田村ゆかりインタビュー「みんなで音楽をやることが、今は楽しくて居心地がいい」

田村ゆかりのニューアルバム「かくれんぼ。」が4月19日にリリースされた。

前作「あいことば。」からおよそ2年、“声出し解禁”となる全国ツアー「田村ゆかり LOVE ♡ LIVE 2023 *with me?*」を前にリリースされた今作には、ライブへの期待感を募らせるポップなナンバー12曲が収められている。

田村ゆかりのライブと言えば、一面ピンクのペンライトで埋め尽くされた会場に鳴り響く、ゆかり王国民(田村ゆかりファンの呼称)の一糸乱れぬ盛大なコールも含めてひとつの“作品”と言えるほどに、大歓声が切っても切り離せないものとなっていたが、さまざまな制限のあるコロナ禍にはあの声も封じられていた。そんな中でも初のアコースティックツアーを行うなど積極的にライブ活動を行ってきた田村は、この3年ほどでライブに対する向き合い方、さらには音楽への向き合い方も変わってきたという。今回のインタビューではアルバム全曲のエピソードとともに、ライブに対する思いも語ってくれた。

取材・文 / 臼杵成晃

「声出し解禁」のライブについて思うこと

──アルバムリリースとしては2年ぶりになりますが、その間はけっこうコンスタントにライブを行っていましたよね。2021年は前作「あいことば。」を携えての全国ツアー、昨年はアコースティックツアーとぴあアリーナMMでの2DAYSライブがあり、さらには毎年2月のバースデーライブと。

そうですね。

──アコースティックライブに関しては、2020年のアルバム「Candy tuft」発売時のインタビュー(参照:田村ゆかり「Candy tuft」インタビュー)で……あの時点では伏字で出しましたが、「風の香りと太陽」として神戸チキンジョージでアコースティックライブをやりたいとおっしゃってましたよね。それを発展させて実現に至ったものなのかなと思ったのですが。

はい。もともとアコースティックツアーの会場は風の香りと太陽として押さえていたんですよ。でもそれだと、田村ゆかり本体のライブが2022年はスケジュール上、秋のぴあアリーナMMでのライブしかないとわかったので、本体でアコースティックライブをやったほうがいいかなと。それで急遽、風の香りと太陽にはオープニングアクトになってもらったんです。

──一応補足しておくと、風の香りと太陽は2018年のライブイベント「ゆかりっく Fes '18 in Japan」に登場したフォークシンガーですね。アコースティックライブはいかがでしたか?

アコースティックライブだから、というよりは……コロナの影響を体感する部分が大きかったですね。コロナ禍以前にアコースティックライブをやっていたら、もうちょっとアットホームな感じになっていたと思うんですよ。アコースティックライブに対するお客さんの先入観と、「コロナ禍だから絶対に声を出しちゃいけない、咳ひとつしてはいけない」という変な空気感が混ざっちゃって、少しやりにくさを感じました。

──席に座って静かに観るライブではあるけど、物音も立てちゃいけないような遠慮がちな態度になってしまう。

そうなんです。アコースティックライブ自体は楽しかったし、またやりたいなとは思っていますけど。

──直近のライブである今年2月のバースデーイベントが、田村さんにとってはいわゆる“声出し解禁”のライブになりました。ライブ後の王国民(田村ゆかりファンの呼称)の反応を見てみると、「ひさびさの声出し解禁で意気込んでいたけど、絶妙に盛り上がれない生殺し的なセットリストだった」という声もありました(笑)。

ライブに向けて準備を進めていた段階では、いつから声出しができるかはわからないじゃないですか。なんとなく「もしかしたら声出しOKになるかもだけど……」というくらいで。だからガンガン声出しができるような曲選びはできなかったんです。

──なるほど、言われてみれば確かに判断の難しいところですよね。コール&レスポンスだらけのセットリストにしていたら、肩透かしになってしまうかもしれないし。

でも、そもそも「今までもそんなセットリスト組んでた?」って聞きたいです(笑)。コロナ禍になってみんな勝手に過去を改変してるけど、そうでもなかったよ?っていう。

──(笑)。次のツアーが控えているからそこまでお預けなのかな?という推測も……。

違うよ?と思ってます。

──「王国民の声を上げての一体感」というのがパブリックイメージとして強いですけど、確かにこれまでもライブ全編ブチ上げっぱなしみたいなライブをやっていたわけではないですよね(笑)。

あと、コロナ禍のライブを体験してみて、声が出せるようになったからと言って是が非でも出さなきゃいけないわけではないな、と思うんです。「声出し解禁!」と言うと「みんな叫べー! 騒げー!」みたいに思い込むじゃないですか。そうではなく、私がコロナ禍のライブで嫌だった、MC中に笑いたくなってもちょっと声が漏れただけで肩身が狭い思いをしてしまう、そんな空気感がなくなることのほうがうれしくて。その重しを外すことのほうが重要で、別に「声出し解禁にしたからはしゃげー!」という気持ちもなかったので、盛り上がりばかりを意識したセットリストにはしたくなかったというのもありますね。

田村ゆかり

以前の状態を「正解」にしなくてもいいんじゃないかな

──コロナ禍に入って3枚目のフルアルバムというのはなかなかのペースですが、この数年で音楽活動自体へのモチベーションは変わらなかったですか? 今までとは違うこのコロナ禍の活動で、目的を見失ったり、表現に迷ったりしているアーティストも少なからずいると思いますけど。

私は完全に前と同じ世界に戻さなくてもいい、過去を取り戻す必要はないと思っていて。コロナ禍で生まれた「コールの代わりにクラップを合わせる」という楽しみ方もとてもいいなと思っているし、もちろんコールが嫌いになったわけじゃないし。ただ、以前の状態を「正解」にしなくてもいいんじゃないかなと思うんです。アルバムは去年出してもよかったんですけど、アコースティックをやるうえでは新曲はいらないかなーと思って、だったら次のツアーを控えているこのタイミングで出そうと決めました。

──新作「かくれんぼ。」は全12曲で構成されていますが、全体の印象としてはすごくブライトで、この何年かの作品の中でもとりわけ明るくポップなムードを感じました。

そうかもしれないですね。全体が明るくなったのは、途中でバランスを見て明るい曲を足したらそうなっちゃったんですけど(笑)。気持ち的に何か大きく変わったわけではないです。ライブを意識した部分はあるかもしれませんけど、今はこんな感じかな?っていう。

──大上段に「今回のアルバムコンセプトは」とか「こういう新規軸を打ち出して」というのは……。

あー、そういったものはないですね。「なんか今、歌いたい曲」みたいな感じです。それは私が歌を始めてから今までずっと同じなので、いつも通りですね。

──ポップな曲が多いのもあり、リード曲の候補になりそうな曲がいくつもあると感じました。

そうですね。ホントに選ぶのが難しかったですけど、ちょっと悩んで「Bejewel Escape」にしました。この曲は松井五郎さんに歌詞をお願いする段階で「ツアーを意識してほしい」とお話した曲なので、ツアーの前に出すアルバムのリード曲としてはこれかなって。

不動の1曲目、お客さんの目線のライブ曲、パブリック田村ゆかり

──ここからは順を追って1曲ずつお聞きします。前作が初参加ながらアルバムの軸を担うような活躍を見せたサクマリョウさんが、今作にも4曲で参加しているのは注目ポイントの1つかなと思いますが、そのサクマさんの楽曲「Fanfare」がアルバムのオープニングを飾っています。

この曲についてはこちらから「こういう曲が欲しいです」というオーダーを出しました。具体的に言うと、シンガロングできる曲。アルバム制作の最初の段階でできた曲なんですけど、リョウさんから上がってきたデモを聴いてみたら「これもう、1曲目じゃん!」と思っちゃって(笑)。ほかの曲も何もそろってなかったのに。最後まで不動の1曲目でした。

──ほんのり切なさもありつつさわやかな四つ打ちのハウスサウンドで、「やあ、また会えたね」というフレーズが印象に残ります。田村さんは常々アルバムの1曲目を大事にしていると話していますよね。1曲目に必要な要素というのはどういうものなのでしょう?

そのとき集まっている曲によりますけど……1曲目というのはお客さんが一番ワクワクしているときに聴く曲だと思うんですよ。CDの場合ですけど。

──買ってきて、封を開けて、プレイヤーにセットして、最初に耳に飛び込んでくる音ですからね。

そのワクワク感に応えられる曲。それが条件ですね。

──そんな重要な“1曲目”のパーツがアルバム制作の初期段階でそろっていたというのは、順調な滑り出しですね。

いや、そうでもなかったです(笑)。でも全体像が見えて曲順を並べてみたときに、やっぱりこの曲が最初に入ることで「いいアルバムになったな」って思いましたね。

──2曲目の「Everlasting Voice」は音にほどよく隙間のある聴き心地のいいギターロックで、すごくシングル的というか、リード候補になっていそうだなと思いました。

実はけっこう前にプリプロまで進めていた曲で。「あいことば。」のときにも候補に挙がっていたんですけど、別の曲と少しテイストがかぶっちゃうかなと思って残しておいたんです。なんですかね……ロック、って感じですよね。

──(笑)。

本来は私、ロックはそんなに好きじゃないんですよ。ただ、この曲はとてもいいなと思って温めていました。

──作詞はおなじみ松井五郎さんで、松井さんは「Everlasting Voice」を含めて6曲、アルバム収録曲の半分の作詞をしています。松井さんには事前に「こういうアルバムにしたいから、こういう歌詞を」というオーダーをしたんですか?

アルバムを通してのイメージというのはないですけど、歌詞は1曲ずつ細かくオーダーしていますね。「Everlasting Voice」もライブを意識した曲ですが、これは客席側にいるお客さんの目線です。自分が参加したライブのことを思って、そのときの気持ちが自分のお客さんにも重なる部分があるんじゃないかと思って書いてもらいました。

──3曲目の「くちびるプラトニック」も作詞は同じく松井さんで、作編曲は奥田もといさん。ニーズオブファンとも言えそうな、極めてポップなラブソングですね。

そうですね、この曲はまさにニーズで入れました。ニーズです。

──(笑)。ザ・田村ゆかり像みたいな。

「みんなこういうの好きでしょ?」と思って入れました。ちょっと迷いましたけど(笑)。もちろんアルバムに嫌いな曲なんて入れないし、自分が好きで歌いたいから選んでいるんですけどね。

──これだけポップということは、先ほどおっしゃっていた……。

バランスですね。でも入れてよかったと思いました。アルバムを作り始めて8曲くらいできた段階で「明るい曲、少なっ」と思ったんです。なくはないけど、ちょっとこれお客さんは困惑するかもなって思っちゃって。そこから「明るい曲、集合!」みたいな感じでデモテープを昔のものから聴き返して……この曲が一番「パブリック田村ゆかり」かなと。

──もちろんただただ明るいだけではなくて。「勝手に悪い想像でディープな夜にいたくない さみしさがシニカルな夢になる」という歌詞などは田村さんと松井さんのコンビらしいリリカルな表現だなと思いました。

メロやアレンジが明るくても切なさはしっかりと入れたい、と思って歌詞はいつもお願いしているので、100%明るいだけの曲には基本ならないですね。リスナーとして聴くのは大好きだけど、自分の作品としては選ばないかもしれない。