THE BACK HORN「親愛なるあなたへ」インタビュー|飽くなき挑戦心が生んだ新たなバンド像 (2/3)

新しいTHE BACK HORNを届けたい

──ではここからアルバムの話に入りたいと思います。アルバムはやはり“光と影”シリーズの延長線上として制作されたのでしょうか?

菅波 そうですね。“光と影”シリーズで4曲発表して、そこからアルバムを想像してみようという話になったときに、光と影の両極端な曲で構成する案と、いつものTHE BACK HORNのアルバムのように1曲の中に光と影が自然と混ざっている案が出て。バランスや完成度を考慮して、最終的に後者で進めることになりました。あとは将司が「新しいTHE BACK HORNの感じを求めたいんだよね」と言っていて。

山田 今考えたらその言い方も漠然としてるよね(笑)。

菅波 これはだいぶ原文ママだから(笑)。でもその考えにはみんなも同意して。“光と影”という部分では今まで通り1曲の中に混ざった感じにはするけど、曲調として何か新しい要素を入れることを意識しました。

──確かに今までにないTHE BACK HORNの印象を受けつつ、一方で収録順に聴いたときにアルバム全体としてのまとまりもすごく感じました。オープニングナンバーは松田さん作詞、菅波さん作曲による「親愛なるあなたへ」ですが、先ほどの話だとこれはパシフィコ横浜公演のために制作したんですね。

松田 将司から「アニバーサリーだし新曲を作ってファンに届けるのはどうか」という話があって。自分たちはこれからも歌い続けていくんだという気持ちと、みんなと一緒に進んで行こうという気持ちを混ぜて書きました。あまり難しいことを考えずに、ストレートに表現しようということで「親愛なるあなたへ」という言葉に行き着いて。

──25周年を迎えたバンドの決意表明のような内容ですよね。

山田 アニバーサリーライブの曲として本当にふさわしいものをマツが書いてくれて、ライブでも自分の気持ちを乗せながら歌うことができましたね。

──疾走感のあるストレートなロックなので1番が終わって流れるように2番にいくかと思いきや、ぶった斬るようにヘビーなギターリフが出てきてびっくりしました。

菅波 まさにそういう意図で、聴いてくれる人の耳を引きたくて。1番が終わった瞬間って飽きられて離脱するか、最後まで聴いてもらえるかの勝負所だと思っているので。

山田 栄純自身が飽きやすいからね。ほかの曲でもどんどん展開していくことが多い(笑)。

菅波 そのまま2番に行くことはあまりないかもね(笑)。あのリフはイントロに一瞬出てくるんですけど、それだけだともったいないと思って。自分でも気に入っていたので、また使いたかったというのもあります。

菅波栄純(G)

菅波栄純(G)

──ちなみに収録曲がアルバムタイトルになっているのが珍しいと思って調べたところ、フルアルバムとしては2005年リリースの「ヘッドフォンチルドレン」以来2度目でした。25周年ということや、“光と影”というテーマがある状態でアルバム制作がスタートしたことと関係あるのでしょうか?

菅波 タイトルを提案したのは俺なんですけど、今回はストレートにファンと俺たちの絆によって生まれたアルバムという気がしたんですよね。そういうタイトルを探していたときに「親愛なるあなたへ」という曲も言葉もすでにあって、「絶対これだ!」と思って。それでみんなに提案したら確かに今までのTHE BACK HORNにあまりない感じだし、ストレートでいいねということで決まりました。

悲しみや痛みも抱えて生きる

──アルバム前半は「ジャンクワーカー」「修羅場」と影曲が続きますが、「透明人間」もその流れですよね。

松田 バンドとして影曲を作っていた中で自分でも出したアイデアで、最終的に「修羅場」と「ジャンクワーカー」をリリースすることになったんですけど、いつかアルバムに向けてできたらいいなと思っていて。“透明人間”として扱われるのって、子供の頃にありがちだと思うんですよね。

──学校で無視されるとか。

松田 あとは「秘密だよ」って約束したのにバラされるような裏切りとか。子供の社会の中にもそういう残酷な生きづらさがあると思っていて。学校では居場所がなくて、でも夕陽を見ながら走っているときに生きていることが実感できるような、そういう気持ちが混ざって生まれました。裏切り行為やそれに対する制裁が善か悪かみたいなことではなくて、そういう内容の絵本を読んでいるような、童謡を聴いているようなイメージで歌詞を書いたんですよね。最初はもっとどっぷり暗い曲のイメージを想像していたんですけど。

──確かにマイナー調の曲でも合いそうですね。作曲は菅波さんですが、そうしなかった理由は?

菅波 それはタイミング的な要素が大きかったですね。“光と影”シリーズとしてリリースするんだったらマツが言ったみたいに完全にダークなものにしていたと思うんですけど、自分が作曲する段階ではアルバム制作に入っていたので。影曲だけど影に寄せ切らないといけない制限はもうなかったし、アルバムでの立ち位置を考えたときに、アップテンポでスピード感のあるロックが少なかったので、ポップな方向に寄せてみました。

──作詞は松田さんと菅波さんの共作になっていますが、それもけっこう珍しいですよね。

菅波 マツがもともと考えていた曲調の方向性を変えた結果、サビの文字数とか韻の踏み方がややこしくなってしまったので、「そこは俺が作業するわ」という感じで引き継いだので合作になりました。

──言葉を細かく刻んだリズミカルなボーカルが印象的でした。

山田 これだけ思いがあふれ出ている主人公なので、細かい言葉で引っかかりを作りつつ、全体的には流れる感じを意識したかもしれないです。あと栄純が作ってくる曲はいろんなジャンルの歌い方が混ざってると思うんですけど、それをただうまく歌うのではなく、ゴロっとした感じは残そうと思いましたね。

山田将司(Vo)

山田将司(Vo)

──「と、と、ととと、透明? 透明? と、と、透明? 透明? 透明? 透明? 透明? 透明? 透明人間」のところとか、すごいインパクトですよね。

山田 栄純のデモ段階からクセが強い(笑)。

菅波 あのブレスは同時に録ってるの?

山田 録ってるよ。

菅波 わざと重ねたのかと思った。言葉の隙間に細かくブレスが入っているから、リズムが面白くて。

岡峰 あれすごいよね。俺いまだにどういうリズムなのかわかってないもん。ドラム音源に無理やり合わせて一応録れてたけど、理屈はわかってない。ライブでやるまでにはマスターしようと思ってるけど。

──次曲「Mayday」の2番のヴァースに出てくる「たらったたらったたらった」も、言葉のリズムの面白さがありますよね。この部分、歌モノからガラッとトラップのようなダークな雰囲気に変わるのが面白いと思ったんですが、先ほどの「親愛なるあなたへ」のギターリフの話を聞いて、同じ狙いなのかなと……。

菅波 はい。これも聴いてくれた人の耳を傾けさせたい一心ですね(笑)。

松田 この曲もそうだけど、今回の栄純のアプローチはワクワクする展開が多いから、ドラムコーディングも楽しかったです。

菅波 例えば「修羅場」は歌詞に目がいきがちですけど、ヒップホップの要素も入っていてTHE BACK HORNとしては新しさを入れてるんです。そこで「このバンドいいな」と思ってアルバムを聴いてくれた人に、次に好きになってもらえる曲を作りたくて。全体的には四つ打ちでダンサブルですけど、1カ所くらいひねりたかったんですよね。一気にトラップっぽくなってダークなサウンドになるのはけっこう定番で俺も好きですけど、そこからもうひとひねりして、ドラムソロと歌がユニゾンする展開が来たら面白いかなと思って。

──“Mayday”は救助信号という意味なんですよね。「透明人間」で「もう逝ってもいですか?」と言うほど精神的に落ちていたところに、この曲が“ありえん角度で突っ込んできた救助隊”として出てくる流れもすごくいいなと思いました。

菅波 アルバムは“光と影”シリーズの雰囲気を残していて、暗めの曲調から明るい曲調に流れているんですけど、急に切り替わるんじゃなくてグラデーションなんですよね。

──「Mayday」で描いているのがまばゆい光というよりも影を残した光だから、スムーズに移行できるんですね。

菅波 そうなんですよ。「影が深く光を彫刻して」という歌詞が出てきますけど、光が影を彫刻するほうがイメージとしては明るいと思うんです。だけどこの曲では影の部分を持っているようにしたくて。

松田 立体彫刻って凹凸があって影がないと成り立たないものですよね。人間も光だけではなく自分の中に悲しみや痛みも抱えて生きているということを歌っているのがTHE BACK HORNで、それを表現した歌詞だと思います。