The fin.|“より自由に より柔軟に”変化し続けるバンドの在り方

恥の文化、罪の文化

──別のインタビューで以前、そのときの気分によって曲調が影響されているとおっしゃっていましたよね。今も楽曲制作のスタート地点は、Yutoさんの気持ちの面にあるんでしょうか。

Yuto 俺はそうじゃないと歌詞が出てこないし、最終的にピーナッツの入っていないチョコボールみたいな実のない感じになってしまうんです(笑)。自分の中にあるものから広げていくことは今でもすごく大事にしているし、だんだんうまくなってきたと思っています。音楽ってその人の表現であって、シェアすることによって気持ちをわかり合えたりする。自分もそういうふうに音楽を聴いてきたので、自分が持っているものは出していこうかなって。

──新作「Wash Away」を作り始めたときは、どういう気分だったんでしょう? と言うのも、日本に住んでいる身として、このところ正直どこか息苦しさを感じる部分があると思っていて。

Kaoru Nakazawa(B)

Yuto 俺はずっと日本にいるわけではないので、その感じがあまりわからないんですけど、例えば中国は若い人たちが夢を持っていて、自分でデザインをしたものを自分で売ったり、大きなビジネスをしたりしている。ロンドンの若者を見ていても、すごく自由やし元気やなって思いますね。そういう意味で、確かに日本に帰ってくると元気がないなと思います。今の日本の情勢に詳しいわけではないんですけど、ちょっと後退していっている感じがあるというか、だんだん閉鎖的になっているというか。特に東京にいるとそれを感じます。大阪はもともとの人間性なのか知らないですけど、遊びに行くと、みんなもうちょっと元気なんですよね。

Nakazawa 普段そういうことはあまり考えないけど、言っていることはわかる。単純な話なんですけど、大阪の電車と東京の電車は話し声の音量がまるで違う(笑)。

Yuto 自分でも大阪で電車に乗っているときは一緒にいる人としゃべっているんです。でも東京で電車に乗るとパッと黙るんですよね。あれなんなんやろうな?

──郷に入っては郷に従えではないですけど、なんかしゃべっちゃいけない雰囲気みたいなものに支配されちゃうというか。

Yuto 村社会じゃないですけど、1つのコミュニティに全員が所属しているみたいな価値観が強いと思うことは多いです。ロンドンに行くと、自分の価値観を持って、自分で考えて自分で判断している。日本は恥の文化、欧米は罪の文化という言葉がありますよね。それがアートとか音楽の制作面にもつながっていると思うんです。音楽的な比較で言うと、日本のミックスってきれいで上手なんですよ。“恥”みたいな部分でジャッジメントしてノイズを消していくような作業に感じるんです。でも海外のエンジニアとやっていると、失敗を残したがるんです。いいやん、カッコいいやん、ちょっと揺れている部分が絶対大事みたいな感じで、セオリー通りじゃなくてもいいと感じたところをちゃんと残す。

──そういう部分に惹かれて、プロデュースやマスタリングを海外の方にお願いするようになったんですか?

Yuto そこはマスタリングを頼むときに、自分が好きな音を作っている人にお願いしたかったのが大きくて。プロデューサーのブラッドリー・スペンスはたまたま俺らのライブを観て気に入ってくれたんです。俺はRadioheadの「In Rainbows」(2007年発表の7thアルバム)がめちゃ好きで、あの作品のミックスとか音像、作品全体の雰囲気が大学生のときの自分にとって理想の1つやったんですよ。ブラッドリー・スペンスはその制作に関わった人で、前作「There」にも参加してもらったんです。今回は1、2曲目はジェイク・ミラー、3~6曲目はブラッドリー・スペンスと作っています。

──2人のプロデュース方法にはどんな違いがあったんでしょう?

Yuto ジェイク・ミラーはアビーロードスタジオで働いていた人で、どちらかと言うとエンジニアリングをすごくやってくれて。「もっと音がよくできるかも」と言って録り直したり、サウンドメイキングをしたりしてくれた。ブラッドリー・スペンスとは自分が録っていったものをもとにセッションしていって、音を抜いたり足したりしていくみたいな感じでしたね。

電圧の違いが一発でわかる

──レコーディングはこれまで東京で行うことが多かったみたいですけど、今回は?

Yuto 今回は60%ぐらいがロンドンで、パートによって大阪みたいな(笑)。

Nakazawa あと山梨やっけ?

Yuto そうだ。富士山の近くのスタジオを借りて録ったものもあれば、ロンドンで録っていた音もある。1曲の中でもいろいろな場所の音が入っていますね。環境の変化を楽しめるようになったと思います。昔は本当に録りたい場所がバチっとあって、そこで集中して作りたかったんですけど、移動が増えてからなかなかそれができなくなってきて。最初はそれがストレスやったんですけど、だんだん楽しくなってきて、ここはこういう音が鳴るからこういう音で録れるだろうとか、こういう部屋ではこういうミックスしたほうがいいとか。そういう部屋鳴りみたいなものもそうだし、電圧の違いも一発でわかるようになった。演奏するときに、240Vか100Vかがすぐわかるんですよ。

Yuto Uchino(Vo, G, Syn)

Nakazawa あ、わかる。

──言語化が難しいと思うんですが、どう違うんですか?

Yuto イギリスの240Vは低音が早く鳴って、音がスッキリする。アメリカの115Vはギターの音がめっちゃよかった。イギリスで弾くアンプもめちゃくちゃいい。パキッとするというか低音の鳴りが早いので、クラブに行くとめちゃくちゃローが出ているのにモワモワしないんです。日本で洋楽を聴くとちょっとモコっと聞こえて、J-POPの方がパキッとしているんですけど、イギリスで聴くJ-POPはかなりギラギラしていて。そこの国で作られているものは本場で楽しむのがいいんだなって。電圧だけじゃないとは思いますけど、だからヨーロッパでテクノとかハウスが人気なんやなって。

──いろいろな場所で録れる音が理解できるようになったことで、ツアーで訪れた場所で適したものを録っていくということができるようになっていったと。

Yuto The fin.の音楽は繊細で、PAとか環境の違いでよさが出ないことがあるんです。そういうのがすごく嫌やったんで、「There」のツアーから全員イヤモニをするようになって。音を1回パソコンの中を通すことで、どこに行ってもある程度サウンドのクオリティを保ったまま外に出せるというシステムを取り入れたら、逆に微妙な差に気付くようになりました。微妙な電圧の差とかもあってか、ベースの音量なんていつも変わるもんな。

Nakazawa 変わるね。

Yuto 同じセッティングなのに音質も音量も変わるんですよ。エンジニアの人に聞いたら、細かく説明してくれたんやけど、すべては理解できず(笑)。特にベースの変化が顕著でやりやすいときとそうでないときですごく差があるもんな。

Nakazawa だからといっていたずらにツマミをいじりすぎても、逆にわけわからなくなるかもしれんから、いまだにそこは難しい。

スタジオが完成したら

──現時点でニューアルバムの構想も見据えていらっしゃるんでしょうか?

Yuto とりあえずスタジオを作ってからでしょうね。中国ツアーが9月頭に終わるので、そこから機材を買い始めようかなと。問題は場所で、大阪にするか東京にするか悩んでいて。正直、どっちでもいいんだけどね。

Nakazawa うん。確かにな。

Yuto 茨城の家だってよかったもんね。すごく大きい家に住んでいて、周りが全部畑で、その中にポツンと家があるみたいな。ドラムをバカスカ叩いていたけど何も言われなかったし、普通にドラムとベースとギターもアンプにつなげてリハしていたもんな。リハっていうか、遊んでた(笑)。

──スタジオができたら、作品にも何かしらいい影響がありそうですね。

Yuto 次に作るとしたらもう3枚目のアルバムになるので、今の自分ができることを全部やりきりたい気持ちがあるんです。だからスタジオにしても機材にしても、まずは自分が理想なものをそろえていくところから始めていこうと思います。

The fin.
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