ナタリー PowerPush - 高橋幸宏
「この歳であえて向きあった」アメリカンロック
高橋幸宏のニューアルバム「LIFE ANEW」がリリースされた。本作は、ジェームス・イハ、高桑圭(Curly Giraffe)、堀江博久、ゴンドウトモヒコからなるバンド「In Phase」のメンバーたちと膝をつきあわせて録音した12曲を収録。いずれもフォーキーかつ生々しい質感で、フォークロック、ブラスロック、ブルーアイドソウルなどの要素を含んだ多様なサウンドが楽しめる。60歳を迎えた今、アメリカンミュージックの数々からの影響を作品化させた本作。これまで、アメリカの音楽を明確に意識して作ったアルバムはおそらく1枚もなかったであろう彼にこの新作について聞けば、「歳をとることによって、磨きがかかってきたのかもしれない……今だからやれたんだと思う」と語る。
取材・文 / 岡村詩野
イナタいのって若い人たちがやろうとしてもいきなりできないでしょ(笑)
──本作はソロ名義ですが、In Phaseという新バンドを従えてのレコーディング作品になりましたね。
そう、あくまでソロで、仲間と一緒に作ったってことですね。初対面の人もいないし、ジェームス以外は最近よく一緒にやってる人たちばかりでした。これまでもバンドっぽく作りたいって決めて制作したこともあったんだけど、そうは言ってもデモはこぢんまりと作るし、そしてそのあと何か足りなくなったら、誰か呼んでレコーディングに参加してもらうという……。でも今回は“このメンバーだけでやりくりする”ってことを最初に決めて、「いざとなったらみんなでギター弾くからね」って伝えたんです。実際、今回はゴンドウくん以外みんなギター弾いているんですよ。一応リードギターはジェームスなんだけど、彼もスタジオに来られる時間に限りがあるんで。それを堀江くんに話したら、「僕と圭くんでいけちゃうと思いますよ」って軽く言われて。それならちょうどいいって。圭くんは「僕が弾くとイナタいですよ」って言ったけども、「いや、今回はけっこうイナタい感じを合言葉にしたいんで」ってことで、僕ら5人だけで制作することにしたんです。イナタいのって若い人たちがやろうとしてもいきなりはできないでしょ(笑)。
──バンド編成で制作する構想は早くから決めていたのですか?
ですね。そのほうがみんなも入り込み方が違うんじゃないかって思って。あと、メンバーに曲を頼んで、みんなが書いた曲を歌ってみたいというのもあったし……。
──実際にメンバーがそれぞれ書き下ろした曲がバランスよく収録されていますね。しかもカバー曲が1つもない。
そうなんです。メンバー内で作ってしまおうというのが最初にありましたからね。
──なぜそういう方法をやりたいと思ったのでしょうか?
それはね、今自分がやりたい音がこの5人でできると思ったから。その“やりたい”と思える音楽がかなり明確にあったんですよね。去年ジェームスの新しいソロ(「ルック・トゥ・ザ・スカイ」)と、圭くんのCurly Giraffeの作品を聴いて、何か共通点があると感じたんです。と同時に、どこか懐かしいなって思ったの。それは僕自身がこれまでの活動でやったことがない、でも彼らが何に影響を受けたのかがわかる音だったわけ。去年出した本(著書「心に訊く音楽、心に効く音楽 私的名曲ガイドブック」)を書いていたときに、もともと僕はこういう音楽を聴いていたのに、“高橋幸宏=ロンドン”ってイメージはどこから定着したんだろう?ってことを考えるようになったのね。確かに、サディスティック・ミカ・バンドのメンバーだった頃はトノバン(加藤和彦)とよくロンドンに行ったりしていたし、Yellow Magic Orchestraでもヨーロッパとかをツアーで回ったし、ソロになって1980年代に入ってからも向こうのアーティストとセッションするようになったし……って感じで、いつの間にかロンドンによく行ってるイメージになったと思うんですよ。実際去年も3カ月くらいロンドンに行ってたしね。だけどよく考えてみたら、自分が一番影響を受けた音楽って、10代の半ばから後半くらいにかけて聴いていたアメリカンポップスなんですよね。兄や姉の影響でもあるんですけど、19~20歳くらいでミカ・バンドに入るまではわりとそういう感じでアメリカの音楽を聴いていたわけです。そうやってロックに対する幻想やコンプレックスを作り上げてきたんですね。
あまり “いかにも”って感じにならないほうがいい
──アメリカ音楽からの影響を思い出したんですね。
(鈴木)慶一とかと話が合うのもそういう部分なんですよ。でも、僕はこれまでの作品でそういう10代の頃に聴いていた音楽の影響を作品に昇華したことがない。昔「Once A Fool,…」(1985年)ってアルバムで「SAILOR」という曲をやったときに、冗談でブライアン・アダムスのアルバムみたいなドラムの音にしようとして、やたらといい音でレコーディングできたことはあったけど、考えてみたら、最近、自分のソロでドラムにちゃんと向き合ってないじゃん!という気がして。だから今回はドラムもちゃんと録ろうってことを決めたんです。どんなドラマーに影響を受けたかを1曲の中で入れてみようかなとかも考えたりしながら。でも、あんまりソウルフルな方向に行かずに、黒人音楽に影響を受けた白人のドラムにしよう、でもモータウンだけは別格でいいだろう、みたいなね(笑)。例えば、モータウンに影響を受けたトニー・マンスフィールドの仕事の感じ、だからProphet5(Sequential Circuitsが発売したシンセサイザーの名機)のサウンドも聞こえてくる、みたいな……そういう感じでどんどんやりたい音のイメージが膨らんでいってね。
──Prophet5は、今回のアルバムでもかなり使っていらっしゃいますよね? あれも音のコンセプトに合っていたからなのですか?
うん、バリバリ使ってますね。あの機材を使ってたのって僕らくらいの世代なんですよ。北欧のアーティストたちなんかはMIDIの付いてない渋いシンセを欲しがりますよね。だから、逆にProphet5は使いこなせない。あれこそ使うのって難しいんですよ。そんな感じで、今回は“1960~70年代くらいに一発大ヒットしたんだけど、そのあとあまり聞かないね……”みたいなバンドのサウンドも意識したんですね(笑)。コンセプトは“黒人音楽に影響を受けた白人”といったような屈折したものでした。The ASSOCIATIONやTHE FIFTH DIMENSIONみたいなバンドって当時いましたよね。そういうバンドのことをイメージしながら「でも、ここに途中からロビン・トロワーが入ってきたら面白いかも」「あ、でも、この時代にイギリスからロビンがアメリカに来るかなあ?」みたいな感じで……。
──どんどん設定を細かくしていって(笑)。
うん。今回のアルバムの中の「World In A Maze」という曲は堀江くんの曲なんだけど、あのギターソロをジェームスに弾いてもらったら、ギターの音がバリバリにディストーションで歪んでいたの。だから「本当にロビン・トロワーみたいだね」って、日本語で言ったりして(笑)。結局ね、あまり“いかにも”って感じにならないほうがいい。具体的に言うと、BREADとかAMERICAみたいな。B級感があるけど、ヒット曲もちゃんとあるし、スキルも高くてメロディメーカーでもあるっていうね。イギリスに憧れてる東海岸のノリもある西海岸のバンドというイメージとか。
──すごく具体的ですね。
そう。BADFINGERみたいな一発屋だけど、ドラムはけっこうリンゴ・スターみたいに叩けるとかね(笑)。
──THE RASCALSやジョン・セバスチャンの匂いも感じましたよ。
そういえば、その2つは自分のラジオ番組でかけたんだけど、そこに自分の今回のアルバムの曲を並べてかけてもまったく違和感ないんですよね。
収録曲
- Looking For Words
- All That We Know
- Time To Go
- Last Summer
- End Of An Error
- The Old Friends Cottage
- Shadow
- Ghost Behind My Back
- That's Alright(It Will Be Alright)
- Signs
- World In A Maze
- Follow You Down
- ライブDVD / Blu-ray「One Fine Night ~60th Anniversary Live~」 / 2013年6月26日発売 / EMI Records Japan
- Blu-ray盤 [Blu-ray Disc2枚組+CD3枚組+フォトブック] 10500円 / TOXF-5776
- DVD盤 [DVD2枚組+CD3枚組+フォトブック] 9450円 / TOBF-5776
収録曲
- 世界中が I love you
- It's Gonna Work Out
- Murdered By The Music
- Radioactivist
- Drip Dry Eyes
- Now And Then
- Stay Close
- Still Walking To The Beat
- My Bright Tomorrow
- Disposable Love
- 前兆(まえぶれ)
- The Price To Pay
- At Dawn
- Laika
- 元気ならうれしいね
- Blue Moon Blue
- The Words
- In This Life
- Chronograph
- Stella
- Ekot
- Inevitable
- Left Bank
- ちょっとツラインダ
- 1%の関係
- X'mas Day In The Next Life
- Glass
- Something In The Air
- 今日の空
<アンコール>
- Set Sail
- Prayer Of Gold
<ダブルアンコール>
- Sunset
- Saravah!
高橋幸宏(たかはしゆきひろ)
1952年生まれ、東京出身の男性アーティスト。高校時代からスタジオミュージシャンとして活躍し、武蔵野美術大学在学中の1972年にサディスティック・ミカ・バンドへドラマーとして加入。その後1978年に細野晴臣、坂本龍一とともにYELLOW MAGIC ORCHESTRA(YMO)を結成し国内外に大きな影響を残こし、1983年に「散開」。その後ソロ活動と併行し鈴木慶一とのユニットTHE BEATNIKSや、原田知世、高野寛らと結成したpupaなどで活躍している。また細野とのユニットSKETCH SHOWや、SKETCH SHOWに坂本が加わったHASYMOやYMOなど、名義を使い分け不定期に活動している。ソロとしては、1978年の「Saravah!」以降コンスタントにアルバムを発表。2012年6月に還暦を迎え、それを記念したトリビュートアルバム「RED DIAMOND ~Tribute to Yukihiro Takahashi~」が8月に発売された。さらに同年12月には還暦記念ライブ「60th Anniversary Live」を実施。この模様を収めた映像作品集「One Fine Night」を2013年6月にDVD / Blu-rayでリリースした。2013年7月には、ジェームス・イハなどを迎えた新バンド「In Phase」とともに、バンドサウンドを展開した23枚目のオリジナルアルバム「LIFE ANEW」を発表した。