBGMに是非、ノンストップなこちらのミックスも楽しんでみてください。